第23話 尖塔とシェザーナ

 フワリと浮き上がりながらシェザーナは廃墟の屋根を飛び越えていく。


 俺とルゥはそれを羽を羽ばたかせながら追いかける。


 シェザーナは速くなったり遅くなったり。どうやら俺をからかって遊んでいる。



「ほらほら、もっと頑張らないと」


「なにおぅ!」



 俺は必死についていく。


 そんな風に俺をからかうのは、なんだか少しリーゼリットと似ていると思った。


 シェザーナはフワフワと、しかしかなりの速度で飛び、向かっているのは廃城だった。


 俺たちがいた広場、そこからフワフワと廃城に向かっている。



「お、おい。お前、向かってるのは」


「そうそう、あのお城だよ」



 なぜだ。


 なぜ人間の少女のシェザーナが廃城に向かっているんだ。


 そもそもシェザーナは「自分のお気に入りの場所」に俺を案内すると言ったのだ。


 なんで、人間の少女のシェザーナのお気に入りの場所が壁の内側の廃城にあるんだ?


 あの魔物まみれでろくに人が立ち入れない場所に。


 明らかにおかしい。


 騙されているのか。今から俺は拘束でもされて連れ去られるのか。そうだ、ウィーゲイツの手下と同じだ。シェザーナは俺を欲しいと言っていた。俺を自分のものにしようとしているんだ。


 そうに決まっていた。



「ふふふ」



 しかし、シェザーナは妖美な笑みを浮かべながら俺を見て飛んでいる。


 そうだ、シェザーナは俺を人気のないところに連れ込んで捕まえようとしている。


 そうだ、そうなんだ。そうに違いない。その方が良い。


 しかし、確信めいた悪寒のようなものがさっきから俺を襲っていた。


 だが、俺はシェザーナについていくことしかできない。



「さぁ、もうすぐだ」



 そしてシェザーナはフワリと高度を上げる。


 廃城の外壁を登り、上へ上へ。


 そこは、間違いなく最初の日に俺が見た場所。


 俺が見上げた場所。



「とうちゃーく。ほらほら、君も上がって上がって。ここからの眺めが最高なんだ」


「いや、ははは。お前、なんだって人間のお前がこんなところ。高くって危ないだろうが」



 俺はシェザーナに言う。しかし、シェザーナは微笑むだけだ。だが、なぜかすごく不安になる笑みだった。



「私は街にまず入るとね。ここに来て風景を眺めるんだ。なにも変わりないか。いつもと同じか。それでその変わらない景色を眺めて安堵する」


「な、なんだよ。なんのことだよ。話が見えないぜ」


「嘘ばっかり。本当はもうわかってるでしょ、トーマ」



 シェザーナは俺の目をじっくり眺めて言った。


 俺は後退る、足場は悪い。


 だって、馬鹿でかいものがなん度もここに降り立って、屋根なんか形がデコボコだ。


 ああ、ここはあの竜が降り立つ尖塔の上だった。








「お、おいシェザーナ。なにかしようっているならやめとけ!」



 後ろでルゥがバタバタ騒いでいる。ただならない状況なのを感じとっているらしい。



「なにもしないから安心しなよルゥ。今日はなにもしない」



 含みのある言い方だった。



「ななななな。なんだよ。ここがどうしたって? あの竜が降り立つ尖塔だな。そうだ、だからどうしたっていうんだ? なんか関係あるのか?」


「そうだね。あんまり関係ないかもね。そういうことにしても良い。でも、もう分かってる確信から目を逸らすと必ず良くない結果になる。それだけは確かかな」


「おおおおおおおお、脅しか!?」


「さぁ、どうだろうね」



 俺はむちゃくちゃに声が震えていた。


 口では認めたがっていないが、もう頭は答えを確信していたからだ。


 だから、俺はシェザーナを恐れていた。


 そんな俺を見たシェザーナは明らかに落胆していた。



「寂しいな。やっぱり君も私を怖がるんだねトーマ」


「な、なに?」


「みんなそうさ。私を見ると怖がって逃げていく。別に殺しもしないのに」


「で、でも」


「私が殺すのは私を殺せるやつだけだよ。当たり前でしょ? 脅威でもないやつをわざわざ殺す必要なんかないんだから。そんで殺されそうになったなら殺すしかない」



 なるほど、だからこの街での戦いでは人命はあまり失われていなかったのか、などと考える俺。


 いや、そうではなく。



「でも、リーゼリットたちはお前を倒そうとしてる」


「あの女たちか。いちいち突っかかってきて本当にわずらわしいんだよね。別に大したケガもさせてないはずだけど」


「でも、お前はこの街を滅ぼしただろう」


「ああ、私の住処を何度も攻めてきたからね。まとめて滅させてもらった」



 戦慄する。


 防衛という理由があったとしても、やはり街を滅ぼしたのは事実だったのだ。


 やはり、相互理解は不可能なのではないか。


 俺は生唾を飲み込んだ。



「改めて言うよトーマ。私のものになりなよ」


「悪い、俺はお前のものにはなれない」


「そうか」



 シェザーナは空をあおいだ。


 今日はよく晴れて晴天の空。


 それから言った。



「分かった。なら君も、あの女も、あの女の仲間も皆殺しだ」


「なに!?」


「明日この街に来る。そこで全員殺す」


「脅威にならないものは殺さないんじゃなかったのか!?」


「私が食事以外で生物を殺す条件はもうひとつあるんだ。それを私が欲しいのに私のものにならない時だよ」



 シェザーナはひどく冷たい目で俺を睨んだ。


 その瞳だけで心臓が止まりそうだった。


 シェザーナはまっすぐに俺に憎悪を向けていた。



「じゃあね、トーマ。また明日。そこでお別れだ」


「ま、待て!」


「待たないよ。もう君は嫌いだ。それから、今日のことを誰かに話したら殺す範囲が壁の外に広がるから気をつけてね。ああ、私が明日来るってことくらいは言ってもいいかな。その方が盛り上がりそうだし」



 そう言って、シェザーナは尖塔から飛び上がり、そして信じられない速度でぶっ飛んでいった。


 一瞬で街から外に飛んでいった。



「なんだよ....」


「大丈夫か?」



 呟く俺。


 ルゥが優しく寄り添ってくれる。


 明日ドラゴンが来る。そして、リーゼリットたちを皆殺しにする。


 大変なことになった。本当にまずい。


 急いでリーゼリットたちにこの緊急事態を伝えなくては。


 しかし、それより先に叫びたいことがあった。



「ちょっと自分勝手すぎるだろ!!!」



 俺は空に向かって言った。

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