第39話 今際の際のドラゴン

「熱い!」



 空からの熱にリーゼリットはうめく。


 それはそうだ。火球はかなりの高度に打ち上げられたようだが、その炎は見上げる空を焼き尽くして真っ赤にしていたのだから。



「シェザーナ!!」



 俺は叫んだ。


 シェザーナは結局街を焼きはしなかった。


 シェザーナは結局自分の街を焼けはしなかった。


 それがシェザーナの答えだった。


 シェザーナは空で羽ばたいていたが、ゆっくりとその羽ばたきが弱々しくなり、やがて落下していった。



「やばっ、みんな!」



 咄嗟の判断。魔法陣を通じたトランシーバー魔法は使えない。


 しかし、リーゼリットの仲間は迅速に動く。


 落下するドラゴン。


 その下から魔法で地面が隆起する。


 すごい勢いで盛り上がる地面はさながらハンマーのように落下するドラゴンを吹き飛ばした。


 そして、その先でも同じように地面が隆起する。


 そしてまるでキャッチボールのようにドラゴンは次々吹き飛ばされ、その先にあるのは。



「断頭台か」



 まさしく、リーゼリットたちが用意したドラゴン殺しの大仕掛け。


 空に輝く光のギロチンの下へとドラゴンは跳ね飛ばされたのだった。


 リーゼリットは最高速度でホウキを飛ばし、あっという間に断頭台の元へ辿り着く。


 そこではシェザーナが横たわっていた。


 まるで死んだように力がない。


 俺たちは少し離れたところに降り立った。



「あとは魔法を発動させるだけ」



 リーゼリットの右手の上に魔法陣が浮かび上がる。断頭台の起動スイッチだ。


 あとはリーゼリットが魔力を通せば断頭台は発動し、シェザーナの首を刎ね飛ばすだろう。


 しかし、



「ま、待ってくれリーゼリット」


「止めるのね。あんたは」



 俺の言うことが分かっていたようにリーゼリットは答えた。



「あんた、こいつと知り合いだったの」


「あ、ああ。色々あってな」


「ふぅん」



 リーゼリットは俺を睨んだ。


 そこに浮かんでいたのは少しの怒り。


 俺が知らない間に仇と交流していたことに怒っているのか。



『無駄だよトーマ。そいつは私を殺す』


「シェザーナ...」



 弱々しい声でシェザーナは言った。



「もう起き上がることもできないのか」


『さっきので力をほとんど使い果たしたからね。体もボロボロだし。もうなんの抵抗もできないよ』


「お前...」


『哀れみの言葉ならいらないよ。結局壊せなかっただけだから。やっぱり、この街はもう壊せないな』



 シェザーナはどこか寂しそうに言った。



「あんた、シェザーナって名前だったの」



 そして、リーゼリットが言った。



『そうだよ。なんか文句ある?』



 シェザーナは喧嘩腰だった。


 当たり前か。まさに宿敵同士なんだから。



「シェザーナはこの土地で生まれて、この土地が好きなんだ。だから、結局街を焼けなかった」


「昔は焼いたくせに?」


「それは深く後悔してるんだ。だからなおさら今回は焼けなかったんだよ」


「でも、一回は焼いたんでしょ? こいつは人間を大勢殺したのよ。化け物よ」


「でも、でも...」


「でもじゃないのよ。あんたこいつを庇うの?」


「そ、そうだよ。こいつは俺を一回助けてくれた。一緒に楽しく過ごしたんだ。だから、死んで欲しくない」


「あんた自分が何言ってるか分かってるの? 人殺しを庇ってるようなものよ。そいつに殺された大勢の人の無念はどうなるの?」


「そ、それは...」


 

 リーゼリットは厳しく俺を追い詰めた。


 だが、多分リーゼリットの言っていることは全部事実だった。


 シェザーナは大昔にたくさん人を殺したのだ。


 紛れもない人間の敵なのだ。


 そして、それを倒そうとしているリーゼリットが普通で、それを庇おうとしている俺が異常なのだろう。



『やめなよトーマ。もう良いよ。庇ってくれるだけで十分だよ。そいつの言う通り。人間から見れば私は人間を大勢殺した怪物だ。そいつが私を殺そうとするのは当たり前だよ。自分や仲間を殺そうとするものは殺す。生物はそういうものだ』


「でも、そんなこと言ったって!」



 自分でも無茶苦茶なのは分かっているが、俺はここでシェザーナに死んで欲しくなかった。


 シェザーナが無惨な最後を迎えるのを見たくなかった。


 これだけリーゼリットに協力しておいて、最後の最後にこんなことを言っているのだから俺はあまりにどっち付かずだった。


 八方美人もいいところだ。


 だが、どうしても楽しそうに笑うシェザーナが頭をよぎって、最後の光景をどうしても作りたくなかったのだ。


 だが、どうすれば良いのか。


 どうしたいのか。自分でもわからなかった。



「ほほほ、ほーっほっほっほ。そのカラスの言う通りですよ。今すぐその魔法の発動をやめなさい」

 


 そして、唐突に笑い声が響いた。


 見れば、そこに立っていたのはウィーゲイツだった。



「動けば死にますよ」



 そして、気づけばリーゼリットの後ろに立っていたのはシノビだった。


 リーゼリットの首元に小刀を当てている。



「ウィーゲイツ!」


「やれやれ、本当に困った人たちだ。まさか本当にドラゴンを追い詰めるとは」



 自体は大きく変わった。


 リーゼリットの命が危なかった。

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