35:借り物

 寝ればきっと解決するかもと、さっさと現実逃避した昨夜の自分が恨めしい。

 ティファがこちらに来たことから解るように、【物品アーティファクト】には制限はないが、【特殊能力アビリティ】の方はすべて音沙汰がない。

 【邪眼】は上手く発動しない。けれど効果はあるような? まぁ実感できない時もあるけどさ。

 【時空間操作】の方は、約三回に一回だけ開く不完全な【保管庫】はまだマシな方で、転移に関する能力は一切反応がない。

 こんな中途半端な状態で勝てと言われても無茶がある。



 翌日の昼食。

 私と一緒に食べているのは宮廷魔術師を名乗った初老のエリヒオだけ。

 それにしてもこちらの世界に来てからというもの、日々の食事がやたらと豪勢なのは、死刑囚の最後の晩餐的な意味合いだろうかと邪推するしかないわね。

 と、それよりも。

「ねえエリヒオさん。

 この〝宝具〟さぁ、まったく反応が無いんだけど壊れてるんじゃない?」

「そう言われましても我々にはその腕輪にどんな効果があるのかも解らんのです」

「どうして?」

「この代理戦争の性質上、その腕輪は敵国アルサラスから手に入れた物です。

 そしてアルサラスもまた別の国から手に入れた品でしょう。元がどの国にあった〝宝具〟で、いったいどのような効果があったかはもはや誰も解らんのです」

「ふぅん。

 じゃあこんなハズレを引かされた私はどうやって敵を倒せば良いのかしら?」

「それは……

 わかりました、何とか文献を当たって調べてみます」

 エリヒオはしぶしぶとばかりに返事をした。その態度はどうせ三日後に死ぬのに面倒くさいと言う態度が透けてみえた。

 もしも召喚による【制約のろい】が無ければ縊り殺してやりたい気分ね。

 よろしくと言い捨てて私は席を立った。



 私は部屋に戻ってベッドに横になると、両手を顔の上に上げて先ほど話題になった腕輪を弄んだ。

 あのじじぃに任せておくのは危険だと私の勘が告げている。

 自らの【特殊能力アビリティ】に頼れない今、少しでも戦力が上がる可能性があるこの〝宝具〟にだって縋りたいのだ。

 でも〝宝具こいつ〟はうんともすんとも言わない。

 起動のキーワード、操作、それとも魔力の注入か……

 う~ん困った。


 何か書いていないかな~と上げていた腕を引き目前でじぃと腕輪を見つめた。

 すると……

 あれ?

 腕輪の表面が透けて、中に歯車の様な物が見えてきた。大小様々の色とりどりの歯車、それがすべてピタリと止まっていた。

 まるで金髪を視た時と同じ光景。

 もしかしていま……

「ねえティファ?」

『ニャ? だったら想像通りニャよ。いまご主人の瞳は金色に光っているニャ』

 やはりこれが〝すべてを見通す輝く瞳〟の能力か。


 すべてを見通すのがこの歯車を視る能力ってこと?

 でもそんなものに何の意味があるのかしら……


 時計の様な細かく精密な歯車の数々。金髪の時と違うのは大きさと数、それ以外は動いているか止まっているか。

 そう言えばなんでこれは止まっているのかしら?

 特に意識したつもりはない。しかし私は歯車の一点を視てなぜか違和感を覚えた。よく見るとそこに嵌っていた小さな赤い歯車の一部が欠けていた。

 これが引っ掛かっているのかしら?

 そしてそう思った時には自然に、その歯車の〝時〟を過去方向へと進めていた。欠けていた歯車が蘇ると歯車たちはカッチカッチと音を立てて動き始めた。

「直ったわ……」

 手の中にあった腕輪は眩い光を発して輝いていた。



 なるほどね。私が持っていた【特殊能力アビリティ】はすべて消え去り、どうやらより上位たる神から簒奪した能力にすべて吸収されたらしいわね。

 瞳を開かなくても使えるのは前座的な【能力】だけで、余すことなく【特殊能力アビリティ】を発動するには〝すべてを見通す輝く瞳〟を開いてから。

 手間が増えた様な気がするが、一度この黄金の瞳を開けば【邪眼】はすべて発動するし、【時空間操作】も集中する必要も無く効果を発動させられるから完全に上位互換と言っても良いかもね。

 簡単に言うと借り物の力がやっと自分の物になった感じかしら?







 召喚三日目。

 本日はなんと敵国アルサラスとの晩餐会だそうだ。

 英雄の召喚が終わった際に行われる通例の一つで、両国の英雄の顔見世だってさ。

 これから殺し合いをするってのに悠長なことだなと飽きれる。

「断っても?」

「断ればなんと無礼なと笑われましょう」とエリヒオ。

「あっそ。笑われるくらいなら良いじゃない。圧倒的な劣勢なんだしそのくらい甘んじて受けなさいよ」

「いいや許さんぞ。我が国に礼節が無いなどと言われれば末代までの恥! 晩餐会には必ず出席するぞ!」

 滅びれば末代も糞もないってのにこのバカ王……

「でもさぁ見た瞬間に勝負が決まる様なヤバい【贈り物ギフト】だってあるんだけど、本気?」

「戦の場以外でその様な卑劣な手を使う者などおらん!」

 えっもしも行くんなら私やろうとしてたんですけど?

 〝すべてを見通す輝く瞳〟を持ついまの私なら、邪神が使っていたあの反則級の【石化の邪眼】だって使えるはずで……

 視た・・ら勝ちよね。

「……まさか、真理殿?」

 じとぉ~と睨まれたその視線をツィと反らしたのは言うまでも無かろう。



 晩餐の会場は両国の国境にある街と決まっているそうだ。

 私が会場に入るとすでに相手国のアルサラスの英雄たちは勢ぞろい。その数は言われた通り欠損無しで十七人。当然だがあちらさんの表情や仕草は余裕が見て取れた。

 そりゃあそうだ。一対十七を考えれば当たり前。

 私も逆の立場なら同じ気分だろう。

 一人一人挨拶をしていき、その十七人の中に見知った者を見つけた。

「おやおや~久しぶり、高沢真理。

 こんな所で出会うなんて奇遇だね」

「ルカス……、あんたが何で」

「愚問だね。呼ばれたから以外に何があるんだい」

 未来予知の使い手ルカス。彼が居るだけで私の勝率はグンと下がる。

「ほほぉルカス殿はそちらの英雄とお知り合いかね?」

 敵国の偉い様が突然私たち話に割り込んで来た。

 余裕を隠そうとして失敗している英雄たちと違って、彼はすでに勝ちを確信しきったニヤケ面を見せていた。

「ええ。彼女は俺と同郷の者です」

「同郷か、それはそれは戦わせることになって申し訳ないな」

 そんなことは心の端っこにさえも思っていない癖にワザとらしい。

「そうだ。無理に戦う必要はない。

 戦いが始まったら降伏したまえ。そうすればせめて苦しまずに終わらせてやるぞ」

 ああそっちが本性ね。

 その悪人顔のほうがしっくりくるわ。


 挨拶を終えて私が戻ると、

「真理はあの英雄ルカスと知り合いなのかね!?」と陛下が慌てた声を出した。

「いいえ。知り合いなんてとんでもない、顔を見たことがあるだけです」

「そ、そうか……」

「彼が何か?」

「ほんの半年前まで我が国とあの国との差は殆どなかった。だが英雄ルカスが召喚されてからは負け無し。いつの間にかこれほどの差が生まれていたよ」

「まあルカスは未来予知の使い手ですからね。未来が読めない者が彼に勝つのはきついでしょう」

「未来予知だと!? なんと……」

 国王は絶望を浮かべて落胆した。

 すっかり負けを確信した態度に腹が立つ。しかし今回はファンの時とは訳が違う。彼が絶望するのは仕方がないことだ。

 対して私はと言うと、神が与えた過剰過ぎる試練に胸焼け中。

 一対十七と言う最悪に加えて、ルカスまで参戦させるなんてやり過ぎでしょ?

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