30:臨界突破未遂

 うちの大学は大型の試験期間が終わると夏季休暇に入る。

 私は試験期間の後半を異世界で過ごし、すっかり終わった頃に帰って来た。つまり今日から二ヶ月近く大学はお休みだ。


 さて私は管理局から貰った膨大なお小遣いがあるから、お金の為にアルバイトをする必要はない。だけど私が将来なりたいものは〝一般人〟なので、この機会に社会勉強を兼ねて短期のアルバイトをするくらいやぶさかではない。

 と言う訳で、早速バイト探しのアプリをインストールして良さげなバイトの選定に入った。


 小一時間経過。

 う~ん割のいいバイトは無いなぁ……

 それこそ定期的な募集があるコンビニやファミレスの店員でさえ、ここら近所の募集が欠けている。

 まぁ時期を考えれば仕方がないか。

 ぶっちゃけ、誰が夏季休暇が始まってから探すよって話だ。

 でもこれは私ではなく異世界召喚あちらの都合の問題で、バイトを探すはずの前二週間がすっかり飛んでしまったのだから仕方がない。


 無い物ねだりをしても仕方がないから、家と大学の中間にあるファミレスを選んで面接のアポイントを入れた。

 さてそうなると次の行動は決まっている。

 本屋に行って履歴書を買い、その帰りに証明写真を撮る。


 部屋着からパパッと着替えて鏡の前で最終チェック。

 あーそっか写真に写るんだっけ。

 服はもう少し落ち着いた色合いに、大学生で化粧無しとかないわ~

 約一時間かかり、納得のいくナチュラルメイクを完成!

 よーしいくぞ~と意気揚々と玄関から出た所で、私はガックリと首を項垂れた。なんでって、玄関前に見慣れた黒塗りの高級車が停まっていたから……

 その車の後部座席のドアは当然の様に開いていて、中から時代錯誤の魔女風の女性が無愛想にこちらを見つめていた。


 私がため息を吐いて後部座席に乗り込むと、

「おや真理さんがおめかししているなんて珍しいですね」

「それ嫌味のつもり?」

 部屋の中は盗聴されているし、スマホにもどうせなんか仕込んでるから、私がこれから何をしに行くかなんてとっくに知ってるじゃん。

「今日は二時間ほど待たされましたし、そのくらい良いでしょう」

「うわっキモッ! つか黒田さんって暇なの?」

 それって私が起きてからずっと待ってたってことじゃん。

「暇とは酷い言われようですね。

 最近はやたらと仕事が忙しいのですけど、もう少しどうにかできませんか?」

「その愚痴は私を呼んだ人に言って」

 私の軽口に黒田は何も返してこなかった。



 車が走り出して十分ほど。

「ねえ黒田さん」

「なんでしょうか?」

「お願いがあるんだけど」

「内容によってはお聞きしましょう」

「帰りに本屋で降ろして、あとね、どうせ写真撮るでしょう。それを証明写真サイズにして数枚貰えないかなぁ」

「そのくらいなら問題ありませんよ。

 ですが、いつから証明写真は裸で良くなったんですか?」

「良いわけないじゃん!!」

 そう言えば管理局で撮る写真は、裸か肉体の輪切りのどちらかだった。

 でもさぁ会話の流れつーか、盗聴の流れからそれくらい察してよ!?

「あとさー明後日バイトの面接なんだけど、それまでに帰してね」

「そちらは解りかねます」

 回答を濁したってことはどうやらそっちは怪しいっぽい。




 エレベーターに一人で乗り込み、ドアが開いた所で降りた。真っ直ぐ長い廊下があって行き止まりに扉が一つ。それ以外には何もないので当然の様に真っ直ぐ歩いて行きドアの前にやって来た。

 ドアは音も無く開いた。

 そのまま足を進めてドアを潜る。

 大型のリビングくらいの大きさの部屋で、中央に大きなテーブルが置かれていた。こちら側に椅子は一つきりで部屋の中は誰もいない。

 うーんいつもだと強面の部長さんが居るんだけどなぁ~

 さてとどうするかな。


 五分。

 いまま管理局ここで、これほど待たされた経験はない。

 もしかしてここじゃないとか?

 振り返りドアの前に立つがドアは開かず。ついでに言うとドアには取っ手も何もないのでこれ以上何もしようがない。

 う~ん困ったなぁ


 さらに五分。

 スマホの電波が圏外なのはとうに確認済み。

 外部との連絡を取る手段はなく、唯一の希望と言うか入って来たドアをドンドンと叩きながら何度か叫んでみた。

 しかし一向に返事も反応も皆無だ。

 うー椅子に座っても良いかなぁ?


 もいっちょ五分。

 椅子に座ってスマホで通信を必要としないゲームをやり始めた。

 暇つぶしにはもってこいのパズルや色塗りのゲームだ。


 一時間……

 やばい。トイレ行きたい。


 さらに一時間……

 もう必死にドアを叩いたね!

 ヤバいってマジで!!

 ドア開けて~! トイレ行かせてー!!


 さらにさらにの一時間後。

 私は椅子に座り目を閉じて心を無にしていた。

 シュッとドアが開く音が聞こえて気が抜けそうになり、危うい所で我に返り再び下腹部に力を込めて心を無に変えた。

「待たせたかな」

「ト、トイレに……」

「あーうん。こっちにあるから行ってきなさい」

 私はまるで生まれたての小鹿の様に内股のままノロノロと歩いた。

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