31:力比べ

 すっきりすると途端に怒りが沸いてきて勇み足で戻った。

 部屋にはテーブルに人影が二つ。部長さんと先ほどはいなかった見知らぬ少年が一人座っていた。

 茶色毛と灰色の瞳を持つ少年で、その顔にまったく覚えはない。

 日本人なら中高学生と言ったところだろう。でも髪と瞳の色を見るかぎりそうではないだろうから、実年齢はもう少し下かしら?

 少年はなぜか私を睨んでいた。

 だが私には初対面の少年に睨まれる覚えはない。ガキにありがちな虫の居所の悪い時なのだろうと彼から視線を外して無視を決め込んだ。


「部長さん待たせすぎです!

 女子大生としての尊厳を危うく失うところでしたよ」

 返事を待たずに部長さんの向かいの席に座りつつ文句を言った。

「いやあ済まないねぇ。どうしても手が離せない要件があったんだよ。

 ところで、真理くんは彼とは初対面だったよね?」

「はい、そうですね」

「彼の名はルカス、管理局のアドバイザー的な存在だ」

「ふ~んそうですか」

 私が興味なしとばかりに返すと、少年は不満そうに眉を顰めた。そして、

「あんたさぁいまこの部屋には封印が施されていないことに気づいていただろう?

 なんで能力を使ってトイレに行かなかったんだよ」

「一つは私の能力が規制対象だからで、もう一つはもっと普通の話。トイレに行くのになんで【特殊能力アビリティ】を使う必要あるの?」

「それがあんたの答えかい」

「そうよ」

 異常な力は沢山持っているけれど私の将来の夢は〝一般人〟だもん。

 使わなくていいのなら能力なんて使わない。

 さっきだって監視されているはずだからギリギリで助けてくれると思っていたしね。


「まあいいや。

 あんたの報告書はすべて読ませて貰った。それによるとあんたは未来視が出来るらしいな。どうだ俺と勝負しないか」

「しないわ」

「ハアッ? どうしてだ」

「だって能力比べなんてやる意味がないじゃない」

「俺とあんたどっちの能力が上か知りたいってのじゃ駄目か」

「じゃああんたが上で良いわよ」

 殺し合いをする訳でもないのだから、どっちが上だろうがどうでもいい。


 それにしても、【特殊能力アビリティ】の話が出たから、私はルカスを異世界からの帰還者だと想像した。そして帰還者の中には不老系の【特殊能力アビリティ】により年齢不詳になる者も少なからずいる。

 ここのアドバイザーなどをやっているのだから、彼はその手の能力を得ているのだと思ったが、いまの台詞はガキそのもの。

 性別の差と言うわけでもなさそうだし、どういう奴なのよこいつ?


「あー真理くん少し良いかなぁ。

 これも検査の一環だと思ってくれると助かるんだがね」

 割って入ったのは部長さん。

 強面のお陰で舐めてんのかテメェって感じにしか見えないが、あれで本人は精一杯の愛想笑いを浮かべているつもり。

「解りました。やります」

「助かるよ」

 部長さんはニヤァと何かを企んでいるかのように嗤ったが、……残念かな、これは心からの笑みである。



 さてただ言葉面で能力比べと言われてもピンと来ない。

「力比べっていったい何をするの?」

 すると彼はどこからともなくトランプを取り出して部長さんに渡した。部長さんはカードをシャッフルして裏を向けて均等に並べていく。

「日本だと神経衰弱と言うんだっけ、これで勝負だ」

 そう言ってニヤッと嗤うショタ。

 強面の部長さんと違ってまんま年相応、迫力なんてどこにもない。


「二つ質問していいかしら?」

「ああいいよ」

「まず、あなたいくつ?」

 ルカスはきょとんとした後、「それっていま必要?」と首を傾げた。

 必要かどうかって言うと別に~だけど、気になったのだから仕方がないじゃん。

「もちろん必要よ」

「ふ~ん、まあいいけどね。今年で十三歳になったよ」

 予想よりちょっと下の中学生。

 だとすると子供っぽい言動も理解できた。


「じゃあ次の質問ね。

 未来視を使ってと言うからには、先の手番の人が全部開けちゃうことも当然想定してるわよね?」

 トランプを捲った未来を視ればカードの位置はすべて知れる。ならば一度ですべてを合わせることは可能。

「そう思うならやってみたらいい。

 真理、あんたが先でいいよ」

 大した自信だな~と【予知の邪眼】を両目に宿して・・・・・・トランプを捲った。

 まずは【ハートの3】。

 私は他の3が出たシーンを視てからトランプを捲った。

 はい正……、あれ【スペードのキング】?

「あははっどうしたの。外したよ」

「あなた何かした?」

「さぁね。気になるならもう一回続けて引いても良いぜ」

 ルカスはふっと鼻を鳴らして挑発してきた。

 その挑発に乗ってやろう。

 私は先ほどの【ハートの3】を捲った。

 しかし捲ったカードは【ハートの3】ではなく【ダイヤのA】だった。

 えっどうして?


 私が外すと、遊びは終わりだとばかりにルカスはカードに手を伸ばした。そして彼は52枚のカードをすべて捲り終えると、勝ち誇ったように笑った。


 52枚すべてのカードが捲られていく間、私は唯それを茫然と見ていただけではない。

 すべて【予知の邪眼】を通して視ていた。

 しかし私の予見した未来は、【邪眼】の効果が高くなるように両目に宿していたというのに、一度たりとも当たることは無かった。


 勝負が終わるとルカスは私からすっかり興味を失ったようで、部長さんに軽く目配せをして何も言わずに部屋から出て行った。

 ルカスが去ってたっぷり一分ほど、

「今日は済まなかったね」

「いえそれは別に良いんですけど……」

 なぜ私の視た未来が変わったのか?

 その謎が解らないのが気持ち悪い。命のやり取りが無いからと言って手を抜いたつもりはなく私は真剣にやった。

 だけど負けた。

 神経衰弱でなければ私はルカスに殺されていたと言うことよね……

 その事実は私の心の中でずっと燻り続けていた。

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