06:戻ったら戻ったでやっぱり大変な件

 車は一時間以上も走ってから停まった。

 体感で車が停まったのが解ってから、ほんの数秒、後部座席の黒田側のドアが自動で開いた。

 黒田が動かないので私は無言の黒田を避けて先に降りた。

 私に続いて黒田が降り、しかし運転手は降りず、私たちが降りたドアだけが自動で閉まった。


 車から降りた場所は完全に外界と仕切られ空間で、車が入って来たはずの入り口はどこにもなくすべて壁に囲まれていた。

 唯一違うのは真正面の壁にはエレベーターがひとつあるだけ。ただしエレベータの脇に見慣れたボタンはどこにもない。

 しかしこれでは呼べないと考える必要はまったくなくて、そもそもエレベーターは既に来ていて扉が開いて待ち構えていた。


 車のドアは閉まり、出入口のない密閉された駐車場。

 エレベーターに乗る以外にやる事はないから、私はいつも通り・・・・・さっさと乗り込んだ。

 私に続いて黒田が乗るとエレベーターのドアは勝手に閉まった。

 室内にもボタンは無いが、やはり勝手に動き出したエレベーターが体感で下に移動していることは理解できた。


 ウィィと静かな駆動音が聞こえる。

 結構乗っている気がするが景色どころか、階数を表す数字さえもないのでよく分からない。やっとエレベータが止まる感覚があり、聞きなれた『チン!』と言う甲高い音が聞こえてドアが開いた。


 ドアが開いた場所は廊下ではなく大きな部屋の中。

 先の方は薄暗く、【邪眼】を封じられた状態では見通せない。手前の見える範囲には大きなテーブルが置かれていて、五人ほどの人影が見て取れた。


「いらっしゃい高沢たかさわ真理まりくん」

 もっとも近くに座っていた男性が声を掛けてきた。

 五十代くらいの悪役俳優風のおっさんで声がやたらと低くて渋い。夜の道端でバッタリ出会ってこの顔と声で脅されたら、大抵の人間は怯えてとりあえず謝ると思う。

「お久しぶりです部長さん」

 軽い口調でペコッとお辞儀してニコッと微笑む。

 過去二回の召喚で何度も会っているから、私はとっくに彼が強面なだけで、中身は人の良いオジサンだってことを知っている。

 部長は私の笑顔に愛想笑いを見せた。

 うん相変わらず残念だわ。

 口元をニヤリと上げたその顔は、まるで『コンクリで固めて海に沈めるぞ』って脅されているかのよう。



「驚く事に真理君は今回で三度目だったかな?」

「ええ残念ながら三回目です」

「決闘だと聞いたが?」

 その話は、バスの中で黒田相手に一度しか話していないのだが、こんなことくらいで今さら驚いたりはしない。

「はい決闘の代理でした」

「決闘の癖に命のやり取りが無いと聞いたが本当かね?」

「ええ今回は誰一人殺していません・・・・・・・

 そう言って私がにこりと笑うと、部長さんは困ったように苦笑を浮かべた。

「ふむ報告書が上がったら後ほど確認しよう。

 それで、今回は何を貰った?」

 手元の資料を見ながら部長さんの声の圧が増した。

 ぶっちゃけドスの利いた声って奴だが、多分本人にその意識は無くて、普通に聞いているだけに違いない。


「今回は子猫を一匹貰いました。

 〝神話級ミソロジー〟の【物品アーティファクト】だそうですよ」

 彼らはここで、金髪かみから貰った【贈り物ギフト】を確認し、有用ならば管理局で利用することを考えるし無用ならば規制を掛けてくる。

 大抵は戦闘やら殺害に関する【贈り物ギフト】のはずなので─それ以外では生きて帰ってこられない─、無用となり規制対象となる。

 ちなみに私は過去二回とも規制を喰らってます!


「猫? それは猫型ロボットの様な存在かね?」

 ちなみにこの部長さん、その質問を真顔で言った。

「えっそれマジで言ってます?」

 思わず訝しげに問えば「どうしてだ」と逆にドスの利いた声で質問が返って来た。

 なるほど神から貰える物なのでその位の気概が無いとやってられないってことか。

 さてその子供たちに人気の青いタヌキが神話級かどうかは知らないが、

「違います。ニャーと鳴く生きた猫ですよ。

 神様曰く『猫の手、 忙しいときに借りたいと思われるもの』だそうですよ」

「ほほぉそれは興味深いな。

 その猫が今回一体どのような役に立ったのかね」

「特になにも、足元で鳴いていてとても愛らしかったです」

「真理くんここでの話は」

「分かってますよ。虚偽は罪に問われるんでしょう、だから本当の事です。

 連れてきているんでしょう、勿体ぶらずにさっさと返してくださいよ」

 実はバスを乗った辺りから脳裏に『黒服が来たニャ』とか、『戦うニャ?』とか聞こえていたので、ティファには素直に従いなさいと言っておいた。


「どうやら真理くんの話は本当の様だな」

 すると私の右側のただの壁がシュッと開いて、ティファが入って来た。

「にゃ~」

「いまのはなんと言ったのかな?」

「にゃ~と鳴いただけです」

 部長さんは残念そうに、そうかと呟いた。

 顔に似合わず─失言─夢のある発言だ。おまけにティファを見て目を細めているので─残念ながらガンを飛ばしているようにしか見えないが─猫派なのだろうか?



 ティファは預けられてこのまま色々な検査に入るらしい。

「ところで部長さん、この子の餌代を貰えたりはしませんか?」

 猫の餌の値段を詳しくは知らないがきっと安いだろう。

 しかし実家暮らしでアルバイトもしていない高校生のお小遣いはたかが知れている。出来ることなら猫の餌よりもコスメの一つでも買いたいのだ。

「その猫は何か特別な物を食べるのかね?」

 それを聞き少し身構えた部長さん。人肉を喰うとでも言えばきっと規制対象に代わるだろうが……

『なんでも美味しく頂くニャ』

「いいえ雑食のようです」

「では猫缶かキャットフード、好きな方を提供しよう」

「ありがとうございます」

 いえい、なんでも言ってみるものだね。


 このようにして帰還した翌日は終わった。

 ただし翌日以降も、行った先と出会った人との資料のまとめの為に質問をされたり、変な病気やらに感染していないかが引き続き行われて、この施設から完全に解放されるまでにさらに一週間が必要だった。

 そして今回の【贈り物ギフト】ティファは、検査の末に害のない猫・・・・・と判定された。

 ゆえにティファは私にとって初めて・・・の〝規制なし〟の品となった。


 今回あちらに居たのはたったの二時間。

 呼んだ側は『ありがとう』の一言で済むだろうけどさぁ、呼ばれると戻った後にこんなに大変なんだから勘弁してよね!?

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