05:遺物管理局、管理局員

 私にその感覚は無いが、私が学校へ行くのは三日ぶりらしい。

 短い異世界生活で起きた中途半端な時差ボケの様な感覚を、グッと我慢して朝食を無理やり食べると準備をして学校へ向かった。

 いつも通り家の最寄りのバス停に歩いて行き、やって来たバスに乗り駅に出る。駅からは別のバスに乗り換えて学校の校門近くで降りる。


 最初の駅に向かうバスに乗っていると、途中のバス停から黒ずくめの二十代後半ほどの女性が乗り込んできた。

 肩幅と同じくらいの大きな丸いひさしの黒い帽子。朝なのになぜか掛けている濃い色のサングラス。手は肘まで覆う黒い手袋。

 日差しを気にしているかと思いきや、着ている黒いドレスローブには袖は無く、肩から二の腕までは肌色が見えてほんのりセクシー。

 パッと見は時代錯誤の魔女。

 その実態は〝遺物管理局〟をガチで名乗る秘密組織の人員エージェントで名前は黒田。

 怪しげかつ雑な組織名もそうだけど、黒ずくめの服に黒田とか、どうやっても偽名にしか聞こえないよね。


 黒田は私の隣に立つと、

「お久しぶりです真理さん、貴女また召喚されましたね」

 これっぽっちも声を潜めることなく、堂々と頭のオカシイ話をし始めた。

 止めろぉ私を巻き込むな~とむしろこっちが慌てるが、それが聞こえたはずの周りの人は何の反応も示さない。

 決してこれは、頭がオカシイ人と関わり合いになりたくないというアレではなく、管理局お得意の〝認識阻害の術式〟が行使されているのだろう。

 ならば安心。


「耳が早いと言うか、どうやら私はまだ監視されてるのね」

 軽口交じりなのは重たい空気が嫌だから。私の監視が永久に解かれる事が無いことくらいとっくに知っている。

 おまけに盗聴やら盗撮やらと、ありとあらゆる違法な手段で私の動向はつぶさに記録されているだろう。

「もちろんです」

 だから返ってきた答えも想定通り。驚くことは無い。ついでに言うと管理局の人たちは言葉に裏が無いので楽だ。


 黒田と出会ったのは一度目の召喚から戻った後だった。

 どうやって突き止めたかと言えば、私が通院させられた精神科の病院から。まあそれが無くとも、時期が遅れただけできっとやって来ただろうと思っている。

 管理局の存在理由は、異世界から戻った人間が持つ【贈り物ギフト】の悪用を防ぐためだ。ただし管理局は頭ごなしに『止めろ』なんてことは決して言わない。

 常に〝飴〟を提示してこちらを上手く誘導してくれるので、殺伐とした異世界生活ですっかりスレた私からすると、大変小気味のよい人間らしい組織に思えた。


 ちなみに私が今まで貰った〝飴〟は一つ。

 進学する高校の手配だけだ。

 中学三年をほぼ丸っとあちらで過ごした私が行ける高校がどこにもなかった。成績が~ではなくて、素行の方。どこの高校もそんな問題児・・・に入学なんてして欲しくなかったようだ。

 管理局は私が欠席していた理由をそれとなくでっち上げ……、じゃなくて上手い具合に調整してくれたので、今の高校に入学することが出来た。


「さて今回は三日ですか。

 それはそれは随分と弱い魔王だったのですね」

「ううん魔王なんていなかったわ。決闘の代理よ」

「決闘ですか、興味深いですね」

「そうでも無いよ。命のやり取りも無いクダラナイ世界だったわ」


─次は○○~─

ピンポーン


─次停まります─



 話の途中で黒田が〝とまります〟のボタンを押した。

 次の停留所なんて五分も走らずすぐに着く。バスが停車すると黒田は前の方へ歩いて行った。渋々私も席を立ちあがって付いて行く。

「二人分」

 ここのバスは中乗り前降りの後払い。短くそう告げて黒田は料金箱に二人分の料金を入れた。

 だから私はそのまま降りるだけ。

 ここはまだ定期の区間内で払って貰う必要は無かったのだけど、黒田にも何か事情があるのだろうと考えて私は何も言わない。


 通勤時間のバスに乗り、どうでもよい停留所で降りる。当然の様にこのバス停で降りるのは私たち二人だけだった。

 黒田は降りたバスが走り去っても静かにそこに立ったままだ。まるで次のバスを待つかのような雰囲気まである。

 しかししばらく経つと、黒いスモークを貼った車長の長い黒い高級車が、私たちの目の前に停まった。

 車の後ろのドアは自動で開き、黒田が私に視線で合図を送ってくる。

 はいはいとばかりに私はドアが開いた後部座席に乗り込んだ。続いて黒田が乗り込むと車のドアが自動で閉まる。

 車の後部座席は対面のボックス形式で、私の左向かいに黒田が座った。

 こちら側のドアはきっと開かない。いやもしかしたら黒田側も開かないかもしれないなと一人ごちる。


 つまり私は現在進行形で連行されている訳だが、さすがに三度目になると落ち着いた物で、とやかく言われるよりも前にさっさと行動に移していた。

 どうせ抵抗しても強制に連行されるんだし時間の無駄よね。

 私の心の内を知ったのか、黒田は、

「真理さん素直で助かります」と、呟いて小さなお辞儀をした。

 戻ったばかりの人の中には、気が立って荒らぶっている者や、感覚が狂ったまま無謀な手に出る輩もいるのだろう。

 その点、私は素直か……


 すぐに車が走り始めたのは体感で解った。

 この車のスモークは、外からも中からも見えない特別性。

 さらに運転席側は黒田が座る対面ソファがあるから壁で閉ざされていて、後部座席は外界からすっかり隔離されている。

 ちなみにこの隔離っぷりは、【贈り物ギフト】にまで及んでいる。

 ソースは私。

 実は一度目から帰った際、【邪眼】を発動させようとして失敗した。さらに言えば、発動しようとしたことまで感知されて、後ほどすっごく怒られた。


 まあなんだ。

 管理局とは仮にも、神から貰った【贈り物ギフト】を封印出来る様な相手なのだから、暴れるのは無駄ってこと。

 だから素直に従うのは当たり前でしょ?

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