07:えーっ四度目って、早くない?

 冬のある日の事。

 私は学校帰り、雪の残る歩道を歩いていたら穴に落ちた感覚を味わった。

 途端に目の前の景色がガラリと変わる。

 陰から明へ。

「チッまた金髪か」

「馴れ馴れしいですよ人の子よ」

 私が来たそうそうに悪態をついたのは、ここが見慣れた空間だからだ。自分の周りだけ淡い光で照らされた場所。

 当然目の前に立つのは見慣れた透き通るほど白い肌を持つ金髪の美少女。つまり地球の神だ。


 お決まりの文句が始まるかなーと思って金髪を見つめると、彼女はニコッと天使のように微笑みを浮かべると、「行ってらっしゃい」と手を振った。

「ちょっと待った!

 もしかして老化現象かなぁ、私はまだ【贈り物ギフト】貰ってないよ!?」

「くすくすっ残念ですが今回はありませーん!」

 金髪の顔が満面の笑みに変わった。

 いや待てお前、設定では異世界に行かされる可哀想な我が子ちきゅうじんに少しばかりの加護を与えるんじゃなかったっけ?

 それを渡さないばかりか笑顔で見捨てるとか、実はお前は邪神だったのか!?

「貴女がとーっても不敬な事を考えているのはお見通しですからね? それからわたくしは若いです~

 良いですか。【贈り物ギフト】は一人につき一回と決まっています。

 さ~ぁ分かったらさっさと行きなさい、なっ!」

 そう言うと金髪は、とぅと私をトンネルに向かって蹴飛ばし、ばいばいと手を振って笑顔で送り出してくれた。

「一人に付き一回ってー!!

 私はもう三度も貰ってるじゃないかー!!」

 トンネルに体を引っ張られながら私は声の限りに叫んだ。

 徐々に小さくなっていくトンネルの入り口の方から、オーホッホとか高笑いが聞こえたのは気のせいだと思いたい。







 ベチャっと落ちたのは湿った地面の上。どうやら落ち葉が湿っていたらしく制服のスカートが少し湿ってしまった。

 召喚先はまたも森だが、今度の時刻は夜らしくて辺りは真っ暗だった。


 キョロキョロするまでも無く、正面に若い男が立っていた。やたらと身なりの良い衣服を着ているからきっと貴族だろう。

 髪の色は金髪、瞳は濃い青色で鼻筋が通ったかなりの美形。

 他に誰も居ない様なので、どうやらこいつが召喚者らしい。

「四度目だ……

 しかも今回は【贈り物ギフト】無し。なんなのよあんたたちは!!」

 三度目から今回まで、二ヶ月くらいしか間隔が開いていない。

 こんな事の最短記録なんて更新したくない。

 最初は呟くように、そして言葉尻で私が言葉を荒げ始めると、男は慌てて屈み、私の口をその大きな手で覆った。

 そして口に指を一本あてて〝しぃー〟と言う仕草をし、耳元で「(お静かにお願いします)」と小声で伝えてくる。


 もしかして追われてる?

 その証拠に耳を澄ませば遠くの方から、『こっちで声がしたぞ!』と聞こえてきた。

 私はコクリと頷き、手を放す様に身振りで伝えた。そして右の瞳を閉じる。五秒後、【感知の邪眼】をセットした。

「(緊急事態とは言え女性の口に許可なく振れてしまいました。申し訳ございません)」

 丁寧な謝罪を聞き流し、私は右目に注視した。

 【邪眼】の効果で瞳の中にカーナビの様な上から見た地図が広がる。注視しなければ視界の端でテレビが見えている程度の感覚に近いが、じっくりと意識を向ければ─ただし現実の視野が狭くなる─ハッキリと認識することが出来る。

 表示対象を〝知的生物〟に設定。

 なるほど、すっかりこの森は包囲されていた。どうやらこの森をほぼ囲むよう既に兵の配置が完了しているらしい。


「(貴方はいま追われているのね)」

「(はい、街道で馬車が襲われてここまで逃げ込みました。私を護ってくれていた護衛は全て倒れてもういません。

 打つ手がほかに無く、仕方なく召喚魔法を使用しています)」

 護衛は死んでいるし森は包囲済み。かなり切羽詰っている状況だと言うのに、男の顔には恐れの表情は無い。

 なんだろう、この男は私を信頼しているのか?

 ダメだなそのままの声色ではなく、声を潜めたひそひそ声だから言葉に込められた感情が上手く読めない。


 男の言葉通りならば、私の今回の使命は『男を護ること』だろう。ついでに言えば無事に逃がすことだが同一目標なので気にしない。

 森を囲んでいる相手の数は五十人を軽く超えている。

 果たしてこいつらは野盗か、それとも政敵か?

 前者ならば五十人など烏合の衆同然だが、後者だとちと苦しい。兵士とは数を頼みにした訓練を受けて常に連携してくる。


「(う~んこれは訓練を受けた兵士っぽいわね)」

 こうしている間も敵の包囲は徐々に狭くなっていく。

 まずは包囲を狭める歩みが均等な事、そして決め手はある一点がやたらと分厚い事だろう。階級が上がると人はやたらと臆病になると知ったのは、人魔戦争に参加した二番目の世界の話。

 つまりあの一点が指揮官の場所ってことよね。

「(やはりそうですか……)」

 男は私の呟きを何の疑いも無く信じた事に驚いた。

 でも相手が勝手に信頼を寄せてくれるのは楽だし、まっいいか。


 さてと。

 相手は軽く見積もって五十人。これを一人で相手するのは出来なくはない。いや違うわ、むしろ一人で相手するならば容易なのよね。

 問題はこいつかと男の顔を盗み見る。

 こいつを護りながらこれだけの人数を倒すことは難しい。


 【時空間操作】の転移が使えれば楽なんだけど、これには相性があって、相性が悪いと転移は失敗で、運が良ければ取り残され、運が悪ければ時空の狭間に呑まれて存在そのものが消えてなくなる。

 同じく【時空間操作】が使える人なら自力復帰も可能だろうけど、私を呼んだ時点でこの男がそれを持っていないのは想像できる。

 だって持ってりゃさっさと飛んでるもんね。

 試すなら今じゃなく、もっと切羽詰った時にすべきだろう。


「(にゃ~ん)」

 足元から灰虎猫のティファの声が聞こえた。

 気を使ったのかその鳴き声は小声で、足首にスリスリと耳を擦り付けてきた。

「(あら、貴女いつの間に……)」

 今日私が召喚されたのは学校の帰り道で、家で留守番しているティファは当然いない。金髪の所に寄った時にも居なかったからそう言うモノかと諦めていた。それが突然やって来たと言う事は、流石は〝神話級ミソロジー〟と言うべきか。


 思わぬ援軍だが、期待はゼロ。

 そもそもこのは、手に入ってからいつも私のベッドの上で丸くなっているだけで、何の役にも立った試しが無いのだ。

『手を貸すニャ』

 と言われてもお前に何が出来るのかと首を傾げるしかない。

 包囲が狭まっている中、猫の相手をしているよりも、いまはどうやってここの場を切り抜けるか頭を悩ませるべきだろう。


 ティファが一声「ニャン」と鳴くと、灰虎猫は輪郭を失いウニョウニョとスライムの様なアメーバ状の物体に変化した。。

 ぼこんぼこんとアメーバの表面が波打ち、どんどん大きくなっていく。

 ある程度の大きさになると肥大化は終わり、今度はズズズッと細い長い形状を造り始めた。

 十秒ほど経った時には、そこにはが立っていた。

「(えっとティファなの?)」

 実際に見ていたと言うのに、あまりの変わり様に首を傾げるしかない。

「(そうニャ)」

 今度は心の中ではなくてちゃんと囁き声が聞こえた。

 私はなるほどね、と納得した。

 確かにこれは、『忙しいときに借りたいと思われるもの』だ。伊達に〝神話級ミソロジー〟の【物品アーティファクト】を名乗ってはいない。


「(ところで貴女はどこまで同じ?)」

「(あちきはご主人の八割くらいかニャ。ついでに言うとご主人の【贈り物ギフト】も使用可能ニャ)」

 そこまで聞ければ問題ない。

「(ティファはここで彼を護って、私は相手を倒してくる)」

 男は信頼してくれているのか素直にコクリと頷いた。

 さらにティファからも短く「了解ニャ」と返ってきた─聞きなれない声だが、多分声紋も私と同じだろう─。

 自分が語尾に『ニャ』を付けて話す姿を見ることになるとは、未来と言うのは何とも予想の出来ないモノだなと苦笑する。

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