29:決別

 邪神を倒して帰る前に、金髪から【特殊能力アビリティ】の能力が上がったと聞いていたが、私がそれを実感できたのはつい先ほど、【邪眼】の発動に必要だった瞳を閉じて五秒間の制約が無くなった事に気付いた時だろう。

 切替に必要な時間は僅かコンマ数秒。

 それこそ気持ち長めに瞬きをするだけで【邪眼】の切替が出来た。さらに【感知の邪眼】の効果範囲が、二倍には及ばないがそれに近いほどに広がっていた。

 凄まじい能力アップに驚くがいまはそれどころではない。

 右目にセットした【感知の邪眼】で目標を検索。しかし空振りしたから、窓の外に転移を発動。一瞬の浮遊感から一瞬のラグも感じず再転移して屋根の上へ上った。

 ふぅん【時空間操作】の方も能力の向上が見られるわね。


 屋根から見えた建物はまんま城で、どうやらファンは王族だったようだ。

 う~ん王族に求婚されるのってこれで何回目だっけかなぁ?

 ここまで多いと、私の体からその手の男を惹きつけるフェロモンでも出てんのかしらと疑うわね。


 どうでもいい事を考えて呑気だな~と思われるかもしれないが、ここまでの移動が速すぎて、お城の衛兵さんは私をすっかり見失ってしまったのだから仕方がない。

 だからいまは屋根の上で景色を見つつ発見待ちよ。

 あっ指さしてるわ。

 どうやら見つかったみたい。

 どうするのかなーと見ていたらロープと梯子が現れて、やたらと軽装の兵士が屋根に上がってきた。彼らも重装で屋根の上に上がるほど馬鹿じゃなかったようで安心したわ。

 私のいる屋根まであと少しと言う所で転移。

 別の屋根の上に現れて手を振ってあげた。

 すっごく悔しそう。



 二つ目の屋根の上。今度は別の建物の屋根に兵士が並んだ。

 彼らが取り出したのは、如何にも支給品ですって感じの統一された弩級クロスボウだ。構えてから数秒、指揮官っぽい人が手を振ったと同時に矢が発射された。

 転移で避けるのが最良策だが、あえてここは時間を飛ばして喰ってやった。

 以前の私ならば〝時〟を操ったペナルティにより、能力を一定時間失うのだが、能力が上がった今ではペナルティはほんの僅かだけ。

 おまけに極めるとさらにペナルティを緩和できる様な手ごたえまで感じた。


 次で死ぬと言われた時は驚いたけれど、こんなに能力が上がっていることを思えば、死亡率が大幅に減った理由も判る。

 いやぁ苦労して邪神を倒した甲斐があったわ~



 それから数度転移を使った追いかけっこを繰り返した。

 いまは四隅にある高い塔の屋根に移動して、さぁ登ってみろと言わんばかりに、塔の端っこで足を投げ出して腰を下ろしていた。

「おーい、真理さーん! おーい!」

 突然下の方で私を呼ぶ男の叫び声が聞こえた。

 じぃと見下ろせばそれはファンの様だ。どうやら彼は城に戻って来たらしい。

 今回【感知の邪眼】の範囲が広がっていて城の中を一望できたから、彼の不在はとっくに知っていた。

 まぁ彼が居れば、その場に転移していの一番に愚痴を言ったはずだもん。



 ミッションコンプリート~と言いながら、私はひょいと塔から身を投げ捨てた。

 すぐに自由落下が始まり、地面が近づくにつれて幾多の悲鳴が聞こえてくる。地面に接触するすんでの所で転移を使い、落下速度をリセット。

 トンッと言う軽い着地音と共に、私は最後の転移でファンの前に降り立った。

「悪いわね。忙しい所を戻って貰ってさー」

「何があったのかお聞きしても?」

 我に返った兵がザザッと剣を構えて取り囲む。しかし主人が近いので私を刺激しない様に配慮はしているらしく、闇雲に距離を詰めることはしなかった。

 へぇ侍女と違って兵士の方は優秀っぽいね。


「ドレスの採寸で喧嘩しちゃってね。

 悪いけど私は舞踏会の参加を止めるよ。頼まれた護衛はするからさ、二週間後にまたここに来るね」

 じゃねと言おうとしたら手をガシッと掴まれた。

「護衛なんて口実だ。わたしは貴女と舞踏会に出たいのです。

 だから考え直して欲しい、お願いします」

 皆の前で深々と頭を下げるファン。

 それを見て周りがざわっとどよめいた。

「王族が簡単に頭を下げちゃダメだと思うわよ」

「いいえ、わたしがこの地位になれたのは全て真理さんのお陰です。

 その恩人に頭を下げられない訳がない」



 私はファンに連れられて別室に入り、話を聞いた。

 最初の決闘の時、賭かっていた物は〝互いの立場〟だったそうだ。負けた方は相手に従い、今後の支援を約束する。相手はファンと同じく王族の血を引く令息だった。

 妾の子同士、勢力を合わせる為に決闘に及んだそうだ。


 そして二度目、彼を街道で襲ったのは腹違いの弟。弟は後に生まれた正妻の子。

 ファンが森から無事に生還したことで、弟の悪事が明るみに出て、中立だった貴族の多くが弟を見限りファンを支持する方向にシフトしたそうだ。


 そして現在二十四歳になる王太子ファン・イグナシオ・アルタミラーノには婚約者が居ない。それなのに今回エスコートするのは異世界の私だと言う。

「そりゃあダメでしょ?」

「やはりそう思いますか……」

「王族の義務は次世代に跡取りを残す事だって、最初の世界の滅びかけた国の王様が言ってたわよ」

 一度目の世界に在った、魔王に攻め入られて瀕死の王国。

 その王様は自らの命を掛けた大魔法を発動して自爆した。その際に彼は「儂にはもう跡取りがいるからな、安心して逝ける」と、満足げに笑っていた。


「それが貴女では不味いのでしょうか?」

「異世界人との間に子が産まれるかどうかは分からないわね」

 もしも私たちの性別が逆であれば、試すのもやぶさかでは無かったかもしれない。だが今回、異世界人は女性である私の方だ。

 私が腹に異世界の種を持ちかえれば、地球に戻った後、明るい未来が全く想像できない。

 例え受精していなくても、その種は採取されて実験に使われるだろう。それで間違って魔力持ちの子が生まれれば地球は変わってしまう。

 仮に受精して異世界で子を産み、知らぬ存ぜぬで戻ったとしても、管理局ならばどうにかしてその事実を知るはずで、そうなった私に明るい未来はきっとない。

 唯一はこの世界に残る事だが……

「悪いけど私は貴方をそれほど好きじゃないのよ」

 だからこの話はお仕舞いだ。


 なお今回の騒ぎにより、侍女長は侍女への降格と減俸が申し渡された。同席して止めなかった侍女も同様、ただしこちらは減俸のみとされた。



 舞踏会では最後の思い出にするからとファンは、私とのダンスを楽しんだようだ。残念ながら私にそんな余裕は無く、周りの気配を拾うのに精いっぱい。

 なんせこの世界は死亡率がヤバいんだもん。




 舞踏会が終わった。

 結局誰も襲い掛かってくることなく、すっかり拍子抜けしたわ。

「ねえ最後に聞いていいかしら、あなたは私のどこが気に入ったの?」

「我が儘放題で育ったわたしを真剣に叱ってくれたのは貴女だけでした」

「あーその節は力一杯殴りまして……」

「いいえ殴られて当然のことを言ったのはわたしの方ですから気にしないでください。

 それに、あれも良い経験ですよ」

 その言葉に裏は無くて本気に聞こえた。

 いつの間にやら良い思い出に昇格してしまったらしい。まあ変な趣味に目覚めなかっただけマシと思っておこう。

「そのドレスはお持ちください」

 と言われましてもね、週末に食べ過ぎたら即アウトになるほどのジャストサイズなので貰っても処分に困る。

 しかしここで『ありがとう』以外の台詞を言うほど、私は馬鹿でも野暮でもはない。満面の笑みを浮かべてちゃんとお礼を言ったわ。


 そして私は二週間ぶりに地球へ帰る。

「手に口付けしても?」

 それには私は返事をすることなく、手を差し出す身振りで答えた。彼は下肢付いて私の手を取り口を寄せた。


 彼は下肢付いたまま、顔だけを上げた。

「もしも次に貴女を呼ぶことがあればきっとこの国の危機でしょうね。

 だからわたしはもう貴女を呼びたくはない。真理さん、貴女も呼ばれないようにあちらで願って頂けますか?」

「ええいいわよ。貴方がこの世を去るまでこの国が続くように願うよ」

「わたしが去るまでですか?」

 ファンは立ち上がり苦笑した。

「それ以上は知らない、次は別の人に頼んでくれるかなぁ」

 そう言ってクククと笑った。


 こうして私はファンとの別れを終えた。




 目が覚めると見慣れた我が家の天井が見えた。

 よし帰って来たぞぉ!

 ドレスを脱ぐ間も惜しみ、私は異空間に仕舞っておいたスマホを取り出してすぐに日時を確認する。

 行くときは六月の三週目だったが……、今は七月の一週目。

 以前に金髪に頼んだお陰だろう、戻った時の日付のズレは少なかったけれど、残念ながら試験の日程はすっかり飛んでいた。

 だが焦る必要は全くない。

 勉強した成果が見せられないのは残念だけど、私は単位0でも卒業できる女なのよ!

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