28:逆ギレ

 ファンと護衛の騎士らが立ち去ると、部屋の中は女性だけとなりすぐにドレスの採寸が始まった。

 基本的な身長と三サイズに加えて、手足の長さやその太さまでと至るところを採寸されていく。それらの作業は年配の侍女長によりテキパキと指示されて進んでいった。

 もう測る所なんて無いでしょって所で、侍女長が顎をツンと上に上げながら嫌味成分をたっぷりと込めた口調で、

「真理様は随分とふくよかでいらっしゃいますね」と言った。

 合わせて周りからクスクスと蔑む様な含み笑いが漏れてきた。


 言葉の裏を読むまでも無く悪意はたっぷり。

 先ほど私がご主人さまファンの襟首を捻り上げたから、彼女たちは穏やかな気持ちではいられなかったのだろう。だがファンがそれを問題にしていないのだから、そして家臣である彼女たちはそれに最後まで従うべきだった。

 私情を挟むなんてプロ失格。

 まったく厨二病を拗らせた中学生の私の言動にも微動だにしなかった、一度目の世界の執事や侍女のなんとできた事か。思い出せば恥ずかしさで身悶えることばかりなのに、彼らの態度は間違いなくプロだったわ。

「そうかしら。

 あなたたちの誰よりも私は痩せていると思うのだけど?」

 私は成長期の真っただ中に異世界に呼ばれ、明日の水や食事の心配しながら長く野宿生活をして来た反動で、分類すれば私は発育不良に入れられる。

 そんな私よりも痩せてる人が居たのなら、健康を疑うか、普段の食事の栄養を改善すべきだろう。


 私がチクリと釘を刺してやったら、侍女長は悔しかったのか顔を真っ赤にして、

「なんて口汚い言葉を使うのかしら。でもこれで解りました。

 貴女はファン・イグナシオ様には相応しくございませんわ!」

「私は護衛らしいし別に相応しい必要「だまらっしゃい!」」

 顔を真っ赤にして叱られた。

 感情任せに先にキレられてしまえば、こちらは「あ、はい、済みません」としか言いようがないわ。


「ふんっ貴女の様な人にドレスなんて早いわ!

 まずはみっちりと礼節の指導をいたしましょう!」

 私が形だけでも謝罪したから、侍女長は調子に乗ってしまったらしい。

 これは私が悪かったと思う。だがすっかりキレて言葉の通じない人に何か意見を通すには、こっちもキレ返す以外に手が無い。

 と言う訳で作法通り、私もキレまーす!


「あっそ、じゃあ私は欠席でよろしく。

 ああそうそう、護衛の件は勝手にやるからってファンに伝えて置いて。

 じゃーね、お・ば・さん」

「な、なにを言うのですか!?」

 あっさりと辞退をされて慌て始める侍女長。

 怒りで真っ赤だった顔から血の気が引いていきすっかり真っ青に変わった。


 なぜこのような事になったかと言えば簡単だ。

 そもそも彼女たちは前提からして決定的な勘違いしている。

 彼女たちは、誰もが・・・自らのご主人さまであるファンのパートナーになりたいはずだと、本気で思っている。

 だから私にどんな無理難題や嫌味を言おうが、最後には『パートナーになるためなら何でもいたします』と泣いて頼んでくると心の底から思っていた。

 そして私から謝罪を得られれば先ほどの件の溜飲も下がるから、その後は少しくらいの譲歩して寛大な所を見せようとでも思っていただろう。

 しかし私はファンのパートナーそんなことはどうでもいい。

 ぶっちゃけて言えば、皆の前に連れ出されて踊りたくも無いダンスを踊らされるくらいなら、どことも知れぬ場所で一人で護衛している方が楽でいい。



 成長したファンはイケメンで、この部屋の様子を見ればお金もありそう。

 だけど今まで行った異世界には、もっとイケメンな人だっていたし、妥協ややイケメンかつ王族かねもちからの求婚だったあった。

 しかし私は日本人以外ノーサンキューなので例外なくお断りした。

 例えブサメンでも日本人を取るのが私だ!

 いやいやこれは究極の二択の話でして、ブサメンだけが普通に来たら断るからね?


「そっちこそ何を言ってんの?

 私はこの世界に勝手に呼ばれた被害者・・・だよ。クソッタレな理由で勝手に呼び出して置いて、赤の他人に無理やり言う事を聞かせる意味を考えたことあんの?」

 自然に口角が上がりニヤリと嗤った。

「あーそうそう、一つ良い事を教えて上げるわ、おばさん・・・・

 召喚者が死ぬと、召喚された私は元の世界に帰れるんだよね。魔法で誘拐された被害者が加害者を殺して逃げ出すってのはどう思う?」

 もちろん嘘だ。そんなことがまかり通るのなら、異世界召喚の魔法なんてとっくに廃れている。

 むしろ逆に召喚者を害せないという【制約のろい】が私たちには掛けられている。

 つまり私たちは体のよい奴隷でしかない。

「衛兵! 反乱者です!!」

 おばさんは顔を真っ赤にしてマジギレ、挙句に衛兵を呼び始めた。

 あら調子に乗ってやり過ぎちゃったわ。


 廊下に控えていたのだろう。

 間髪入れずドアが蹴破られて、鎧姿の兵士が二人入って来た。音に驚き、侍女長以外の侍女さんは悲鳴を上げて部屋の隅に逃げた。

 さらに廊下からはピィーと言う笛の音が聞こえ始めていた。

 どうやら援軍の予定ありの様だ。

 程なくしてこの部屋は兵士に包囲されるだろう。


「どうされました夫人!」

「この者がファン・イグナシオ様を害しようと発言しました!

 すぐに捕えてください!」

 血相を変えて私を荒々しく指差すおばさん。

 二人の兵士はその声に応じて、剣を構えてにじり寄ってくる。

「貴女はファン・イグナシオ様が召喚された異世界の女性の様だが、いま夫人が言われた事は本当か?」

 左側の兵士が、慎重に言葉を選びながら問い掛けてきた。

「嘘かほんとで言えばほんとだよ」

「そうか、ならば申し訳ないが拘束させて頂く」

「悪いけど断るよ」

 捕まれば負け、一人でも殺すと負け、ファンがやってくるまで逃げ切れば多分・・勝ちか……


 一見、私の分が悪そうに見えるが、邪神を人の身で倒すよりはきっと簡単よね。

 さーてと絶対に生きて帰ってやるんだから!

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