27:報酬なし!

 大学に入学して初めての大型試験期間に入った。

 無事に試験が終了した後は、普段の活動は月に一度のスーパー銭湯巡りと、毎週末のコンパだけという、温泉に毛が生えたかしら~くらいの活動しかなかった我が温泉同好会も、ついに泊まりがけで温泉旅行に行くことが決まっていた。

 外泊の経験は異世界生活のお陰で豊富だが、生命の危険や食事の心配のない場所で~となると途端にその数は減る。

 夜眠っていても魔物に襲われないってのはすごく新鮮よね~


 そんな風に楽しみにしていたのに……

「あ~あ、またここかぁ~」

「あらご不満ですか?」

 淡い光に包まれた空間には、膝ほどまである癖のない金髪を持った絶世の美少女が立っていた。

「ちなみに今回の【贈り物ギフト】は?」

「ありません」

「と言う事はまたあの世界なのね」

「はい。どうやら貴女は彼のお気に入りのようですね、では行ってらっしゃい」

 バイバイと笑顔で手を振る金髪に促されて、私は再び【贈り物ほうしゅう】無しで旅立った。







 トンネルを抜けた先は森に非ず、なんと初めての室内での召喚だった。部屋は広くて豪華で貴族の屋敷の客室の様に思える。

 目の前には金髪に瞳は濃い青色で鼻筋が通った美形の男性が立っていた。

 年齢はまたも上がっていまは二十代半ばくらいかしら?

 ぐるりと見渡すと騎士風の兵が四人、少し遠巻きに私たちを囲んでいた。きっと彼の護衛で、突然襲ってくる様子は無し。


 ひとまず危険はない様だと密かに安堵の息を吐いた。次の召喚で死ぬと言われていたからわたしの緊張感ったら半端ない。


「こんにちは真理さん」

「あら今回は声を出しても良いのね、ファン」

 名を呼ばれて男はほんの少しだけ眉を顰める。

「気づいていたのですね。前回は失礼しました真理さん」

 前回の事について改めて謝罪するファン。

 その謝罪はもちろん無視だ。下手に受けてしまえば逆に私が彼を殴った事を謝罪する必要が出るかも知れない。


「で、今回は何の用?」

「実はわたしと舞踏会・・・に出席して頂きたいのです」

「へぇ武闘会・・・か。珍しいね今回は二人で参加するんだ」

 代理決闘なんかやってる腐った世界だから、武闘会だって召喚された人だけが戦うのかと思ったがどうやら違うらしい。

 でもさぁ武闘会で死ぬ?

 う~ん二人でって言ってるし、ルール無用のデスマッチって奴かしら……


「おや〝地球〟には一人で参加する舞踏会と言うものがあるのですか?」

「天下一武闘会とか?」

 漫画の世界で代理決闘ではないけれど、あれは確かに一対一だった。

「天下一とは大げさですね、なるほどつまりその舞踏会では参加者の順位まで決まるのですね」

 どうやって決めるのかなとファンはブツブツと呟き始める。

「いやいや、逆に順位が決まらない武闘会なんてものがあるの?」

「少なくとも今度参加する舞踏会には順位はありませんね」

 だったらどうやって勝敗を決めるのかしら……

 今まで通り、勝てば解決だと思っていたが違うと言う。ならば私が地球に帰る条件は一体なんになるのだろうか?


「ねえ悪いのだけど、今回私が帰る条件を聞かせてくれる?」

「やはり帰ってしまわれるのですね」

 寂しそうに落胆するファン。

「そりゃあそうでしょ。私はここの世界の人間じゃないもん」

「もしもわたしが貴女との結婚を望んで召喚魔法を使ったのならば、貴女は元の世界に帰らないのでしょうか?」

「えっこの世界って結婚相手まで異世界から呼ぶのキモッ!?」

 そう言って一歩引く私。

「キモ……って、わたしはこれでも条件の良い物件なのですけどね」

 そう言ってファンはハハハと力なく笑った。


 条件以前にそんな理由で召喚魔法を使う奴がキモくないわけがないでしょうーが!

 間違って同性が来たらどうすんのよ!!


 しばしの沈黙が落ちる。


 気まずい……

 私は取り繕うように、

「そう言えば貴方、眼鏡はどうしたの?」と問うた。

 ただ沈黙を埋めたいだけの質問で、ぶっちゃけ興味はない。

「年齢が上がって魔力が安定したので視力の矯正は不要となりました」

「へぇそうなんだ」

 便利な世界だなぁ~と感心した。

「もしや眼鏡の男子の方がお好みですか?」

「いや別に?」

 ガクリと項垂れるファン。

 私はこの手の話に鈍いつもりはない。だから分かった。どうやら私は金髪が言う通り、本当に彼に気に入られてしまっている様だ。

 そして先ほどの召喚の話もマジ!


 しかしこの感情は、恋愛では無くてきっとすり込みとか吊り橋効果と言うのが、もっとも近いと思う。願わくば結婚を願う召喚をする前に、さっさと勘違いから立ち直って貰いたいものね。




 その後、侍女が大量に入って来て当日に着るドレスの採寸を始めると聞き、私は〝舞踏会〟と〝武闘会〟の聞き間違いに気づいた。

 くそぅ大雑把な翻訳しやがって!


 私はクルリとファンの方に向き直り、ニッコリ笑顔を見せる。

「えーと、貴方は何のために私を呼んだのかなぁ?」

 あっ自分でも底冷えするほどの、とても低い声が出たわ。

「あのぉそのぉ、第一は暗殺者からの、護衛です」

 すっかり怯えたファンは震え声でそう言った。

 その言葉が嘘だと私の勘が反応した。

 幾多のサークルの男と同じく下心あり! 第一は、きっと私と踊りたいと言う所か、それよりも悪質だとパートナーとして周りに紹介したいのだろう。

 他の異世界では魔王やら邪神なんかに滅ぼされそうになって苦労していると言うのに、なんでこいつはこんなクダラナイ事で私を召喚するかなぁ!?

 しかし死ぬと言う警告は本当の話だ、自覚は無くともヤバい危険が迫っているのは事実のはず。雰囲気に飲まれてだらけない様にしようと一層心を引き締めた。


 だがそれはそれ、これはこれだ。

 言っておくべきところはちゃんと閉めておかないとね!

「いーい!? 今後一切こんなクダラナイ事で私を呼ぶな!

 どうせ呼ぶのならもっと切羽詰った時にしてくれないかなぁ!!」

 ファンの胸に指を突き付けながら叱りつけると、

「えっ? また呼んでも良いんですか!!」

 脳内でどんな変換がされたのか、すっかり勘違いしたファンはパァと表情を明るくしてそんなことを言った。


「だからぁそもそも呼ぶなっつってんだろぉ!!」

 さすがにその台詞には切れた。

 ガッと襟首を掴み捻り上げると、侍女さんから短い悲鳴が上がった。

 グッと拳を握りしめて殴りかかる寸前に、これから舞踏会だったなと思い出して、私は思い留まった。頬をグーの形に腫らした貴族令息は流石に哀れだろう。


 もういいやと、パッと手を放す。

「さっさと終わらせてよ」

 しかし舞踏会はどうやら二週間後の様で……

 殴っとけばよかったと心の底から後悔した。

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