15:要人を救出せよ③

 どの国かも知らないので、正確な時刻は知らないけれどザックリ言えば深夜だ。

 幸い反政府のゲリラ兵の大半は眠っている。しかし要人を捕えているからか、寝ずの巡回兵がいて、いまも建物の中を歩いている。

 いずれはここにもやってくるだろう。

 やってくるのなら殺すまでだが、それよりも……

 一番厄介なのは銃よね。


 勿論それはこちらが剣だからと言う意味ではなく、銃撃になった場合の音の方。

 もしも建物の中でそんな音が聞こえれば、いま眠っている反政府ゲリラ兵が片っ端から起きてくるに違いない。

 そうなれば要人の救出は失敗だ。


『ねぇティファ、何かいい手は無いかしら?』

 きっと家で寝ているだろうティファに声を掛けた。

『忙しくないときに呼ばないで欲しいニャ』

 ちっ使えない猫だわ。

 でも待って。本当に〝忙しい〟のならば、ティファは必ず協力してくれるのだから、まだ私一人で対処できると言い換えることも出来るわね。



 【感知の邪眼】によるとこの建物は地上四階、地下二階の構造だ。

 建物にエレベーターは無く階段のみ。出口はそれきりなので逃走ルートも糞も無い。ついでに言えば依頼を完遂したいので一階に立ち寄り首謀者をゲットする必要がある。


 まずもっとも簡単なA案から。

 ゲリラ兵が眠っている部屋に転移して片っ端から殺して回る。

 私は殺せるときに殺す主義だけど、殺人を楽しむ殺人鬼ではないから、殺さなくていいのなら殺さない。

 だからこれはもっとも最低で低俗な案だ。

 捨てないけど……


 続いてB案。

 巡回兵だけを転移で辻斬り。

 背中から斬れば銃を撃たれる前に終わるんじゃないかな~という希望案。

 この部屋と違って、廊下は防音効果は期待できず、おまけに巡回は異常を発見するために歩いている。だから一人が斬られれば、もう一人は叫ぶし、きっと撃ってくるに違いない。


 もっとも有効なC案は、現在考え中……



「済まない待たせたかな」

 そう言った要人の顔色は先ほどと変わって随分と血色が良くなっていた。

 再び【保管庫】を開き、上空で預かっていた護身用の銃と防弾チョッキを渡した。すると彼はチョッキだけを身に着けて銃を付き返してきた。

「護身用です、念のために持っていてください」

「いや銃に不慣れな儂の腕ではきっと当たらん。君が使ってくれ」

 そう言われてもねぇ?

 銃に馴染みのない、日本人の私の方が間違いなく不慣れだし……

 でも言い合っている時間も無駄なので、受け取って【保管庫】に投げ入れた。



 んーっよし決めた!

 まず転移で巡回の後ろに飛ぶ。そこで【麻痺の邪眼】を使い相手の知覚を十分に鈍らせる。斬り掛かり一人を倒し、二人目が叫ぶか銃を撃つ前に倒す。

 もしも撃たれたら〝時〟を操作してその時間を飛ばす!

 どーよ完璧っしょ!

「全然ダメニャ」

 声がした方を振り向けば、鏡と見間違うほどそっくりな私の顔があった。

「えっ!? ティファ?」

「巡回は二人ニャ。あちきが左を倒すからご主人は右をやるニャ」

「あーそうーありがとー」

「ニャんだか、心が籠ってないお礼だニャあ」

 当たり前だ、だったら最初から手を貸せ・・・・



 地下二階で二人、地下一階で二人を倒したらティファは猫の姿に戻った。

 役立たず……

『煩いニャ』

 地上が近くなり逃げたがる要人には悪いけれど、そのまま首謀者の部屋へ向かった。ドアには当然鍵が掛かっていた。しかしいまは非常事態、ノブに触れてその空間を捕食して消した。これは特別な能力でも何でもなくただの転移の応用だ。

 ベッドで眠りこける首謀者の口に布を入れて塞ぎ、剣を首筋に付き付けてから腹を蹴って起こした。

「うっぐぅぅっ!?」

 首謀者が慌てた声を漏らした。

 しかし口の中に布を入れてその上から塞いでいるから、それは声にならずに埋もれて消えていく。

 ティファが居ればこんな苦労しなくてもいいのにと、私は額にある第三の瞳を開き【魅了の邪眼】を宿らせた。

 最初の世界から戻ったあと、両親や医者から話を信じて貰えなくてこの瞳を開いたことがある。そこに居た全員が卒倒したのはガチな黒歴史だ。

 額の瞳に睨まれ、首謀者の顔が恐怖に歪んだ。恐怖から逃れようと暴れだす首謀者。しかしそれはほんの数秒。

 首謀者の体はぐったりと力を失って弛緩した。

 従僕化の完了だ。

「じゃあ外に出ましょうか」

「わかりました……」

 私を後ろから見ていただけの要人は、抑揚のない声で素直に従う首謀者を不思議そうに首を傾げていた。説明すれば黒歴史再び。

 まあ説明の義務も無いし無視が一番よね。



 ついに一階に上がった。

 最後に注意すべきは屋上の見張りだが、ここまで来ればもうどうとでもなる。

 私はヘルメットに付いていたペンライトを外すと、ライトを点けてティファの胴体に巻きつけた。

『ご、ご主人? 何を考えているニャ!?』

 さあ頑張って!

 心の中でそう返し、泣きそうな声を上げるティファを建物の正面へ転送。

『フニギァァァ!!!』

 動く光に反応して見張りが騒ぎはじめ、銃を撃つ音が聞こえ始めた。

 屋上の様子は【遠目の邪眼】でつぶさに監視。彼らが正面に気を取られた所で……

 さてと行きますかね!

 裏手の窓からまんまと逃げさせて貰った。


 建物から十分に離れた所で足を止め、【保管庫】から通信機を取り出した。

「あーあー、要人の救出完了。首謀者も確保したわ。どーぞ」

『了解、いまはどこに? どーぞ』

「建物を出て森を移動中よ、どーぞ」

『了解した。そのまま北へ向かえヘリを向かわせる』

 通信が終わるとコンパスを頼りに北を目指して歩いた。十分ほど歩いた頃、前方の方からヘリの来る音が聞こえてきた。

 その音に混じってジェット音が聞こえてくる。


 後方がカッと紅く光り、遅れて爆発音。

 ミサイル爆撃だ!


 それは私がなるべく殺さないようにと取った配慮を鼻で笑うような行為だった。

 釈然としない思いが胸を焦がす。

 しかしこの程度のこと、異世界なら普通だとすぐに思い直して踵を返した。それきり私が振り返ることは無かった。




 どうしよう……

 帰りに何も言われなくて、銃や手榴弾を返すのを忘れて持ち帰ってしまった。

 平和な日本。剣を隠し持っているだけでも不味いのに、今度は銃に手榴弾って、これはもうガチでヤバいじゃん!


 あーもう!

 この部屋は年頃の乙女に配慮されているのか、盗聴されているが盗撮はされていない。ちなみにこれは【感知の邪眼】で確認済み!

「あーてすてす。借りた銃とかどうしようかな~?」

 何とも馬鹿げた独り言だけどこれで何かしらの返答があるだろう。

 すると翌日、黒田からメールが届いた。

 まったくどうでもはよくないことに、私は黒田にアドレスを教えたことは一度も無い!

 どうやって知ったんだ~と口を尖らせながらメールを開けば。

 メールの文面は簡潔に一行。

『所持していてよろしい』

 だそうだ。

 これは許可を貰ったってことで良いのか?

 ダメだろう日本!!

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