40:果てに

「そ、そんな……

 どうしてわたしの未来が……」

「どうする、まだやる?」

「だから模範生なんて中途半端な奴は、殺せるときに殺しとけっていったのにさ!」

「だからそれどういう意味よ」

「アハハハッ、貴女マジでわからないの?

 あんたはさ、つまり言う事を聞いている間だけ安全な模範ってことさ」

 続けて多香川は私の事を大馬鹿モノだと言うと声を上げて笑い始めた。



 異世界に行って戻って来た不純物は、管理局によって管理される。

 【贈り物ギフト】を使い悪事を働く者は早々に排除され、悪事は働かないが思想が危ない者はずっと監視される。そして管理局に恭順し言うがままに働く者は優等生と呼ばれて将来が約束される。


 私は監視対象。

 つまり管理局は私に恭順する意思がないと判断した。

 しかし他の者に比べれば素直な分だけマシ、だから私は〝模範〟止まり。

「教えてくれてありがとう。感謝するわ」

「じゃあ理解したところで、素直に死んでくれない?」

「それはお断り」

「チッじゃあ本気で殺すわね」

「もう無理よ、解ってるんでしょ」

「あ? あははは、一人減ったから勘違いしちゃったのかしら。

 ねぇあんたあたしの力を見誤ってんじゃない? 最初からあたしはあんたを一人でも倒せるのよ!!」

「ふ~んどう考えても貴女がルカスより強いとは思えないんだけど」

「あーそう言えばあんたルカスを倒したんだっけ?

 あいつ能力を過信してていっつも詰めが甘いのよね。それで運よく勝ちを拾ったからって、勘違いしてんなよ!!」

 多香川は槌を振りかぶり襲い掛かって来た。


 私はそれを剣で受けた。


 金属がこすれ合う音が聞こえたのは一瞬の事。

 さくりと溶けたバターにナイフが入るかのように、私の剣が【ミョルニル】だったモノを切り裂いてそのまま多香川の体に刃が埋まった。

「え?」

 多香川は驚愕して目を見開いていた。



 私は【天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎ】を、……振り払った。



 多香川はそのままの表情で斜めに別れて崩れ落ちた。多香川はもう絶命しているが、その表情は『なんで?』と聞きたそうだった。


 もしも多香川が使用していた武器が〝神級ゴッズ〟だったならば覚えたての【因果律】なんかで介入することは出来なかっただろう。しかし多香川のはそれより下の〝神話級ミソロジー〟、これだけ時間が貰えれば、ただの張りぼてに創り変えることだって可能だ。

 まぁちょっとばかり金髪とのレベル差で苦労したけれどね。

 実はもっと簡単に多香川と【ミョルニル】の因果を断ち切る方法もあったが、そこまでの改変は現代いま替わり・・・多香川がここに来ない・・・可能性が生まれる。そうなると決して運が良いとは言えない私だもの、もっと別の厄介ごとを招くに違いない。


「ねぇ多香川さぁ、あんたらみたいなのは優等生じゃなくて犬って言うんだよ」

 だから私は一度目の世界から帰った後、寄り添わず距離を置いた模範囚で良いと甘んじたのだから……



 多香川が死ぬと佐藤は気が狂ったように頭を抱えて泣き叫んだ。

 フリではなくてこれは本当。同時に解析していた【天の書板】には、未来の閲覧に使用制限を追加してみた。その制限は『使用者の死だけ』というものだが、どうやら彼女は【天の書板】にどっぷりだったらしい。

 自らにやがて訪れる死に様を、一瞬で幾パターンも視てしまった彼女の精神は、それに耐えられず壊れてしまったようだ。

 無力化できているからもはや殺す価値は無いのだけど……

 唯一、気を休めることの出来た甘い世界を奪ったのはそちらだ。その報いはちゃんと払って貰うわね。



 母を置いて行くわけにもいかずその場で佇んでいると、ほどなくして黒いスモークを貼った車長の長い黒い高級車が私の前に停まった。

 いつも通り自動でドアが開いたから私もいつも通り後部座席に乗り込んだ。

「真理さん、死んでください」

 そう言ったのはもちろん時代錯誤の魔女黒田だ。

 開口一番がその台詞とは驚くけどね。

「理由も無いのに嫌よ。

 それに私、さっきの事を許してないからね」

 黒田からの手出しは無く、彼女はその後一切の口を噤んだように唇を引き締めて私から視線を外していた。


 車が辿り着いた場所にはいつも通りエレベーターが待っていた。


 エレベーターに乗りドアが開いた先は、円形の大きなテーブルが設置されている大会議室。二十から三十はあるだろうその席は、初めてすべて・・・の席が埋まっていた。ただし実体があるのはほんの少しの様だが……


「いらっしゃい高沢たかさわ真理まりくん」

 真正面に座る部長さんが口を開いた。

「おやまだ歓迎してくれるんですか。

 ところで一つ聞いていいですか、どうして突然こうなったんですか?」

「細い未来の話だけどと異世界に旅立つ前にルカスが言い残していたことがあった。

 もしも自分が還らずに、真理くんだけが還ったならば、もう制御できないから君を殺してくれとね」

「ルカスが……そうですか」

 あの野郎、死んだ後まで私に迷惑掛けやがって。

「ルカスを殺したのかね」

「まあそうですね。どちらかしか生き残れないデスマッチ方式だったんです」

「だから自分は悪くないと?」

「ええもちろん。悪いのはいつも私を呼んだ異世界人ですよ」

 これが最初の世界から帰って以来、ずっと変わらぬ私だけのルールだ。


「その考え方……変わらないな。

 いまさら何をと言うかもしれないが、私は最後まで反対したよ。だが力及ばずこんなことになった。

 そして私は預言者ではないけれど、これから真理くんは今後ずっと世界中で襲われることになるだろう。本当に済まない」

「ほんと今さらですねー

 でも安心してください。管理局は本日で解体になりますからね」

 その言葉で席に座っていた者たちが一斉に動き出した。


 残念っそれはもう二秒前に視た・・わ。

 クスリと微笑み、世界は変わった。







「こら真理! いつまで寝てるのよ!」

 私はお母さんにタオルケットをペイっと剥がされて、転がるように目が覚めた。

「今日は終業式、一学期の最後でしょう。

 いーい、帰ったらちゃんと成績表を見せるのよ」

 中学に入学してから、勉強勉強と小うるさくなった母が人差し指をたてながらそんなことを言った。

 きっと私が、成績が落ちてから言ってよ! と、反論したからだ。

 心の中でうへぇ~と声にならない不満を漏らす。あれだけ遊び倒したのだから成績なんてどうせお察しだ。

 これでもし成績が良かったのならば、私は奇跡を信じてもいい。

 朝食にヨーグルトとバナナを一本食べて、再び母の小言が始まる前に私はさっさと「行ってきます!」と叫んで玄関を飛び出した。

 玄関を出て左へ、近くの雑木林を横切り通学路に出る。


 しかし……

 なんだろう、何か忘れている様な気がする。

 立ち止まりじぃと雑木林を見つめる。

 私の瞳に映っているのはいつもと変わりない、何の変哲もない普通の・・・雑木林だった。







「これで満足ですか?」

「あら久しぶり?」

 後ろから声が掛けられて私は振り返る事も無く返事をした。

 声の相手はそのまま私の横に並ぶ。

 一応、チラリと横を見ればやはり思った通り、膝ほどまである長い真っ直ぐの金髪の、とても美しい十代半ばほどの少女が立っていた。

「満足と言えば満足かなぁ。

 でも良かったの?」

 あの時私は、過去に遡り異世界から地球への干渉を全て防いだ。

 だからあの日・・・、雑木林の竹は光ることは無く、はいつも通りに学校へ向かった。そして地球から出ていく者が居なくなったのだから、自ずと管理局と言う組織は消えた。

 もしかしたら別の組織に名を変えて存在しているかもしれない。しかしそれは私に敵対した組織ではないから、私の知った事じゃない。


 そして続けた質問の意味は、勝手に扉を閉じることは理に反する行為なのに、力を行使するとき、なんの抵抗もなくすんなりと出来たこと。いやむしろ後押しされたような気も……?


「迷惑料のかわりです。

 まったく。人の身で【因果律】なんてモノを使うからこんなことになったのですよ。反省なさい」

「邪神を倒させてそれをクジに入れたのは誰よ」

 過去に遡り未来が変わったと言うのに、【因果律】なんてモノを操作した私は消えず分岐した未来に取り残されてしまった。

 つまり因果を離れて永遠に~という存在だ。

「これから、どうしようかなぁ」

「暇ならひとつ新しい世界を創ったらどうですか?」

 これ以上わたくしの星を触らないでくれる? と聞こえた気がする。一度は許したが二度目は無いぞ、かも。

「もしかして教えてくれるの? せ~んぱいっ」

 ニッと笑いかけると、彼女は嫌そうに苦笑した。

「時間は有り余っているのだから教えるのは構いません。

 でも先輩って、わたくしの名は……」


 異世界から干渉されない新しい世界が生まれるのは、もうしばらく先の事。

 その世界の神は黒髪黒目の二十歳の女神でその名を〝真理〟と言う。





─ 完 ─



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私これで三度目なんだけど(怒)!! 夏菜しの @midcd5

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