39:模範生と優等生②

「えっ未来が変わった?」

 佐藤が困惑した声を漏らした。

 先ほど私はお母さんが捕えられた起因を【因果律】を操作して消した。大きな改変だから当然未来も大きく変わるだろう。

 だがそれを教えてやる必要はない。ルカスの【運命改変】ほどでは無いにしろ、未来予知能力者はすこぶる危険だ。

 さあて一人が呆けている間にさっさと片付けさせて貰おうかな。


 私は【麻痺の邪眼】を開いて、最前に立ちはだかる多香川に斬り掛かった。

「待ってました!」

 不意打ちだったのに多香川は警戒していた様で私の剣を易々と受けた。

 こいつもしかして……?

「おい綺麗に殺せよ。お前はいつもやり過ぎるんだからな!」

「うっさいよ変態っ! 死体フェチは黙ってな!」

 軽口交じりに振られた槌を一足飛びで交わした。

 すると、ゴッ! と言う重そうな音と共に衝撃波で地面に大穴が空いた。槌を受けると刃こぼれしそうだなーと避けたのが幸いしたらしい。

「は? なにそれゴリラじゃないんだからさぁ!」

 大穴を見て一言文句を告げる。

「誰がゴリラ、だァ!!」

 軽々と槌を振る多香川。

 無造作に左右にぶんぶんしているだけなのに、その衝撃波が道や壁に小さなクレータを創り出していく。

 厄介なんてもんじゃない!


「死体フェチっていうんじゃねー!

 小煩いお前らナマモノと違って、死体は喋らねぇ。素直な俺だけの人形ドールなんだぜ」

 山上はジュルリと口の涎を拭きとりながら杖を地面に突きたてた。

 杖を中心に深淵が広がる。

 その深淵からずずずずっと浮かび上がって来たのは死体、死体、死体。

 せめて骨なら良かったのに、蛆が沸いて肉がぼとりと落ちるのは駄目だ!

「ちょっ貴女の彼氏重度の変態じゃないの!!」

「彼氏じゃないわ、ヨッ!!」

 ゴッと一際大きな音が鳴り響き、二メートルほどのクレータが生まれた。


 多香川の攻撃は雑そのものだが武器が悪い。

 衝撃波の大きさは小さくとも50cmで、それを丸っと避けるのはとても苦労する。さらに距離が開くと、山上が呪文を詠唱して死体を増やして邪魔してくれた。


『ティファ!』

『ニャ!』

 潜んでいたティファが山上の詠唱を止める為に飛び掛かった。しかし彼女は空中で反転宙返りして、再び元の位置に下がった。

 まるで曲芸をして遊んだように見えたが、ティファが降りたつはずの場所には多香川の【ミョルニル】が投擲されていた。

「ナイスよ!」

「お待たせしました」

 私の口からチッと舌打ちが漏れた。

 最初に未来予知を封じて混乱させておいた佐藤が持ち直して復帰したらしい。


 だけど! 武器を投げたのは失敗だったわね!

 素手になった多香川に一気に近づき剣を振るった。

 ガギン!

 手に感じたのは残念ながら硬い金属の衝撃。

 いつの間にか先ほど投げたはずの槌が多香川の手に戻っていた。


 そう言えば【ミョルニル】には投げたら戻ってくる効果があったのを思い出した。しかし一瞬で戻るとは……

「さすがは【ミョルニル】と言う所かしら」

「ふんっ。これだけな訳ないっしょ」

 そんなことは言われなくても解っているわよ!

 さっきから【麻痺の邪眼】が効いていないことから、多香川は高確率で【精神攻撃無効】か【状態異常無効】を持っているはず、安めで【麻痺無効】ってのもあるが期待しない。そして佐藤には【伝心】系の魔法か能力がある、高めだと【共感】か。

 じゃなければ声を発せずに味方に未来を伝える術がない。


「【槌術】とでもいうのかしらね。

 当然それも持っているわよね」

「さあね!」

 〝神級ゴッズ〟の【天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎ】は私にこれを使う剣技を授けてくれる。

 未来予知とその剣技、それをここまで凌げるってことは、多香川はそれ相応の【特殊能力アビリティ】を持っていると言うことだ。



「ねえ真理、あんた模範生ってどういう存在か知ってる?」

「よく言われるけど知らないわよ!」

 槌の衝撃波をよけながら叫び返した。

 黒田や部長さんから散々そう言われてきたから知っている。

 模範生だから今までは良い意味だと思っていたが、いまこうして襲われていることからどうやらそうではないらしい。

 じゃあ一体どういう意味があった言葉なんだろう。

「あたしらはさっ、あんたと違って優等生なんだよ!」

『五秒後、山上の呪文発動、周囲に死霊が溢れかえるニャ』

 物理で斬れるのが死者ならば、そうでないのが死霊である。

 この剣だって伊達に〝神級ゴッズ〟を名乗っていないはずなので、きっと死霊だって斬れるに違いないけれど、奴らは縦横無尽に地形を無視して飛び回るから呼ばれると厄介だ。

「へぇその違いは是非とも聞きたいわね」

 一足飛びに離れるが多香川は追撃の手を休めない。未来予知同士の戦いだ、こっちのやりたいことなんてとっくに気づいているのだろう。


 物理的な妨害が無理ならば、

「山上、止めなさい。その呪文を使ったらお前から先にを殺すわ」

「ハッタリです!」

「おーけー! ほらよっ完成だ!」

 私とティファの周囲に大量の死霊が召喚された。

 さらに悪いことに、呼ばれたのはこの世界にはいない異世界に居る異形のモノたち。中には巨大なドラゴンの姿を持つ霊魂まで存在していた。


「残念だわ」

 私は山上の足元に異空間への扉を開いた。

 漆黒の闇。そこは時間や空気といった概念さえもない虚無の世界だ。

「無駄だ。知ってるぞ。お前の異空間能力は他人には効かない!」

 それは管理局が持つ私の【贈り物ギフト】の情報。その情報の根拠は、私が嘘を交えず・・・・・伝えたと言う事実。

 確かに私は能力について虚偽は吐いていない。

 私は二度目の世界から帰った時に、『他人には使えない』と間違いなく管理局へ伝えていてその言葉は真実と判定されている。

 でもそれはその時の情報だ。

 いまの私にその様な縛りは無い。


「えっ? 待って、駄目です逃げて!!」

「は?」

 開いた漆黒の闇には扉なんて言う便利な物は無い。上に乗ったモノは至極当然に地球の重力に従って穴に落ちた。そしてその後は異空間の方が、発見した新たな獲物を吸い込み始めた。

「なんだこれ、聞いてねぇぞ!?

 やめろよ! おい!!」

 体の半分を漆黒の闇に吸い込まれた山上が泣き叫んでいる。

 二秒後、術者はこの世界から消える。そして術者がこの世界から消えた時、召喚された死霊も共に消え去る。

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