38:模範生と優等生①

 異世界から帰還すると私がまず最初やることは、今日の日付・・・・・を知る事だ。

 稀にティファを抱いてウリウリしている間に母がやって来たりするけれど、それはひとまず置いておこう。


 電池の減りが早いからと、異空間に仕舞っておいたスマホを取り出して日付を確認しようとした時、ティファが鳴いた。

 日本ではお馴染みの間延びした「にゃ~」ではなく、心の中で短く『ニャ』だった。

 瞬間、背筋に冷や汗が流れるほどの、とても嫌な予感がした。それは一度目の異世界で勇者生活の旅をしているときに培った死の瀬戸際の感覚だ。

 瞬時に転移を発動させるがその感覚に違和感を覚える。

 どろどろの液体が体にぬめっとまとわりつく様な感覚。まるで私を移動させないかのような……


 ドンッ!

 低い、ガスが爆発したかのような音が鳴り、私の部屋が吹き飛んだ。

 間一髪。【因果律】を行使し、私が死ぬ因果を断ち切らなかったらとうに生きてはいないだろう。まあこんなことが出来ちゃう時点で神殺しが難題なんだろうけどさ。


 【予見の邪眼】が一秒後の警鐘を鳴らす。

 上空から黄色の光の柱が降りてきて私に直撃、そして私は死ぬ。


 なんなのよ?

 再び回避すると一秒後、寸分たがわず黄金の光が落ちてきて耳にジュッと言う音届いた。光に触れた家屋の屋根が炭化して黒く焼かれた音だ。

 いったい何℃あるのよ!?

 二発目と母の心配をしながらランダムに転移を繰り返す。まずやるべきことは、人がいる場所に移動することだろう。

 これは相手が住人を巻き込まないだろうと考えての行動だが、その目論見が外れたときの被害は……相手のツケね。


 いやっと首を振って私はその考えを否定する。

 そもそも住人を巻き込む相手だったのなら、最初の爆発はもっと広範囲に設定する。それに光の柱ももっと降って来ても良いはずだ。

 だから一般市民と言う人質は有効!


 そして逆の話で、母もいまは・・・大丈夫だ。

 私なら殺さずに人質にする。

 冷静に【遠目の邪眼】と【感知の邪眼】を使って、先ほど吹き飛んだ家の様子を確認した。母の遺体は無し。

 ってことは、母は予想通り攫われて人質になってるのね。


『左手、三秒後に接敵ニャ』

 私の視界が家に向いていた間にティファが周囲の警戒をしていてくれた。

 【感知の邪眼】を北に固定し地図を真上から見て左手。地図を脳内で共有しているからこそ通じる会話だろう。


 私は【天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎ】を呼び出すときに躊躇した。

 果たしていま攻撃してきているこの敵は斬って良いのか?

 私は自分に牙をむいた奴は例外なく殺す主義であるが、ここが日本でおまけに家の近所と言う事実がその考えを貫いていいか悩ませていた。

『ティファ、第三の瞳を』


「はっけーん」

 明るい口調のソプラノ、それを発したのはニィと口元を歪めて嗤う多香川。その後ろに居るのは彼氏の山上と同好会の佐藤。

 多香川が小さな槌を構え、山上は杖を、そして佐藤は胸の前に石版を浮かべていた。それは明らかに神が貸し与えた【物品アーティファクト】だ。

「そっかあんたたちこっち側の人間だったんだ」

 どおりで温泉旅行に黒田が居たわけだよ。

「今さら気づくなんて馬鹿じゃないの~」

 ムカッと来たが、お陰で腹を括れた。

 今度こそ私は躊躇なく愛刀を呼び出した。


「何か聞きたいことある?」

「別に無いわ」

 会話に答えながらも未来予知は怠らない。

「あらそう。これから自分がどうなるか知りたくないの?」

「答えが決まってる質問はしない事にしてるのよ」

 聞いた所で多香川は顔を醜く歪めながら『てめぇはここで死ぬんだよ』しか言わない。私が聞く意思を見せるだけで、その結果が未来から得られるところが未来予知の便利なところだろう。

 まぁ今回のように簡単に予想できる未来ならば視る意味も無いけどね。


「ふーん」

 つまらないとばかりに多香川は唇を尖らせた。

「高沢真理さん。すでに解っていると思いますが、貴女のお母さんは管理局の手に有ります。刃向うとどうなるか分かっていますよね」

 一向に話を進めようとしない多香川にしびれを切らしたのか、今度は佐藤が口を挟んできた。

「月並みな台詞だけど、お母さんに手を出したら殺すわよ」

「それはあなた次第です」

「あっそだったら……

 ねえ本当にそれ私のお母さんだった?」

「もちろんです」

「本当に? 佐藤さん貴女はちゃんとみたの?」

「動揺させようとしても無駄ですよ。管理局の職員が間違う訳がないのです!」

「ふーん。じゃあそこに居るのは誰かしら」

 私のすぐ後ろ、私が指した電柱に持たれ掛かっているのは私のお母さんだった。

「え?」

「馬鹿誤魔化されるな! こんなの幻影だ!

 高沢真理は【邪眼】の使い手だぞ!」

「くっ嵌めましたね!」

「いいえ嵌めていないわよ」

 だって本当に私のお母さんだもの。


『ご主人、三つとも〝神話級ミソロジー〟で【ミョルニル】と【ケーリュケイオン】、それから【天の書板】ニャ』

 ティファが先ほど第三の瞳に貸した【鑑定の邪眼】で鑑定を終えたらしい。

 解ったのは名前だけだが、こんな生活をしていれば嫌でも神話には強くなる。

 従って名前が解れば十分。

 【ミョルニル】は北欧神話に登場する軍神トールが持つ槌で。投げつければ雷を落とすはずだから、光の柱の正体はたぶんこれだろう。

 そしてギリシャ神話のヘルメースの持つ杖の名が【ケーリュケイオン】、またの名をカドゥケウス。こちらは死者を導く杖だ。

 最後の【天の書板】は天上に保管された書版で過去、現代、未来におけるすべての運命が刻まれていると言う言い伝えがある。

 相手は三人。

 十七人よりは遥かにマシよね。

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