11:来春のゆき先

 今回の私は夜中にあちらに呼ばれて、そこから二度の朝日を見た後に夕方ごろあちらから帰って来た。

 えーっと……

 二十時に行ったと仮定して、丸一日と夕方十七時に帰ったとすると~

 四時間+二十四時間+十七時間で、四十五時間かな?

 つまり約二日と言う所だね、へっへ~ん。

 前回の最短記録よりは長いけどこれは十分に短い時間じゃないかな!


「にゃ~ん」

「おおーティファ。お前も帰って来たか~」

 ティファを持ち上げてベッドの上でバンザイをしていると、バタバタと階段を駆け上がってくる足音が聞こえてきた。

 ガチャっとドアが開き、入って来たのは予想通りの、私のお母さんだった。


「おかえりなさい、真理」

 ドアを開けるや否や、そう言って涙ぐむお母さんにギョッと驚く。

「ど、どうしたのお母さん!?」

「良かったわぁ~今度も無事に帰って来たのね……」

「あっ……、うんごめんね。また呼ばれちゃったんだ」

 するとお母さんは私に走り寄って良かったわと私をギュッと抱きしめてくる。

「あのぉ」

 涙を流して感動するお母さんと平然としている私の温度差が酷い。

 この差はなんだろうと恐る恐る問い掛けてみた。つまり、「今回の私はどの位居なかったの?」と。


「六十七日よ」

 きっと私が消えてから指折り数えてきたのだろう、お母さんの口からは考える間もなくすんなりと日数が出てきた。

 体感で四十五時間がなんと二ヶ月チョイだって!?

「は? ええっ……、ちょっとまって。

 今日って何月何日!?」

「今日は一月二十七日よ」

「うわぁぁセンター試験終わってる……、は、ははは」

 度々行方不明になる私は、授業は欠席続きで、当然のように素行不良。推薦の見込みは無い。

 だから勉強だけは頑張って受験で大学を目指そうとしていたのだが、頼みの綱のセンター試験は戻ったらとっくに終わってしまっていた。







 気温が低い一月なのに、私は久しぶりの学校にも行かずに自宅の前で何をするでもなくぼーっと立っていた。いや前言撤回、スマホで玄関先まで届くWI-FIを利用してここ二ヶ月・・・・・のニュースやら話題を見ている。

 三十分ほど経った頃、目論見通り私の目の前にあの車長の長い黒い高級車停まった。さあ入れと言わんばかりに、後部座席のドアが自動で開いた。

 寒いからとさっさと中に乗り込むと、そこにはいつも通りの姿恰好をした、時代錯誤の魔女黒田が座っていた。

 とりあえず彼女の斜め向かい側に座るとドアが自動で閉まった。

 外気が遮断されて、初めて体がすっかり冷え切っていたことに気付いた。

 ふえぇ~暖け~


「おや髪を切ったのですね」

 前回の時には肩甲骨まで伸びていた・・・・・私の髪は、いまや肩辺りで切り揃えられていた。

「んー願掛けに失敗したからさ」

 黒田はそれで察してくれたらしくそれ以上の追及はしてこなかった。

 中三冬から高三までの三年間で伸びた髪。再び呼ばれたから願掛け失敗。だから景気よくバッサリと切ってやった。


「今回は遅かったですね。

 それでも十分早いですけど、それで何をして来たんですか?」

 黒田の言葉はいつも事務的で悪意などの感情を感じられない。

「前と一緒だよ。

 あっちで約二日くらいなのにこっちでは二ヶ月ちょいだったみたい」

「わたしが伺う前にわざわざ待っていてくれたと言う事は、今回は〝飴〟をご所望なのですね」

 すっかり見透かされているが、時期が時期だけにこんなことは誰でも予見できるから不思議はない。

「管理局はどこまでお願い聞いてくれるかなぁ?」

「真理さんは模範生・・・ですから、結構融通が利くと思います。

 例えば、大学のセンター試験のやり直しどころか、第一志望を受かった事にすることだって出来るでしょう」

 やっぱり見透かされていた。

 それにしても、受けてもいない大学の合格通知をポンと出すか。

 ふ~ん……


「ここで不必要な詮索はお互いの為になりませんから止めた方が良いと忠告します」

「それもそうね、柄にもないことは止めとくわ」

「フフッ真理さんのそう言うところは素直で助かります」

「どういたしまして。

 それよりもさ、本当に試験無しでもいいの?」

 ここまで真面目に勉強してきた人にも悪いし、同じく真面目に勉強してきた自分も合わせて否定された気分になる。

「別に試験を受けて頂いても良いですよ。

 でも……追い込みどきの二ヶ月間をまるっと失った貴女が、やり直したセンター試験をすんなり通るとは思えませんけど?」

「ぐっ……、言い辛い事をはっきり言うなぁ」

 黒田は仕事ですからと呟く。

 確かに十一月から十二月の追い込みどきを無くしたのは痛い。やる気満々で有名塾の冬期講習だって申し込んでいたのに私はそれをまったく受けていない。

 たった二日なので受験勉強を忘れるほどでは無かったけれど、周りの平均点が上がっているはずなので、私の偏差値は自ずと下がっているだろう。

 ならば合格率も下がるか……


「どうしますか?」

「そりゃあ代償次第ですよ」

 何事も無償と言う訳にはいかず、〝飴〟には〝鞭〟が付いてくる。

 唯一の例外はきっと初回のみ、これは自暴自棄にならない様にと言う配慮を入れたサービスだろう。

 私は高校進学でそれを使ってしまっているから今回はきっと配慮なし。


「その位なら異能を使わないと言う制約だけで十分だと思いますが。

 失礼、これは失言でした。最後はやはり支部長次第と言う事でお願いします」

 それで十分じゃ無いのは私も知っている。だって、管理局は─いまこの車内でさえも─難なく私の【邪眼】を封じているのだから。


 帰還者に異能を使わせたく無いのならは、こういった部屋に監禁してしまう方がよっぽど早いのだ。

 それをしない理由は、異能で本来は解決できない何かさせたいから以外に他は無い。

 だから彼らは法外な〝飴〟を使ってでも私たちを懐柔してくるのだ。


 幸か不幸か、私はその法外な〝飴〟を貰える立場になっている。


 車が停車したのが体感で分かった。

 ドアが自動で開くと黒田からちろりと目配せ。早く降りろと言う事だ。

 急かされたわけではないが、私は車から降りてトトンと目の前のドアの開いたエレベーターに乗り込んだ。

 さて私は今春、無事に大学に行けるだろうか?


 晴れて女子大生になれるかどうかは、これからの交渉に掛かっているのだ。


 ウィィと静かな駆動音。

 私を乗せたエレベーターは下に向かって動き始めた。

 さぁ張り切って行こう!

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