12:代償と交渉

チンッ!


 目的の階に到着したらしくエレベータが停止した。

 ドアが開き目の前に現れたのは、いつもの大きな円形のテーブルのある部屋ではなくて、廊下が一本。その先には近代的なドアが一つ。

「今回はそちらです。

 なおわたしはお付き合いできません」

 黒田はエレベーターから降りずにそう言ってその場で軽く会釈をした。

 どうやら後は一人で行けと言う事らしい。


 エレベーターから降り黒田に後ろ手を振ってから先へ進んだ。

 ドアの前。

 ノックは要るだろうか?


 これから人生を決める面接と考えれば必要な気がして、扉をコンコンコンと叩く。

 ノックは三回と二度目の世界で散々教えられたから無意識だ─それが日本と同じマナーかは知らないけれど─。


シュッ


 返事より先にドアが勝手に開いた。

 まぁ開いてくれないと取っ手も無かったので困るところだったけどね。

「どうぞ」

 学校の教室の半分くらいの部屋に、見慣れた長机とパイプ椅子が一つ置かれていた。

 長机の方には三人がすでに座っている。中央は見慣れた五十代の悪役顔のおじさん、つまり部長さんだ。左右の二人は薄い黒いベールで顔を隠しているので不明、体つきから判断するに性別は男女の様だ。

 悪趣味なことに、私の現状を正確に把握した上で、あえて面接会場を模しているのだろう。


 私は失礼しますと言って部屋に入った。

 ドアを閉める必要は無く、私が入った瞬間にシュッと閉まった。


「真理くんはそちらに座ってくれ」

 そう言って指されたのは、ドア側にぽつんと置かれたパイプ椅子。

 いつも通りのドスの利いた渋い声に、今回も無事に帰って来たな~と安堵を覚えた。

 これで落ち着くなんて末期だな~と内心で苦笑しつつ椅子に座った。


「早速だが、四度目の今回は何を貰ったかね?」

 私は首を振り、何もと返す。

「悪いが何も貰えないと言う事例は聞いたことが無い」

 部長さんは私の言葉をいかぶげに否定した。


「それについては私も同意しますが、あの金髪は【贈り物ギフト】は一人につき一つだと言って高笑いしましたよ」

「ふむ、それが事実だと真理くんの持つ【贈り物ギフト】が、既に三つある説明が付かないと思うのだが?」

「ですからここからは私の見解となりますが宜しいですか?」

 部長さんは「聞こう」と返してきた。

「実は今回行った異世界は先日、失礼、これは私の体感ですけど。その先日に行った異世界と同じ世界だと考えています。そして呼んだ人間もすっかり成長していましたがたぶん同じ人物でしょう。だから金髪の言う一人につき一つと言うのは、召喚された私の方を指すのではなく、召喚した相手を指すのではないかと思いました」

「なるほどそれは興味深い意見だ。

 どうやら君の言葉に嘘は無い様だし、とりあえずこの件は保留として置こう」

 恐ろしい事に嘘看破の術式が使われていたらしい。

 いや違うか、それをあえて口に出して教えてくれたと言う事は逆に優しいのかな?



 召喚された間の話は後ほど細かく事情聴取されて報告書に上がるのでここでは割愛され、続いて話に上がったのは、この二ヶ月間の補填に関する件だった。

 私にとっては今回一番の目的なので、これこそが本題だ。

「真理くんは無理をして大学に行くことは無いと思うがね。

 どうだい管理局にいい席を造るよ、うちで働かないかね」

「いいえ謹んでお断りします。

 私の将来の夢は〝一般人〟です。ここに就職したらそんな未来有りませんもん」

「じゃあ真理くんにはこちらかな。

 センター試験をやり直す、第一志望の大学に合格する、そのほかとなるが、さて真理くんは一体どれが希望かな?」

 部長さんはそう言ってニヤリと嗤った。

 ぶっ殺すぞと言っているようにしか見えない顔だが、これは彼なりに頑張ってニッコリ笑っているつもり。

 ただ残念かな、悪役顔なのでニヤリと嗤っているようにしか見えないだけ。


「選択の前にその代替え条件も一緒に提示して貰えますか?」

「おや気づいていたのか、真理くんはやはり優秀だ」

 部長さんはクックックと悪役風に嗤った。

 どうやらかなりの上機嫌らしい。


「まず君好みの平和的な奴だと、〝放射性廃棄物の投棄〟だろう」

 聞いた瞬間に私の表情が歪んだ。

 取扱いの品が全然平和的じゃないと思いますけどね?


「ふむお気に召さないかな」

「そりゃあそうでしょう。そんなものを押し付けられても、私にだってどこにも捨てる場所なんてないですよ」

「お得意の異空間にポイと言うのが良い案だと思わないか?」

「きっと捨てられた側の異空間の住人が困るでしょうね」

 普段使いしている【保管庫】に入れて置いて、万が一間違いがあっては困るから、入れるのではなくて繋いで捨てる。

 ならば貰った先の人は相当困るに違いない。

「ふぅむ。真理くんにピッタリだと思ったんだがなぁ~残念だよ」

「もっとお題そのものが平和的な奴でお願いします」

 もちろん原子炉の運営が平和的じゃないとは言わない。これはニュアンスを汲んで分かって頂きたいと部長さんを睨んだ。

 しかし部長さんは私の視線なんてサラッと無視。


「逆に聞くが何が出来そうかな?」

「うーん【鑑定の邪眼】で、鑑定局っぽいことは可能です。

 世界的な絵画やオーパーツが偽物だとガチで判定できますよ」

「いやそれはこちらから丁重に遠慮させて頂こう。

 この世界には下手に鑑定して、偽物だと分かる方が余計に平和的に終われない品も多いからね」

 あーそう言うものか~と納得する。

 資産価値の目減りとか、観光名所の消失とか、言われてみればなるほどだね。


「今の案件だと、あとは要人の救出とか、とある著名人の身辺調査くらいしかないな」

「身辺調査は私に頼む意味ないですよ。でも救出ならできるかも?」

 場所を聞いてじかに転移して、そこから自力で脱出してこれば良いだけならきっと出来そうだ。

 やることは先日行った森の件とそんなに変わらないもん。

「場所は中東の激戦区だが?」

「ッ! どうしてこう平和的じゃない奴ばっかり持ってきますかね?」

「そりゃあ平和的な仕事ならとっくに〝一般人〟の手が足りているからさ」

 そう言って部長さんはニヤリと嗤った。

 露骨なイヤミだ。そもそも私に頼む時点で平和なんて言葉はどこにもなかったわ。これは甘んじて受けておこう。

「ハァ、解りました。

 私が居る間だけミサイルで爆撃されなければやります」

「人を殺さないようには?」

「それだとお断りします」

 そこは即答して返した。

 殺して進むよりも、殺さずに無力化して進む方がリスクが高い。なんせ時間経過で復帰する可能性や、復帰後に呼ばれる応援まで考慮しなければならないからだ。


「現役の女子高生が殺しを前提に語ると言うのはどうだろうか?」

「そう言う甘い考えはとっくに捨てました」

 ついでに心の中で、今回は依頼主の部長さんにツケておくから~と勝手に決めた。

「ふむ。今回の報告はまだ聞いていないが、人は殺したのかね?」

「全部で二十四人殺しています」

 あの森で私が十五人、そしてティファが森の移動中に遭遇した七人を殺していた。そして最後の新兵二人で締めて二十四人だ。

 部長さんは深い溜め息を吐き、「分かった」と重々しく頷いた。



 私に課せられた使命は、監禁されている要人を救う事。公には発表していないらしいが百人ほどの反政府のゲリラの集団に攫われたそうだ。

 制空権は現在こちらにあるらしいので、空から降下する作戦だ。

 首謀者だけは身柄を拘束したいそうだが、それは可能であれば良いと言われた─達成すればボーナス追加─。

 そして第二の使命として、その要人の暗殺と反政府組織の壊滅。

 救出が困難と判断した場合は、速やかに要人を殺害し機密秘密があちらに漏れないようにする。正直な話、こちらの目的であれば、軍を送れば同じ事が出来るから人件費削減以外に私が行く意味が無いだろう。

 つまり管理局が求めているのは第一条件の方だ。


 第一任務を完遂した場合、第一志望の国立大学の合格とその授業料全額の免除。さらに─何があっても─卒業の保障。

 首謀者の身柄確保の報酬は、大学在学中のお小遣い─金で解決できるのならどうでもいいのか、かなりの額だった─。

 ちなみに第二任務完遂の場合は、第一志望の国立大学の合格のみだ。軍を動かす人件費よりは安いと言う判断だろうか?


 この条件の時点で大学入学は確定した。

 そもそも第二任務の条件が破格で、私に限れば転移で行って殺害して帰るだけで完遂するのだ。


 まぁ私が狙うのは当然、第一条件にある〝卒業の保障〟ただ一つ!

 だってこんな明日をも知れない生活をさせられているのだから、大学に満足に通えない可能性だってある。

 自分で言ってて悲しいけどさ!

 卒業が保障されるのは嬉しいよね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る