10:責任の所在

 役立たずになったティファと、元々役立たずの男を連れて森の中を歩く。夜の森だが【感知の邪眼】があるから私が迷うことは無い。

 それどころか……

「(着いたわ。あれを貰うわよ)」

 森を出たすぐの場所に見えているのは、先ほど襲ってきた兵と同じ装いをした者たちの野営地だった。

 ここにあるのは襲ってきた兵を運んできた馬と馬車。そして彼らの食糧だ。それを護っているのはたった二人できっと馬たちのお世話番に違いない。


 この世界の地理に詳しくは無いが、逃げるために必要な品は万物共通。

 食糧と逃げ足が速くなる馬は必須だろう。ついでに言えば敵がその二つを失えば、今後の追撃はとても緩くなる。

 先ほど私がこじ開けたのは、包囲のほんの一角だ。森の中にはまだ四十人近い兵士が私たちを探して彷徨っている。

 ならばこれを頂かない手はないわよね?


 私の宣言になんの返事が無かったことを寂しく思いつつ、音を立てないように慎重に鞘から剣を抜いた。

 談笑しているたき火の前の二人。

 その間に転移して一閃。

 完全な奇襲に悲鳴を上げることなく一人目が倒れた。

 二人目はそれを見て「へ?」と間抜けな声を漏らした。しかし私は返す刀を躊躇なく振るい、二人目の首を撥ねた。

 遅れて地面に首が転がる音が聞こえた。

 ちらりと見ればその顔はまだ若く、動きの緩慢さや鈍さから新兵だったのかもしれないなとぼんやり思った。


 私は血を払って剣を収めるとすぐに馬の準備に取り掛かった。

 と、その前に……

「あなた馬は?」

「……乗れる」

「そう良かったわ」

 馬車は荷物を積める分便利だが、どうしても足が遅くなる。

 逃げるのなら断然、馬に騎乗すべきだ。


「ねえここから近場の街は何日掛かる?」

「あっああ……。そうだな馬車なら二日と言ったところだろう」

 馬車ならね。

 馬ならその半分かしら? でも追手を考えると……

「ティファは食料をお願い。念のため三日分よ」

『わかったニャ』

 いまは〝忙しい〟のでティファは難なくそれに応じてくれた。



 ティファが食糧を準備している間に馬の選定を終える。

 残りの馬は数十頭。

 それをこのままと言う訳にはさすがに行かない。

 本当はやりたくないが、だが訓練された馬は野に放っても呼べば帰ってくるから、可哀そうだが残りの馬はすべて殺処分することに決めた。

「積んだニャ」

 二頭の馬に必要な分の食糧と水、そして藁が積まれているのを確認した。

 よし二重チェック完了。


 食糧をひとところに纏めて地面にぶちまけた。

 食糧に余った水と土を掛けて踏み荒らし、最後にその上に馬を引いてきて馬の首を掻っ斬って血塗れにした。

 火を点けるのがもっとも効果的だが、わざわざ狼煙を上げて敵に異常を教えてやる必要はない。

 いま一番大切なのは時間で、敵から食糧を奪うことではない。


 黙々と作業をしているとなんだか男の顔が険しくなってきた。

 面倒だなと思いつつ、依頼主のケアも仕事の内かと割り切って「どうかした?」と声を掛けてみた。

 すると、

「いや……君は平気で人や馬が殺せるんだな……」

 男はすっかり荒んだ野営地の様子を見ならがそう呟いた。

 異世界召喚による苛立ちに未来予知による死の疑似体験と疲れ、その上に聞こえてきた、男の無責任な言葉・・・・・・は、私を怒らせるには十分過ぎた。


 男の胸倉を掴んで顔面に一発!

 〝ゴキッ!〟と言う重苦しい音が聞こえたのは、相手の顎かそれとも私の手首か?


 殴られてたたらを踏む男を見下ろし、ビシッと指を突き付けると、

「私を召喚してまで助けを頼んだあんたにそんなことを言われる筋合いはない!

 いい? これはあんたが私に殺させたの! 殺しの罪を着るのは私じゃなくてあんたよ! 覚えておきなさい!」

 もっとも多感な中学時代、二度も異世界に召喚された私は、あちらで殺伐とした日々を過ごしてきた。

 だからこれは私の心を護る防波堤。

 これがあるから私はまだ壊れずにいられる。

「済まない。完全な失言だった」

 謝罪なんて私はいらない。ただお前が私に殺させたと解っているならそれでいい。


 返事をせず馬に跨ろうとするとズキンと手首に痛みが走った。

「痛ッ」

 痛みの走った手首を見れば、なんと1.5倍くらいに腫れ上がっていた。

 思い当たるのは先ほどの全力グーパン。

 あの重苦しい音を発したのは、どうやら私の手首だったようで……

 泣く泣くもう一つあるペナルティ付きの能力を使って、私は手首の時間を巻き戻した・・・・・

 あーもぅ即死以外をすべて回避する超裏技なのに、くぅぅなんでこんなクダラナイことに使用しなければならないのよ!



 森を出たら街道に向かって馬を走らせた。

 馬の駆ける速度はそれほど速くはない。

 のんびりしているように見えるが、ここらは開けっぴろげの平原なので、追手が見えてから駆け出しても十分だろうと判断して、余力を持たせながら馬を走らせていた。

 ティファは再び猫に戻り、いまは私の足の間で器用に丸くなって眠っている。そして隣をで馬を駆る男はすっかり塞ぎ込んでいて無言。だが時折これ見よがしに手のひらで殴られた頬に触れるので、地味にこっちの心をエグってくれた。


 謝罪を受け取らなかったのは完全に失敗した。会話のきっかけを失い、互い無言のまま馬を進めるのがやたらと苦痛に感じる。


 追手が現れることなく一日と半分。ついに私たちは街に辿り着いた。

 衛兵は男が胸元から取り出した首飾りを見せたら、態度を軟化させて、すぐに身なりの良い兵がやってきた。

 隊長か、それとも騎士か、身なりの良い兵は男の姿を見るや手放しで喜んだ。しかしすっかり青黒く腫れた頬を見てたちまち焦り始める。

 うっヤバい……

 しかし男はわたしにやられたなんてことは言わず、なんでもないとばかりに弱々しく首を振るに留めてくれた。


 沢山の兵に囲まれて街の奥に並んだ大きな建物に入った。

 ここは安全だとお墨付きを貰うと一気に疲れが押し寄せてきて、私はお風呂にも入らずに借りた部屋で泥の様に眠った。

 目が覚めたのはその日の夕刻。

 昼前に街に入ったので六時間ほど寝た計算になるだろうか?

 お湯を貰い体を清めてから、私は男が待つという応接室に向かった。男は私の顔を見ると「送ろう」と短く言って魔法の詠唱を開始した。

 足元に光が走り魔法陣が刻まれていく。

 逆召喚の魔法陣、どうやら依頼は完了したらしい。

 彼は私が消える瞬間に、「済まなかった」と深々と謝罪した。その姿に幾ばくかの既視感を覚えたが、その時にはもう私は彼に声が届く場所には居なかった。

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