09:〝時〟操作

 二回ほど同じような事が起きた後、先ほど後ろに下がった兵が魔法を解き放った。彼らは詠唱をするために隊列を入れ替えたらしい。

「チッ! 本当にこいつらはよく鍛えられているわね」

 ボヤキが口から洩れる。


 唱えられていたのは【火球ファイアボール】で、私が恐れていた範囲攻撃の魔法だった。

 飛来するのは二発。

 一発目はなんと、私もろとも前衛の兵を焼いた・・・。まさか味方ごと撃つとは思っていなくて、【火球ファイアボール】は直撃、私は瀕死で意識を失った。


 ……と言うのが【予見の邪眼】が視せた・・・三秒後の世界の映像。


 間髪入れずに【時空間操作】を使用して【高速思考】を開始。

 時間に干渉して一秒を五倍の五秒に引き延ばす。ただし伸びるのは意識だけで、体の動きは元のまま変わらない。

 一見そんな事になんの価値も無いように思えるが、私がもつ【予見の邪眼】と組み合わせれば、大きな武器になる。


 さぁトライ&エラーの開始だ。


 転移を使用。

 一秒後、【火球ファイアボール】の回避に成功。さらに一秒後、後方に着弾した二発目の【火球ファイアボール】に焼かれて瀕死の重傷を負う。


 もっと遠くへ、長距離転移を使用。

 長距離転移の座標ズレによる酩酊は五分五分。しかし運悪くそれを引き当てて酩酊化。その後は捕虜にもされずに首を掻っ切られた。


 ぐっ……【高速思考】の弊害で頭痛が……


 前方へ転移。

 【火球ファイアボール】の回避に成功。しかし別の魔法兵が放った【束縛バインド】により捕えられる。再転移の前に兵士の剣で致命傷を負う。


 体感は十秒、しかし実時間にするとたった二秒で【高速思考】を解除した。なぜならこれより先は【高速思考】のリバウンドで昏倒する未来しかなかった……



 目の前に迫る一発目の【火球ファイアボール】、着弾まであと一秒。しかし先ほどまでの【高速思考】の反動か、その一秒は瞬く間に終わる。


 瞬間、景色が飛んだ。

 上空から飛来していた二つ光源が、爆発をまき散らすことなく消え失せた。次に訪れたのは夜の森の静寂だ。

 何が起きたのか解らないのか、兵士らは剣も構えず呆けていた。


 ボーっと呆けているのはいいけどさっ!

 悪いけど私はそんな甘い世界で育ってないわよ!


 この機に乗じて、殊更姿勢を低くして走り寄ると、私は兵士二人を切り裂いた。短い悲鳴が二つ。ここでやっと兵士らは我に返ったかのように動き出した。

 でも遅い。

 今の斬りこみで、私はついに隊長を剣の届く範囲に捕えていた。

「ヒィ、ヒィィ!!」

 兵の訓練は良くできていたが隊長の方はいまいち。彼は自分の剣を抜いて身を護る事も無くあっさりと死んだ。

 六、五、四っと。


 隊長が倒れ、残る兵は三人。そのうちの二人は自らの放った魔法が不発になりまだ呆然としている。

「【束縛バインド】」

 残った一人の魔法で踏み出すはずの足を獲られた。二秒前に知っていたはずの光景。しかしそれを避ける手段は私には無かった。


「いまのうちに殺せ!」

 その声で呆けていた二人が詠唱を開始した。

 でも残念、もう遅いよ。

 転移で【束縛バインド】をやり過ごし、新たに三人が死体に加わってこの一角の制圧が完了した。




 暗がりからティファと男が走り込んできた。

「ご主人お疲れニャ~」

「助かった礼を言う!」

「ふぃ~」

 いまのはマジヤバかった。

 いやぁこんな所でまさか【時空間操作】の裏ワザを二つも使わされるとはね。

 相手の訓練度を見誤ったこと、勘と体が鈍りまくってたこと、その相乗効果で、あわや死ぬ寸前だったとか笑えない。


「ところで一つ聞いても良いだろうか?」

「なに、いま疲れてるんだけど」

「先ほどこちらに来るときに、森を燃やすほどの魔法の光を見たのだが、ここらにはそれが発動した形跡がない様だ。

 どうやったのかなと思ってね」

「普通はそう言うことは教えないと思うけど? でもまぁあんたは敵じゃないし……いいかな。

 魔法は消したのよ。だから効果が無かった、以上よ」

 今回使ったのは【時空間操作】の〝とき〟の部分。

 私は〝時〟を操り、【火球ファイアボール】が爆発した瞬間を送り飛ばした。それはまるで録画した映像をリモコン操作で〝十秒送った〟かのよう。その映像を見ていないのだから、魔法の効果は発揮されなかった。


 一見無敵の様に思えるこの能力も欠点があって、使用すると飛ばした時間の二倍分【時空間操作】の能力が使えなくなるペナルティが発生する。

 今回飛ばしたのは三秒なので六秒のペナルティ。だから知っていた未来を回避できず、まんまと【束縛バインド】されたって訳だ。


「その様なことが……、それも魔法なのだろうか?」

「そんなのどうでも良いでしょ。

 それよりもこんな所で呑気に話している場合じゃないわ。じきに兵がやって来る。

 急いで森を抜けましょう」

 これ以上の詮索は無しだとばかりに、すげなくあしらった。


 合流してしばらく経つとティファは元の猫に戻ってしまった。

「あら戻っちゃった」

『当たり前ニャ。

 猫の手を借りられるのは〝忙しいとき〟だけと決まっているニャよ』

 なるほどこのはそう言うルールなのか。

 それにしても、今回の件が管理局に知れたら、間違いなく規制対象になるわよね。

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