18:バイト②
個人のパスポートを勝手に準備したくらいなので今さら驚くつもりはないが、空港に着くや否や、荷物が入った旅行用のハードのスーツケースを手渡された。
「こちらには着替えなど旅に必要な物が入っています」
ここで衣服や下着のサイズがどうのとか言う必要はないだろう。
異世界から戻る度に隅々まで精密検査で調べられているのだから、今さら体のサイズなんて私に聞くまでも無く把握している。
私は受け取ったスーツケースをさっさと【保管庫】に仕舞った。
それを見た黒田は、「便利ね」と羨ましそうに呟いた。まぁ荷物を預ける行列に並ばなくて良い事を思えば便利かもね。
今のを見て、黒田は、
「機内持ち込み用のカバンは必要ですか?」と、問うてきた。
「そりゃあ無いと困るよ」
なんでも入る【保管庫】は便利だが、人前で大ぴらに使う訳には行かない。そう言う場合は肩掛け鞄の口と出口を繋いで、それとなく取り出すように偽装していた。
さて黒田が見せてくれたのは、〝トートバッグ〟と、〝ショルダーバッグ〟、そして〝ハンドバッグ〟に〝リュックサック〟の四種類。
どれもどこかで一度は見た事のあるマークの入ったバッグだった。
ここで偽物を出すほど管理局はケチではないはず。
「あっこのトートバッグ可愛いなぁ」
それはやや深い水色の革製のバッグ。
水色なのに色合いが落ち着いた感じなので、悪くない印象だ。
「ではそちらにしますか?」
「大学に行くときに使いたいから、これは家に送っておいてよ。
あとこっちのリュックもお願い」
黒の小さなリュックは休日に出掛けるのに使えそうだ。
私が二つのバッグを手に取って、『いま貰っても良いけど?』と、【保管庫】に入れる気満々で聞いたら、黒田は渋い顔を見せた。
「ハァ解りました。後ほど支部長に確認しておきます」
「うん、よろしくー」
そして今回、私が選んだのはクリーム色のショルダーバッグだ。
なぜって、まずハンドバッグは小さすぎる上に、常に手に持たなければならない形状が旅行に不向き。取り出し口が開いているトートバックや背中に背負うリュックサックはなんて、防犯意識の低い日本人以外は海外では使わない。
「ねえねえ。戻ったらこれって貰っていい奴だよね?」
「それは管理局の備品です」
「じゃあハンドガンとかサブマシンガン返すからこれを頂戴」
ずずいと以前貰った銃器を取り出すと、黒田は珍しく感情を露わにして、
「いま出さないで!」
と、私を叱りつけてきた。
なにを馬鹿な事を~と思うかもだが、いまはまだ車の中なので問題なし。
「ハァ……分かりました。支部長に聞いておきます」
「はーい」
一千万円の報酬を考えれば、きっとバッグの二つや三つはOKが出るだろう。
えっだったら自分で買えって?
もう現物があるのだから新たに買うよりも私が貰って有効活用する方が良いじゃん。
国際線の旅客ターミナルで黒田から旅券を渡されて─残念ながらエコノミーだ─、日本円とヨーロッパ共通通貨のユーロが入った財布を貰った。私は無くさないうちに、さっさとショルダーバッグに入れた。
あとはフランスの空港に着いたら、管理局の職員が勝手に接触してくる手筈になっている。その真偽を判断するためにいくつかの合言葉を貰った。
「そんなの【邪眼】でいいのに」
「【邪眼】の使用には規制が入っているはずですが?」
そう言って睨まれた。
ごもっとも。
「じゃあ行ってきます」
私は黒田と別れて、出国審査の列に並んだ。
しかし黒田は立ち去ることなく私の方をジッと見つめていた。
なんだろうかあの黒田の視線、お姉さんが出来の悪い妹を見送る様な不安一杯のハラハラとした雰囲気を感じる。
大丈夫だって~と口パクで伝えたが渋い顔はさらに歪み、頭まで抱えられた。
うわっ失礼な話だなぁ!
無事に出国審査を終えると、私はキョロキョロと興味津々に売店に立ち寄ってあちらの情報を調べ始めた。
さてと、成田空港からフランスのシャルル・ド・ゴール国際空港までの飛行時間は約十二時間三〇分掛かる。
うわっ半日もかかんの!?
でもまぁ初めての海外旅行。そして気軽な一人旅だ。
このくらいのんびりの方が良いよね。
二度目の飛行機、そして初めての旅客機だ。
やはりどこぞの軍の飛行機と違って、シートは柔らかくて座り心地は良い。やはり旅と言うのはこうあるべきだな~と、前回の飛行機を散々ディスリながら私は先ほど購入した現地のガイド本を読み始めた。
仕事だろと言わないで欲しい。
暇があったら観光していいと黒田から事前に許可は貰っているのだ。
しかし彼女は、あると良いですね~と悪意を込めて笑っていたから実際は無いのかも知れない。
でも暇は作る物! 絶対に遊んでやるんだから!
飛行機の最後尾の窓際が私の席だ。きっと
飛行機の離陸、そして上昇Gを経て、雲の上へ。
雲の上すっげーとキャイキャイしていたのはほんの一〇分。変わり映えの無い景色に私はすっかり飽きていた。
寝よ。
目を閉じてうつらうつらと微睡み、ぼんやりと時計を確認。
まだ二時間しか経っていなかった。あと八時間って、ないわーっ
そんなことを思ったのが悪かったのか、突然飛行機の前方が騒がしくなり、ナイフと銃を持った目出し帽姿の男たちが、パーテーション代わりのカーテンを突き破って乱入してきた。
「大人しくしろ! この飛行機は俺たちがハイジャックした!
俺たちの要求が政府に通れば、お前たちを無事に解放すると誓う!」
犯人の犯行声明は勝手に【共通言語】によって翻訳されてしまい、どこの国の言葉かは解らなかったが、とりあえずハイジャックされたことは理解できた。
これはもしや管理局の敵対組織の仕業かしら?
空港の持ち物チェックはとても厳しいと聞いている。それこそ私の様な【
カーテンから入って来た犯人は三人。
一人は銃を構えて前方で待機、残りの二人はアーミーナイフを持って、2-4-2に配置された座席のそれぞれの通路を巡回し始めた。
犯人が近くに来ると乗客は首を竦めて恐怖に耐えていた。
あぁそう言うモノか~と今さらながらに自分の異常さを知った。
剣に魔法、そして魔物。殺伐とした異世界で過ごしすぎた私は度胸のあり過ぎる被害者だったに違いない。
とりあえず皆に習って怯える演技を開始しておく。
後は解決するかどうかだが……
やーめた。
この便にはきっと、私のほかに、私を監視する黒田以外の管理局の人間が乗っているはず。ならば彼らが解決するか、それとも私に解決を依頼するか、その時が来るまで静観させて貰うことに決めた。
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