17:バイト①

 大学にも慣れてきて、GWが間近に迫ったある日の事。

 大学へ行くために玄関から出たら、見慣れた黒い高級車が家の前に停まっていた。そして私の姿が見えるや否や、後部座席のドアが自動で開いた。

 ドアの隙間にチラッと見えたのは黒いローブの裾。きっと私担当の時代錯誤の魔女黒田だろう。

 このまま無視すれば拒否も可能だが、問題はその後と言うか、今後の事で、反抗的だと思われると色々な便宜を頂戴する機会を失う可能性がある。

 だったら素直に従う方がきっと後腐れが無いよねー

 ハァとため息を吐いて、私は後部座席のドアを潜った。


「おはようございます真理さん」

「おはようございます。今日はなんの用でしょう?」

「さあ? これは支部長の指示ですので」

「解った。後で直接聞くわ」

 そうしてくださいと言って黒田はそれきり口を閉じた。


 いつも通りのドライブが終わり、いつも通りのエレベーターに乗り、そして見知らぬ部屋に着いた。

 部屋の中には部長さんだけ。

 おやっ一人とは珍しい。


「今日は来てもらって悪いね。

 どうだい真理くん。簡単なアルバイトをしないか?」

 部長さんの目が一層細まりギロッと睨み付けてくる。

 一見、てめぇ殺すぞおらぁ~と言う表情だが、彼の感情に怒りの様なものは無くて、ただ単に顔が怖いだけ、精一杯笑みを浮かべようとした結果がコレだ。


内容・・によります」

 前にやった要人救出の報酬のお陰で私はお金に困っていない。従って好まないアルバイトをやる必要はどこにもない。

 つまりここで言う〝内容〟とは、金額の話ではなくて、請ける仕事の方の話だ。

 物騒な話ならパスする予定。

「二つあるんだけどね。

 一つは運搬で、もう一つは災害救助だ」

 それを聞き私はにこりと微笑んだ。

 前回の要人救出に比べてなんと平和的な事か!


「良いですねぇ~、そう言う平和的な奴は大歓迎ですよ」

「じゃあ請けてくれるのかな」

 一足飛びに話が進みそうなところで、私は部長さんの言葉になにやら嫌な含みがあることに気付いた。

「……何か隠してますね」

「おや真理くんは鋭いね」

 むしろそっちが隠すのが下手なんじゃないかなぁ?



 まずは一つ目、

「さて運搬だが、ある品・・・を持ってフランスに行って欲しい。

 続いての指示はフランスの管理局から出るが、最終的には預かった品を持って日本に帰ってくるという仕事だ」

 ヨーロッパの数ヶ国を巡って帰ってくるので、大体十日ほどの日程だとか。


 日程はどうでもいい。そんな事よりもだ!

ある品・・・がなんなのかを詳しく話してください」

 あえて隠す様な言い方をされれば、人が触れたらダメな奴だって自白してるようなものじゃん!

「日本から持ち出すのは呪術系統の石版だ」

 呪術系と言えば、呪いが~とか邪神が~といったヤバい系統だ。

「つか部長さん! 私の将来の夢が〝一般人〟だって知ってますよね?

 なんでそんな危険な物を私に渡すかなぁ!?」

「真理くんならば、異空間に入れて運べば呪い・・だって大丈夫だろう」

 あぁ〝呪い〟って言っちゃったよこの人……

「ちょっと待ってください。

 もしかしてフランスで受け取るモノもその系統とか言いませんよね?」

「十中八九その系統だろうね」

「お断りし「貸しを一つ、でどうだろう」」

 私は続く言葉をグッと飲み込んだ。


「その貸しはどこまで行けます?」

「大抵の事は便宜できると思ってくれていい。

 あとそれとは別に、金銭で申し訳ないが現金で一千万を支払おう」

「お金は別に……」

「持っていて損な物ではないのだから受け取っておきなさい」

 こんな時、部長さんは決まって、まるで実の親の様な口調で諭してくる。だから私は「じゃあ頂きます」と返すしかない。

 すると彼はよろしいと鷹揚に頷き笑みを浮かべる─ただし人を殺した後の様な残念な表情だが─。


 そう言えばと我に返る。

 まんまと丸め込まれて、いつの間にか請けることが決定していたぞ?



 続いて二つ目の災害救助の方。

「フランスで先日起きた爆破テロ「まった!」」

 私の制止の言葉に、部長さんは「何かね?」と首を傾げた。

「爆破テロの時点でもう平和的な話じゃない気がしませんか。

 そもそもそこに私が行っても、何も出来る事が無いでしょう」

 普通のボランティアなら出来るけど、管理局はそんなことは望んでいないだろう。

 ならばそこから続く話は、テロの犯人を捕まえるか、設置された新たな爆弾の捜索くらいしか思いつかない。後は破壊された建造物の復元─時間戻しだ─だけど、ニュースになっている様な話題を一瞬で復興してしまうのは如何なものか?

 ついでに、テロからすでに数日、能力を使用した後のペナルティが酷すぎる。


「主に遺体の発見と生存者の捜索なんだけどダメかい?」

「これからヨーロッパに行っても遺体の発見しか出来ない気がします」

 だって移動でかなりの時間が経っちゃうからね? 瓦礫の下でまだ生存している人だって、移動中に亡くなるよ。

 捜索犬よろしく、遺体をばかりを発見するとテンションがガタ落ちだ。そして貯まっていくストレス……、考えるだけでも胃が痛い。


「そこはフランスに立ち寄った時に軽くやってくれればいいよ」

 いや……と言いよどむ私。

 災害現場のピリピリしている所に行って、〝軽く〟なんて出来るわけがない。現場に入ったのならば、出来る限り精一杯やるのが礼儀だろう。


「じゃあこっちは止めておくかい?」

 顔は兎も角、口調には優しさが感じられる。

 つまり君の意思に任せるよと言う事だが……、人命に関わる事なのでここまで聞いてしまったからには止めるとは言い難い。

 例え遺体を大量に発見しようとも、万が一の生存者を見捨てる勇気は私には無い。


「やります。でも先に範囲を先に決めてください。

 あと絶対に捜索以外はしませんからね」

「うん合格だ。やはり真理くんの回答は模範生・・・だね」

「はい? これってもしかして何かの試験だったんですか」

 うんうんとしたり顔で頷いている部長さん。対して私は驚きの表情を見せている。

 あれ、つまりアルバイトの話は全て嘘ってこと?


 部長さんはニィと嗤い、

「二つ目の依頼は嘘だ。

 早速一つ目だけお願いするよ。後は担当者に聞いてくれ」

 そう言うと私を残してさっさ部屋を出ていってしまった。




 部長と入れ替わりに入って来た管理局の職員は、私担当でお馴染みの黒田だった。

 黒田は紫の布に包まれたA4ノートサイズのモノをずいと差し出してきた。厚さはノート五冊分ほどで、その包みには色々なお札がこれでもかと貼られている。


 私はすぐには手を出さずに、まずは片目を瞑った。

 そして五秒後、【鑑定の邪眼】をセット。

『〝伝説級レジェンド〟【エメラルド・タブレット】』

 出てきたのは名前だけで、他は鑑定不能となった。なお貼られているお札はご利益があるかもよ~とか言う適当な奴じゃなくて全てガチの方だ。

 なんとも触れるのを躊躇う一品である。

「名前は【エメラルド・タブレット】で、〝伝説級レジェンド〟の【物品アーティファクト】だって」

「やはり本物なのですね。

 いいですか、絶対にお札を剥がしてはいけませんよ」

 お札を剥がすと、振動を始めて周りの物質を変化し始めるとか。

「そんな危険な物を手に持つつもりはないから大丈夫」

 言われなくてもそんなガチの奴が何枚も貼られている物なんて触りませんとも!

 私はさっさと触れることなくソレを異空間に取り込んだ。


 続いて手渡されたのはパスポート。

 おやっと思い、そのパスポートを開く。

 そこには撮った覚えも無い私の顔写真が貼り付けてあり、まるで私が書いたかのような字で名前と住所が書かれていた。

 要するに、紛うことなき私のパスポート。

 確かに私はパスポートを持っていなかったけれども、こんなものを用意するなんて、

「管理局こわっ!」

「安心してください。

 模範生・・・である限り、わたしも管理局も真理さんの味方ですよ」

 普段あまり表情を出すことのない黒田が珍しく微笑んだ。

「その笑顔もこわっ!」

 それを聞いた黒田の表情が不満げに歪んだのは失言した私が悪かったと思う。

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