16:大学生活の始まり
管理局がどのような手段を使ったのかは私は知らない。
しかしあの日の約束通り、乗り心地の悪い飛行機での小旅行を終えた私は、確かに第一志望の大学への進学が決定していた。
帰宅すると大学への入学の手続きが、
約二ヶ月の間、行方をくらませて、センター試験さえも受けていないはずの私が、なぜか春からの
記憶の齟齬を探ってみれば、どうやら私が二ヶ月ほどいなかったという事実が失われているようで、かの組織がこれほど大規模な記憶操作を行えるということに私は驚かされた。
まあそんな訳で、私は春から女子大生になります。
月々のお小遣いは驚きの十五万円。
貰い過ぎでしょ~とちょっと引いたけど、年間一八〇万×四年で七二〇万。授業料を入れても一千万程度とすると、今日日子供の身代金だってもっと高い!
じゃいいかー
あれきり異世界の誰からも呼ばれることは無く無事に卒業、そして入学式を迎えることが出来た。普通の人ならそんなの当たり前でしょと思う様なことが私にはすごく貴重で大切なのだ。
入学式の後は学部ごとに分かれて、単位や講義に関する説明が行われることになっている。学生証や受講シートなんかもここで受け取るらしい。
入学式では席順は無く、ブロックが学部別に大雑把に指定されていただけだが、今回は違うようで、前にあるホワイトボードには、でかでかと『学籍番号と氏名を確認の上、指定された席に座るように』と書かれていた。
両端の席に、『ア』『カ』などのガイドが有ったので五十音順だろうと、高沢の『タ』を探して後ろへ進んでいく。
ア行、ア行、カ行は少なくてサ行が始まりサ行続く。
鈴木と佐藤効果かしらとさらに後ろへ進みタ行を発見。こちらも田中と高橋効果がありそうだが、私はその前なので影響はない。
こういう時にア行やワ行の名前だと割り切りやすいのだが、タ行ってどっちから見ても微妙だなと思った。
無事に自分の席を発見してふぅと小さくため息を吐いた。
左隣りは空席だが、右隣はすでに生徒が座っていた。
中肉中背の男子で顔は凡庸。大学デビューのつもりか似合わない茶髪に軽めパーマがちょっと痛ましい。
席に着くときに目が合って、照れ笑いをして来たので、軽く会釈を返してそれきり視線を外した。
異世界生活が長かったから、洋風イケメンはすっかりお腹一杯。日頃から常々
ただしイケメンに限る~だわ。
待ち時間を潰すためスマホをぼぅと見ていた私の隣に影が差した。顔を上げるとどうやら左隣の席の人がやってきたらしい。
「おはよう」
明るく髪を染めた女性で、化粧の仕方なのか年齢よりもやや上に見える。ただし老けているという風ではなくて、出来るOL風と言う感じ。
「おはよう。よろしくね」
挨拶を返すとニッコリ大人びた笑みが返って来た。
彼女が席につくと程なくして説明が始まった。
説明は一時間ほど続き、これで本日の行事はすべて終了した。
解散間際に学校事務員が、「校舎前にサークルの先輩方が来ています。興味があればぜひ見学して行ってください」と言って締めた。
「ねえサークル決めた、えっーと……」
「私は高沢真理。まだ決めてないわ」
「あたしは
もしも高沢さんがまだサークルを決めていないなら、良かったらこれが終わったら一緒に回らない?」
学籍番号順で並んだだけの隣人を誘ってくるとは、どうやら多香川はかなり積極的なタイプらしい。
サークルには入ろうと思っていた。
しかし同じ高校の面子は、異世界に行き来してやたらと欠席が多い私を不良扱いしてくれて煙たがっているからすっかり疎遠で、他に誘ってくれる相手に心当たりはない。
ならばこの誘いの乗らない手はないのだが……
「一緒に周るのはOK。だけどまずお昼食べない?」
入学式で一時間、教室移動で三十分、そして説明会が一時間とちょっと。時刻はすっかりお昼時、そろそろお腹がくぅ~と鳴る頃だろう。
「それもそうね」
そう言って彼女はニッコリと大人びた笑みを見せた。
私は二度目の笑顔に違和感を覚えた。
多感な中学時代に味わった二度の異世界生活のお蔭で、私は自分に向けられる悪感情がそれとなく解るようになった。
いまの多香川からはそれを感じた……、一体何を隠して……?
そこまで考えて私は慌ててその考えを消した。
ダメだ、何やってるんだ私は。打算のない人間なんていないと分かっているのに、その裏を読んでどうする。
多香川と二人で教室を出た。
学生証と一緒に受け取った学校案内の地図によれば、学内に学食は三つあり、それぞれいまいる本館側と研究棟、それからサークル棟で大体三角形。
「学食でいいよね?」と私が言うと、
「いいわよ。でも本館側って混んでそうじゃない。折角だし今日はサークル棟の方に行ってみない?」
多香川の視線を追うと、説明会が終わった新入生がそちらの方へ流れていくのが見えた。だが出遅れたってほどでは無いが……
「うんいいよ」
癖なのか、また裏を読みそうになったのを即止めて了承した。
多香川が先に立ち、私たちは場違いにも誰もいない方へ歩いていった。誰もいないのは本日授業が無いからで彼女が歩いている道順はちゃんと地図通り。
何の問題も無い。
多香川が二号館と呼ばれる校舎の裏手のほうを指しながら、
「この裏にサークル棟があってその建物の中に学食があるのよ」
「なんか詳しいね」
「ちょっと訳あり?」
ニコッと微笑んだ多香川の顔はいつものように大人びたのではなくて、なんだか年相応に見えた。
サークル棟の学食は学食と言うよりもカフェっぽくて、メニューもサンドイッチにスパゲティ、それからピラフと少々軽食よりに偏っていた。
ただし出てきたピラフは軽食とはほど遠く、ガッツリ大盛り、拳ほどのから揚げ付き。サークル棟には運動部も入っていると聞けばこの量にも納得だ。
「大味でいまいちだったね」
会計の際、お店の人の前でそう言っちゃう多香川は、実は空気読めない系なのかとギョッとした。
食事が終わると多香川は「ちょっと寄って良い?」と問い掛けて来た。
しかしどこへと聞く前にズンズンとサークル棟を歩いていき、とある一室のドアを「お邪魔します」と言ってノックもなしに開けた。
「いらっしゃい」
部屋の中には細見の黒縁眼鏡男子が一人。短髪に白シャツ、薄青のジーンズと清潔感だけはやたらと高い。
彼は多香川の無礼な態度に怒る訳でもなく、やんわり微笑んで「こんにちわ」と挨拶をしてきた。
彼の名は
それを本日知り合ったばかりの私に教えてどうしたいのだろう?
「あー愛美が説明なしで連れてきたのかな?
ここは温泉同好会の部室だ。
俺を除くと部員が四年生ばかりでさ、今年新人を確保できないと廃部が決定するんだ。そんな訳で愛美にいい子が居たら紹介してって頼んでたんだよ。
ほんとごめんね」
ふ~んそう言う理由かぁ
私がねめつけると多香川はごめんねとばかりに片手を上げて謝ってきた。
「ところでここ、冬は温泉同好会だけど、夏は海や川の同好会になったりします?」
「まあ緩いサークルだし、往々にしてそう言うこともあるけど、海に行った後は温泉のある施設に寄ってなんとか体裁を繕っているよ」
山上は苦笑しつつ正直に答えてくれた。
季節によって名前が変わるゆる~いサークルはこちらも望むところ。むしろそれを否定せずに言い切ったことこそ好感が持てた。
「解りましたとりあえず一ヶ月、体験ってことでよろしくお願いします」
「ありがとう真理」
多香川のいきなりの名前呼びに、現金なことだなと私は苦笑を漏らした。
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