19:バイト③

 ハイジャックが発生してから二時間ほどが経過した。

 そろそろトイレに行きたい人も出てくるはずで、一人目の子供が許可されてからは怯えながらもパラパラと手が上がる様になった。

 乗客の位置が動く、これは良い傾向だ。

 もしも管理局の職員が私の前方の席に居れば、通る際に手紙を捨てて行くくらいは出来るかも知れない。


 さらに一時間。合計で三時間ほど経過した時、前方から怪しい服装をした者が銃を持ったハイジャック犯一人に連れられて入って来た。

 パッと見は怪しい教団の司祭だろうか?

 その司祭風の者は、ほぼ黒に近い濃紺のだぼついたローブを着込み、目元を隠すほどの深いフードを被っていた。

 だぼついたローブで体の線が不明瞭な上に、唯一見えている鼻先から下は、年を喰っている所為で皺が目立ち性別は分からなかった。


 司祭風の者は、乗客を一人ずつ呼びつけ目の前に立たせると、何かブツブツと呟いている。二~三分ほど向き合った後は次の乗客に再び同じことを繰り返していた。


 それを見て私は心の中で舌打ちをする。

 やっぱりこのハイジャック犯は管理局の対抗組織じゃないかと!

 私はため息を吐きながらそっと瞳を閉じた・・・・・。五秒経過、【感知の邪眼】と【遠見の邪眼】のセット完了。




 前のカーテンを抜けると同じく2-4-2の座席が続く。ハイジャック犯はそこにも三人、一人は前で銃を持って威嚇、二人はナイフで巡回と、ほぼこちらと似たような動きを見せている。

 その前のブロックはちょっと豪華な席、きっとビジネスクラスと言う奴だろう。ここには犯人はナイフ持ちの一人だが、前方のドアが開け放たれておりそのドアの向こうに銃を持った犯人一人が立っている。

 もう一つ前のブロックはさらに席が豪華だった。

 うわっこれはファーストクラスじゃないかな!?

 そこに居る犯人はナイフで一人。

 その先はパイロット室だが、鍵が掛かっていてまだ犯人の侵入は無しの様だ。


 ファーストクラスとビジネスクラスが合わせて三人。エコノミーの前方ブロックに三人、後方ブロックが三人で、司祭とその護衛が一人。銃の数は四丁で、残りはナイフ、ただし司祭は武器無しだ。

 隠れている人は……

 私は〝敵〟をマーカーとして表示する。

 ああやっぱり居たよ。エコノミーの前と後ろに二人ずつ。乗客のフリをして座っていた。ただし武器の所持は不明だ。

 なるほどこの対抗組織はかなり慎重だね。


 必要な情報をあらかた得たので、私は再び瞳を閉じた・・・・・


 今度は瞳を閉じたまま考える。

 あの司祭は一体何をしているのか、【遠見の邪眼】で見たが良く分からなかった。

 生憎、私に読唇術なんて便利な物は無い。もしも持っていたとしても何語かも分からないのだから、やっぱり分からないだろうけどね。

 ブツブツ言ってから戻している事から〝呪文〟。そしてそれは心を読むか、それとも身分を知るものというのが可能性が高そうだ。

 つまり、向き合えばきっと私や管理局の者の存在は知られる。


 さて付ける【邪眼】の一つはもう決定している。

 普段はあまり役に立たないのだが、こういった手出しが出来ない時に限定すれば悪くない効果を発揮してくれる。

 問題はもう一つ、【予見の邪眼】か【麻痺の邪眼】かを悩む。


 未来予知かな……

 知覚がどれだけ麻痺して遅れようが、引き金を引いた銃から発射される弾丸の速度が遅くなるわけではないと言うのが決め手だった。


 私はようやく瞳を開き、まずは乗客に紛れた犯人をじぃと見つめた・・・・



 二分ほどで乗客に紛れた犯人は、突然首を支える力を失ってカクンと昏睡した。

 続いて前でふんぞり返っている男をじぃと見つめる・・・・。一分ほど経つと、男はふらっと一度立ちくらみを起こし、慌てて近くの座席の背もたれに手をついた。

 そしてさらに十秒後、立っている事が出来なくなった男は床に座り込んだ。巡回していた男の一人が異変に気づき、倒れ込んだ男に走り寄る。

 よし次はあの男だ。


 じぃ……

 私の【呪いの邪眼】が次の生け贄の姿を捕えた。


 この邪眼は睨まれた相手の体調が悪くなり疲労が増すだけの効果しかない。ゲーム的に言えばあらゆる行動・・・・・・に使用されるスタミナの消費量が倍加する効果。

 それこそ、呼吸や起立、そして心臓を動かすことさえ、より疲労する。

 効果が出るのが遅いから戦闘の最中にはほとんど意味のないのだが、こういう時ならば悪くない。

 ほどなくして駆け寄ったもう一人の犯人も倒れた。


 巡回中のもう一人の奴は、臆病なのかその異常事態に気付いている様だが最後尾のトイレ側から動かず、近づくのを躊躇っている。お陰で私の視界の外。

 まぁ振り向けば見えるけど、それだと私がやっているとバレると【予見の邪眼】ですでに知っている・・・・・・・・。そして司祭に使用した場合もやはり一瞬でバレる事が判明している。

 自然を装って出来るのはつまりあと一人。

 私は最後の生け贄である、司祭を護る奴をじっと睨み付けた。



 司祭の隣の奴は思ったよりも賢かった。

 一度ふらついた所で一度カーテンの後ろへと消える。そして再び戻った時には、ハイジャック犯を新たに四人連れて帰って来た─武器は全てナイフだ─。

 合計十三人のうち、いまは三人が倒れている。ここのブロックには司祭を入れて七人が集まったから、残りは三人か。

 その時点で編成が知れた。乗客に紛れて隠れている一人を除けば犯人の配置は先ほど調べた通り、ファーストクラスとビジネスクラスの合間に一人と、前のブロックのエコノミークラスに一人だ。

 だったら先にそっちを片付けるかな。


 私はスッと手を上げた。

 真後ろに居た臆病な巡回犯がナイフを手に私の側にやってくる。

I have a requestお願いがありますtoiletトイレwater closetウォータークロゼット

 怯える演技を見せながら下手くそな英語・・・・・・・でそう訴えた。日本語で話せば【共通言語】で翻訳されてしまい正体がバレると知っている・・・・・

 男は無言で顎をクイと動かした。

 トイレは目の前、出て来いと言う意味だ。

 私が席から立ち上がると手で制し、ナイフをこちらに向けながら手を頭の上に上げろと身振りを示してくる。

 素直に従うとナイフでトイレをピッと指して入れとアピール。


 個室のドアを閉める時に下卑た笑いを見せられたが無視。トイレに入ってさっさとガキを閉めた。

 片方の瞳はすでに閉じてある・・・・・、私は【呪いの邪眼】を【遠見の邪眼】に切り替えて顔隠しの為にハンカチを口の下に巻いた。

 瞳を飛ばし機内の先方へ走らせ、その映像を見ながら飛んだ・・・

 容赦はしない。

 剣を振り下して転移を三回、前方に残っていた犯人をすべて殺した。そしてもう三度、死体が持つ銃を回収してからトイレに舞い戻った。


 邪眼とハンカチを元に戻したら念のためにトイレを流して、私は何食わぬ顔でドアを開けた。すると機内の前方の方では悲鳴が上がっていた。

 まあ突然犯人が真っ二つになって倒れたんだし無理も無いだろう。

 悲鳴を聞きつけハイジャック犯が二人、前方へ走って行った。

 今回は三人。

 そして次も三人。司祭が一人になるまで、私はこれを繰り返す。


 しかしその前に、勇敢な乗客が奮起したようで、ハイジャック犯は無事に取り押さえられた。

 空港に着いてから、事後処理や状況の調査、乗客の身元の確認などがあり、遅れる事三時間。やっと入国審査を終えてフランス国内に入った。

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