21:女神のお願い

 大学へ向かう電車に乗り、国道の高架下を潜ったら、淡く光る空間に立っていた。つり革を握っていた手の間抜けっぷりとまたここか・・・の落胆が合わさって、思った以上に大きなため息が漏れた。

「お疲れですか?」

「そりゃあね……

 あーそうだ。女神様にひとつお願いしたいことがあります」

 金髪は露骨に引きながら、「女神さま!?」と訝しげに見つめてきたが、すぐに満更でもないようにはにかみつつ、

「ふっふふふ、女神さま! 良い響きですね。

 まさかいつもふてぶてしくて小生意気なあなたから、そのような台詞が聞けるとは! 長生きをするものですねぇ」

 私ってそんな風に思われてたんだ~と思わないでもないが、ここで機嫌を損ねるとまた面倒くさいのでさっさと流すことに決めた。

「あのー女神さま? もう話していいですか」

 彼女は聞きましょうと居住まいを正した。

「実は最近、異世界から戻ると地球で凄く時間が経っているんですよ。

 それの誤差を無くしてください」

 そしてついでに不思議に思ったことも合わせて聞いておく。こちらの方が時間の進みが速いのに、なぜか召喚者の成長が早い事だ。


「少しお待ちください調べてみます」

 言い終わるや、金髪の瞳が金色に光り始めた。眩いというのではなく、この空間の光と同じようなぼわぁ~という淡い感じ。

 しばらく待つと、

「なるほど確かにこれは極端ですね。

 戻ってくる時間の調整はわたくしが帰還魔法に干渉するとして……

 丁度同じような質問ですし、合わせて答えましょう。

 あなたはどうやら、こちらとあちらの時代が同じだと思っているようですが違います。召喚魔法とは原則、時間や空間を超えて、もっとも適した人が召喚される仕組みになっています。つまり召喚している男性ともっとも相性が良いのがいまのあなたと言う訳ですね。従ってあちらの時間とこちらの時間の流れに因果関係はありませんわ」

「つまりもう少し経ったら呼ばれなくなる?」

「その通りです」

「やった!」

「喜んでいるところ申し訳ないのですが、今日あなたがここに来た理由と彼とは関係ありませんよ」

「えっマジ?」

「はい、大マジです」

「ハァァまたなの!? 今度はどこのどいつよ!」

「わたくしです」

「へ?」

「わたくしが呼んだと言いましたわ」

 そう言うと金髪はにっこりと完璧すぎる天使の笑みを浮かべた。

 誰もが振り向く美少女の完璧な笑みなのに、悪魔の笑みにしか見えないのは何故だろう?


「えーっ何で、どうしてー?」

「わたくしのお願いを聞いて欲しくてご足労願いました」

「断るって言うのはあり?」

「もちろん構いません。

 ですがその結論を出すのは、わたくしの話を聞いてからでも遅くないと思いますよ」

「それもそうね。

 じゃあ聞かせてくれる? 神がどうして人間風情を呼んだのかをね!」


 金髪は何から話しましょうか~と可愛らしく小首を傾げた。

 美少女が見せる憂い顔、男性召喚者ならこれでイチコロかもしれない。だけど私には効かない。

 さあ話してみろと睨みつけたら、

「この依頼を請けない場合、次の召喚であなたは死にます」と言われた。


「死ぬ? 私が?」

「はい。死にます」

「未来のことなのに決定事項?」

「はい。わたくしはこれでも神ですから、庇護下の者の未来を見通すくらいはお手の物ですよ」

「だったらさ、他から呼ばれないように出来「あーあー聞こえませーん」」

 ガキか!?


「私はどうやって死ぬの?」

「黙秘します。ですがわたくしのお願いを聞いてくだされば、死亡率が減ることを保障しましょう」

「えっ待って? どうやっても死亡する可能性は残るってこと?」

確実に死ぬ・・・・・上手くすれば死なない・・・・・・・・・・に変わるんですよ。贅沢言わないでください」

 なんか私が我が儘を言っているみたいになったけど騙されるもんか!

「ねぇそこまで解ってるなら助けてよ」

「以前にも申し上げた通り、特定の個人に対してわたくしが加護を与えることは禁じられています」

「じゃあ別の質問にするね。

 どうして私なの?

 何度も呼ばれてその挙句に死ぬのが可哀そうだった?」

「いいえ違います。今回あなたを呼んだことと、あなたが死ぬことには関係は一切ありません。ただあなたが、もっとも勝率が高かったのです」

「アハハッ次の召喚で絶対死ぬのに勝率が高いって笑えるわ~」

「そうでしょうか?

 今回お願いすることはとてもとても大変で、むしろ勝てる見込みをほんのわずかでも持っていたあなたが異常なんです」

「ほんのわずかって……、いったい何を倒せってのよ」

「邪神ですわ」



 地球の神の一柱が切り捨てた穢れ・・・・・・・が意思を持ち、異世界に流れて邪神になった。これは太陽が生まれて滅ぶまでの時間をまるっと五回分使って、やっと一回起きるかどうかと言う天文学的な確率だそうだ。

 そう言われても、だから? としか言いようがない。

 だって現に起きてんだもん。


 さて邪神が流れてきた側の異世界は大迷惑。

 すぐにでも排除したいのはやまやまなのに、例え欠片だろうと別の世界の神に干渉するのは禁則事項タブーだそうで手が出せないとか。

 じゃあこっちが~と言う話になるのだけど、今度は神が別の世界に干渉する方の禁則事項タブーに掛かってやっぱり手出しが出来ないそうだ。


 そこで登場するのが代行者!


 さて邪神の力は元の神からすれば塵芥。

 だがそれは神から見たらの話であって、人間から見たらこっちこそが塵芥。どんなに頑張っても神には届かず人は負けるのがこの世の理。

「それもう詰んでるじゃん」

 私を呼びつけるよりも、禁則事項を緩くして柔軟に対応できるようにすべき案件じゃない?


「確かにそうです。

 ですがなぜかあなただけには、勝利の可能性が存在していたのです。

 どうでしょうお願いできますか?」

「参考までに私の勝率は?」

「0.283%です」

「低っ!!」

 そんなの勝てるかーっ!

「いいえ違います。

 相手は神です。勝てる可能性があることがすでに奇跡です。それにご安心ください。わたくしたち神がありったけの加護を掛けてあなたを送り出します。

 そうすればなんと、勝率は十倍に跳ね上がりますよ」

「ちょっと待って、さっき個人的な加護は駄目って言ったよね!」

 舌の根も乾かないうちにとはこのことだ。

 すると金髪は可愛らしい顔をニヤッと歪めて、

「わたくしが~とは言いましたが、わたくしたちが~とは言っていませんわ」

 だってさ!


「そうは言ってもなぁ……

 十倍でも3%切ってるじゃん。無理だよ」

「ふふふ、さてここに今回の邪神に対して特効のある【物品アーティファクト】がございます。その名も【天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎ】!

 さあこれで勝率が1%上がりまして夢の3%越えですわ」

 虚空から出てきたのは刃渡り一メートル二十ほどもある片刃の長剣だった。

「ねぇ何で今度は固定値なのっ!? どうせならそれも十倍してよ!」

 それでも28.3%で三割切ってるってのに!!

「そんな都合の良い物があったら、小生意気なあなたになんかお願いなんてしませんよ」

 金髪は可愛らしくぶぅと唇を尖らせると、臍を曲げてそっぽを向いてしまった。

 相手の顔がやたらと整っているせいで、なんだか私が悪いような気分になって来るのが怖いわね……



「えーと、整理するね。

 今回の【贈り物ギフト】固定で【天羽々斬剣それ】なのね。んで、私はそれを持って邪神を倒すってことでOK?」

「はいその通りです」

「んーでもさぁ私の剣技なんて神様に通用するのかなぁ」

 私は剣技の【贈り物ギフトなんて貰っていないからすべて独学。ぶっちゃけ人間相手でもいい勝負する程度だってのに、神に通用するとはとても思えない。

 それにその剣、片刃だし長いし、使いにくいったらないよねー

「あぁそれでしたら安心ください。

 【天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎ】は今までの【贈り物ギフト】と違って〝神級ゴッズ〟です。この剣の使い方はこの剣が知っていますわ」

 ついでの様に使用者を傷つけないと言う加護もありますよーと言われたが、使用者制限があって私しか使えないそうなので、切腹するつもりが無い限り要らない加護よね?

「それよりもさぁ、〝神級ゴッズ〟って初耳なんだけど……」

「相手は腐っても神、使う武器もそれ相応でなければ傷一つ付きませんよ」

 ほ~ぉつまり神においては神話そうさくよりじつぶつが上ってことか。


「本当に私は死ぬのね?」

「ええ死にます」

「でも勝てば死なない」

「死なないではなく死ぬ確率が~ですけど、保障します」

「あんまり細かいと男にモテないよ」

「一度も男性とお付き合いした事が無いあなたに言われても~ですわ」

 顔を見合わせて二人で笑い合った。

 しかし笑いは自然と無くなり沈黙が落ちてくる。


「ねえ女神様。勝率はこれが限界? もっと武器を貰ったら上がったり~」

「しません。わたくしたちが支援できるのは本当にこれが限界です。

 ですがあなたの力次第ではもう少し勝率が上がる余地があります」

「私の力次第ってどういう事?」

「あなたは自分が【贈り物ギフト】を上手く使っていると思っていますね」

「ええ勿論よ」

 じゃなければ今まで行った世界から戻ってきていないはず、まさかそれさえも否定するのかと睨みつけた。


「いいえ。わたくしも借り物にしては良く使っていると思います」

「ふ~ん借り物にしてはか。

 つまりもっと力が引き出せるってことなのね」

「その通りです。

 いいですか、【特殊能力アビリティ】には〝伝説級ミソロジー〟の様な格付けは存在していません。突き詰めれば〝神級ゴッズ〟にも並ぶと言うことです」

「つまり私の【邪眼】や【時空間操作】にはまだ先があるってこと?」

「あなた次第とだけ言っておきましょう」

 話はそこまで。

 よーしっ死なないために神殺し、いっちょ行ってみようか!

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