20:バイト④

 フランスからヨーロッパの国々をたらい回しの様に移動させられて五ヶ国目。イタリヤに入国した。

 空港出口では、金髪の女性管理局員を名乗るステッラが笑顔で出迎えてくれた。

 合言葉もバッチリ、間違いなしだ。


 さて今までの流れだと〝厄介な品物〟を渡すために管理局の支部に行き、そこでわらしべ長者よろしく新たな〝厄介な品物〟と交換を行う。

 貰った後はすぐに別の列車か飛行機に間に合うように移動だ。あの日、黒田が悪意を込めて笑っていた通り、私には観光するような暇はなかった。

 しかし日程はまだ半分も残っている。

 諦めてなるものか!



 ステッラは先導して歩いていき、空港のロータリーに停めてあった見たことがある黒塗りの高級車に案内してくれた。

 日本で見慣れたアレと寸分違わぬ車・・・・・・

 管理局ってこれしか持ってないのかしら?


 私たちが近づくと車の後部座席のドアは自動で開いた。もちろん驚くことは無くて、これはいつも通りの事・・・・・・・だ。

 ステッラに視線で促されて、私は車に乗り込むために体を低くする。

 私が先に、管理局のステッラが後から乗るのもいつもの通り・・・・・・


 しかしそこで、

ガアァン、チュィィン!


 ロータリーに突然、銃声と跳弾の音が響いた。

 悲鳴と共に辺りの人が伏せる。

 あっ私もか!

 一拍遅れて私も慌てて伏せた。


「真理、襲撃のようです」

 ─きっとイタリア語で─ステッラが私に這いよって囁きかけてきた。

 言われるまでも無い、瞳は既に閉じている。まずは無難な【感知の邪眼】と【予見の邪眼】をセットして今度に備えた。


 ロータリーの上は立体駐車場の為、天井がある。つまり遠くのビルなどからの狙撃は無いので、どこか見える範囲から撃って来たのだろう。

 しかし〝敵〟をマーカーとして表示しても範囲内には現れなかった。

 今回の【邪眼】はティファに貸している訳ではなく、私が発動しているからエリアが欠けている訳ではない。ゆうに半径二百メートルほどある。

 もっと遠くって言われても、空港前には車やバスがいくつも停まっているから狙えないはず。

 どういう事だろう?



 十秒後の未来。

 映像の量がいつもよりも多く、チリチリッと頭に痛みが走った。

 十秒後の映像では、二人の女性がナイフを逆手に取っ組み合っていた。

 二人の顔が見えて……

 えっステッラが二人?

 不味い! と、瞬時に察して私はその場から離れる様に転移した。


 三秒後、

「逃げて!」

 空港の出口側からそう叫びながら金髪の女性が黒い車に向かって走り込んできた。

 未来の映像通りそれはステッラだった。

 そして、

「偽者!?」

 叫びながらナイフを抜き放ったのもステッラ。

 服装から背丈まで同じステッラが互いにナイフを逆手に構えて戦いを始めた。

 二人の表情を見れば仲違いした双子でないことは解る。きっとどちらかはステッラに扮した敵の組織のメンバーだ。

 ナイフでの戦いで引っ切り無しに位置が代わり、私には最初に一緒に居たステッラが、どちらのステッラなのか判断が出来なかった。

 まぁそれを覚えていたとしても、それが本物である保証はどこにもないので意味がない事なのだけどね。


 それよりも厄介なのは、あの扮装が私の【邪眼】で看破できなかった事だろう。

 【感知の邪眼】が〝敵〟としてマークしなかった。おまけに今も、二人のステッラのどちらも〝敵〟とマークしない。【鑑定の邪眼】は試していないが、この分だと多分無駄だろう。

 きっと相手は管理局と同じく【邪眼】を妨害する術式を使っている。



 ほどなくして決着はついた。

 立っていたのはステッラで、転がっているのもステッラだ。立っているステッラも満身創痍で、腕やら足からかなりの血を流していた。


 立っていた方のステッラはナイフを仕舞うと、懐からなにやらお札の様な物を取り出した。それを顔の前に構えると、ブツブツと何やら呪文を唱え始める。

 そして倒れている方のステッラの胸の上にその札を置いた。

 お札を貼られたステッラがピカッと一瞬だけ光り、次の瞬間に全く違う人物へと変わっていた。

 おお凄いじゃん!


 満身創痍のステッラは苦しそうに顔を歪めながら、「危なかったです」と言って苦笑を漏らした。

 彼女は「さあ行きましょう」と車の方を指す。


 その時、ちょっと待ってと、私の直感が危険を告げる。

 同時に新たな三つ目の選択肢が頭に過った。

 そもそも二人とも偽者ではないか、と。


 まったく同じ姿の人間が現れて争い合う。

 それを見れば誰だってどちらかが偽物だと思うだろう。逆を言えばどちらかが本物だと思っていることになる。

 そしていまお札を使い姿が変わった。

 これでホッと一安心、残った方は本物だったと……

 その安心感で、私は最初から本物が居ないと言う選択肢を自ら消していた。


 どうしてあの車の運転手は降りて来ない?

 仲間がナイフを振り回して殺し合いをしていたと言うのに、不自然じゃないのか?

 そして一向にやって来ない警察。

 これは……

 私は第三の瞳【看破の邪眼】を開いた。

 辺りの景色が一瞬で変わった。

 やっぱり幻覚だ!


 入国管理局の入口側に立っているアラブ系の男を、【感知の邪眼】が〝敵〟としてマークした。

 あいつだ!

 ギロッと睨み付けると男は慌てて視線を反らして走り出した。


 飛んで殺すか?

 空港内の人の多さを考えて、私はらしくも無くほんの少しだけ躊躇した。その一瞬の隙間にターンと甲高い音が響いた。

 逃げだした男がパタリと倒れた。

 倒れた男の頭からは赤い血がドクドクと流れ始め、遅れて悲鳴が上がった。


 人の波がその現場から逃げる様に動き始める。

 そしてその波に逆らうように歩く人物が一人。その人物は私の隣までやってくると、

「真理さん、お待たせしました。

 イタリア管理局のステッラです」

 金髪の女性が笑顔でそう言った。

 私が【看破の邪眼】を再び開いたのは言うまでもないだろう。



 約束の十日後、私は日本へ帰って来た。

「おかえりなさい真理さん」

 丁度良い時間に空港にやって来たのは見慣れた黒い高級車と黒田。

「ただいま」

 後部座席に倒れ込む様に車に乗り込む私─後ろで自動でドアが閉まる─。

 結局観光はなし!

 ハードスケジュール過ぎでしょ!?

「いきにハイジャック犯を排除したと聞いています、後ほど報告をお願いしますね」

「うぇ~それって今日やらないとダメなの?」

「そうそう、ご希望のバッグの件ですが、無事今日中に報告を終えたら許可すると、支部長から伝言を預かっています」

「はぁ~相変わらず人を使うのが上手いねぇ」

 だったらブランド物のバッグの為にももうひと頑張りしますかね!

 そう呟きながら私は、広い車内でぐぃっと伸びをした。

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