22:邪神①

 金髪に送り込まれた異世界は、どんよりと薄暗くとてつもなく寒いところだった。正直に言って、春先のちょっぴり厚手なファッションで耐えられる様な寒さじゃあない。

 暖を取るために腕で体を抱き抱えてその場で駆け足。すると足元からパキッだのピシッだの氷の割れる音が聞こえてきた。

 うわっ凍ってるし!

 あーもぅ寒ぃぃ! 剣よりも防寒具を頂戴よね!


 それにしても寒い。

 太陽はどうしたと空を見上げると、そこには皆既日食のときに現れるリングが光っていた。

 へぇ珍しい。

 もう少し見ていればダイヤモンドリングに変わるかしら~と思って眺めていたが、一向に変わる気配はなし。

 もしや天動説を否定するタイプの異世界かな?

『違います。邪神が太陽を食べてしまったのです』

 脳裏に響いたのは聞きなれたティファの声ではなく、もっと高いソプラノボイス。口調からして金髪に違いない。

『金髪って貴女ねぇ?』

『そう言うのどうでも良いから、それより神様って暇なの?』

『失礼ですね。迷い子に道を示すのは立派な神の務めですわ』


 金髪の話によると、この世界は緑豊かな自然溢れる世界だったそうだ。

 ところが邪神が流れてきて太陽を食べてしまった。陽の光を失った世界は、草木が枯れ、食べる物を失った動物も死に絶えた。

 最後に地面が凍りつき、こんな世界になったらしい。


 そりゃあ異世界の人がマジギレするのも解るわー


『さて異世界に干渉するのもそろそろ限界です。

 火の噴く山を目指しなさい。そこに邪神がいます』

 一方的にそう言われた後は、それきり金髪はうんともすんとも言わなくなった。


 助言に従いまずは周囲をぐるっと見渡した。すると東方の空が紅く燃えていた。

 それ以外はすべて灰色の世界だ。あれが火の噴く山に違いない。

 凍りつく大地を踏みしめながら東方へ向かって進んだ。




 山の麓。

「ティファ」

『ニャ』

 これからやることは命懸けでとても忙しい。

 返事と共に擬態が始まり、ティファは私と同じ姿をとった。

「ティファはここに残ってここから私のサポートをお願い」

 かなり離れた場所だが、【遠見の邪眼】を使えば戦いの様子は視てとれる。視えると言うことは他の【邪眼】の効果も期待できるだろう。

「いいのかニャ?」

「相手は邪神でしょう。金髪の話を信じるならば〝神話級ミソロジー〟では〝神級ゴッズ〟に勝てない。

 護る余力はきっと無いから、今回はこのくらいが丁度いいのよ」

「……解ったニャ」

 今回私が使う【邪眼】は決めてある。

 相手の知覚を遅らせる【麻痺の邪眼】、そして敵の行動力の消費を増やす【呪いの邪眼】、最後は暗視に加えて魔力やオーラの流れを視る【看破の邪眼】だ。

 ティファには残りの【邪眼】から防御重視の物を貸した。結果、【遠見の邪眼】に【感知の邪眼】、そして【予見の邪眼】の三つ。

 これ以外の選択肢は無いってほど完璧のはず。




 私はティファと別れてひとりで山を登っていった。

 ここは火の噴く山、つまり火山だ。太陽が呑まれ極寒の世界になっていても変わらぬ超高温の地帯。しかし神の加護のお陰で熱は感じられず、むしろ心地よい。

 だったら寒い方も何とかして欲しかったと思うのは欲張りだろうか?


 火山の火口になにやら影が見えてきた。

 とても大きい。

 いやデカすぎでしょ!?

 ぬぅ~と立ち上がったら校舎くらいの高さになったぞ!?


 下半身が蛇の邪神。

 ヤバッ!

 慌てて近くにあった岩陰に転移して身を隠した。

 三秒先、私は石化して死んでいた……


 下半身が蛇で石化を使うと言えばゴルゴン三姉妹の一人メドゥーサ。


 あーもう金髪ぅ! 蛇を斬る剣の前に鏡の盾をよこしなさいよね!!



 邪神は私が隠れた岩を見つめたまま、火口から動く様子は無かった。どういうつもりなのかは知らないけれど、殺意が低く動きが緩慢なのは有難いわね。

 いまのうちに、ちょっと早いけど【高速思考】を開始。【予見の邪眼】を使ってトライ&エラーを実施した。


 【保管庫】から手鏡を取り出してお姿拝見。

 石化した。


 海外で大人気の某百均ショップの品。どうやら鏡の盾とただの鏡には越えられない壁が存在しているらしい。


 じゃあ顔を見なければ良いのかと瞳を閉じて対峙した。

 石化した。

 怖い顔を見て石化と言う逸話もあったが、どうやら実物は違うらしい。


 そうなると気になるのが石化させている方法と境界線。

 そっと岩陰から腕を出した。

 石化した。


 ……だが視えた。

 【看破の邪眼】が捕えたのは無色透明な石化光線だった。

 やりぃ頭痛発生前に成功したのは久しぶりかも。


 しかし原因が判っても対策は無し。

 つか詠唱無し視るだけで石化なんて、同じ【邪眼】なのに性能が違い過ぎでしょ!?


 いや、同じ……じゃない。

 金髪は言った、私はまだ使いこなしていないと。

 それが出来ない限り、私の勝率は3.83%。まさにこの程度に違いないわ。


『ご主人、ちょっと疑問ニャ』

 山の麓に残してきたティファが話し掛けてきた。

『なに?』

 現在の状況は手詰まりなだけで忙しさは皆無。ティファの話を聞く時間くらいある。

『【邪眼】はより強い【邪眼】には効かないのは知ってるニャ?』

『知ってるわ』

 一度目と二度目の異世界には、私と同じく【邪眼】を使う魔物がいた。

 詠唱も無く、視線を合わせるだけで効果を発揮する【邪眼】はかなりの脅威で、味方にかなりの被害を出した。だが同じく【邪眼】を持つ私には何の効果も無く、絡め手が使えなくなった魔物はむしろ弱い部類だったのを覚えている。


『じゃあニャんでご主人は、いま【邪眼】を分散しているのニャ?』

『え?

 だって【邪眼】は一つの瞳に一つしか装着できないのだから、瞳の数だけ着けるのがもっとも有利……』

 いや違う。いつからそう勘違いしていた?

 一つの瞳に宿せる【邪眼】は一つきり。だけど両目に同じ【邪眼】を宿せないわけじゃない。

『ありがとうティファ、これで戦える』

 【高速思考】無しで、ただ三秒先の未来を視た。

 二つしか瞳を持たない邪神の【邪眼】は、三つの瞳になった私には効かなかった!

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