32:閑話休題
ゲロっ
カエルの鳴き声でも、飲み過ぎて……以下略、ではない。
漢字で書けば『下呂』だ。
今日は大学で所属する温泉同好会の活動で、最寄の温泉地である下呂にやって来た。
ちなみにこの下呂温泉、名前の響きは兎も角、江戸時代の儒学者林羅山が詩文集第三にて「全国の温泉の中で、草津、有馬、下呂が天下の三名湯」と記したそうで、三つ指に入る奴だったりする。
なぜここかって?
年度の始めはいつもここと決まっているそうで、お陰様でサークル割の利いた少々お値打ち価格で泊まれるそうだ。
さて今回の参加メンバーだが、サークルに入ってから一度も出会った事が無い四年生は、今回も卒論が忙しいと言う理由で全員欠席した。
従って二年生で部長の山上とその彼女の多香川に、たまたま出席番号が隣の私と、多香川の高校時代の同級生の佐藤を加えた四人で全部だと事前に聞いている。
待ち合わせ場所の大学前バス停に着くと、どうやら私が一番乗りだったようで、人影はなかった。待ちわびた感が満載に見えるかもだけどそんなことはない。
私の家が大学から遠くて早めに出たのが裏目っただけ。
ちなみにそれぞれの位置関係は、『大学→名古屋→自宅→下呂』の順なので、仕方ないとは言えかなりもにょっとする集合場所だったりする。
私が着いてから五分。
多香川の友達の佐藤が現れた。
手を上げて「やっ」と「おはよう」を交わして二人で並んだ。私と佐藤の現在の関係は、多香川が居ると話す程度の関係なので、この機会にもう少し間を詰めたいところ。
「ねえ佐藤さん」
「なに?」
軽くジャブとばかりに身構える様な素っ気ない返事が返ってきた。
「随分と大きなカバンだけど何が入ってるのかなーって」
いつ襲われるとも知れない異世界生活の経験から、荷物は少なくと言う私が普通じゃないことは知っている。
でもね?
佐藤の持つ荷物が普通かって言うと絶対違うと思うんだ。だって二泊三日の国内旅行なのに小さなスーツケースの上に大きなボストンバッグ乗せてるんだもん。
「んー着替えとか化粧品かなぁ。むしろ高沢さんこそその荷物で足りるの?」
「足りなければ買えばいいかなーってね」
「わっ凄い! そう言うのってカッコいい。憧れるわー」
なんだか勝手に評価が上がったらしい。
そろそろ待ち合わせ時間もギリギリ。
四人きりの参加者のうち半数が居ないとなれば、本当に今日で良かったっけとスマホのスケジュール帳を確認する案件に変わる。それは佐藤も同じのようで、スマホを見てホッとため息を吐いて二人でハハハと渇いた笑いを漏らし合った。
遅れること五分。
白いワンボックスがバス停に停まり、助手席側の窓が開くと多香川が顔出して「やっほー」と手を振ってきた。
いや、まず謝罪しようよ。
しかし彼女は悪びれるでもなく、
「後ろに荷物入れちゃって~」と笑顔で言った。
慣れているのか佐藤は「うん」と明るく返事をして後ろに回った。
まっいいか。
これから楽しい温泉旅行だ、自分から不機嫌になることはあるまい。
大荷物をもつ佐藤、つかすでに乗っていた荷物も大荷物だったけどさ……
それらを乗せても四人でワンボックスだから座る場所には事欠かないのは当たり前、
「うっわ~広っ。やっぱり大きい車はいいねー」と佐藤が言えば、
「でもさぁ大きいと運転が大変そうじゃない?」と多香川が返す。
「どーせあんたは山上先輩の運転でしょー」
「えっへっへーいいでしょー」
待っている間にちょっと打ち解けたかなーと思ったのは早計。やっぱ私ら三人は多香川中心に回ってるわ。
途中で何度か休憩を挟みながら、しかし誰も運転を代わるとは言わず、車は無事に下呂温泉街に到着した。
宿泊するところは民宿では無くて普通のホテルだった。サークル割が利く様な宿だから勝手に民宿だと思っていたのに驚いた。
ホテルなので部屋は別々。
「えっとまずは温泉入る?」
温泉同好会だしーと提案してみたら、
「温泉よりもまずは下呂の街の散策でしょー」
街中には〝足湯めぐり〟をしつつ、〝街歩きスイーツ〟が楽しめるプランがあるのだとか?
「いや俺は飛騨工房で体験学習したいなぁ」
真面目か!?
「はいはいあたし、晃に付き合うから、その後お寺巡りに付き合ってよね」
お前も真面目か!?
私はどうすると佐藤と顔を見合わせた。
佐藤も私と同じく公認カップルの邪魔をするつもりは無いようで……
しゃーない。
「甘味があるなら私も街に行くわ」
それにしても温泉同好会とは一体?
佐藤と二人で街をぶらつき、甘味中心に食べ歩いてた。当然の様に甘味でお腹がいっぱいになりお昼はいらないよねーと笑い合う。
まだ少々ぎこちないが今朝よりもマシな関係になったと思う。
お昼過ぎにホテルに戻り、LINEグループに帰った事を入れて置いて後は夕食まで自由行動にした。
さーてとお風呂はいろー
喜び勇んで行ったのだが、民宿では無くホテルだったのが良くなかったのか、お湯が温泉から引いていると言うだけで、スーパー銭湯となんら変わらない光景に少々ガッカリした。
髪は以前に比べて短くなったとはいえ、夕食後に入った時に洗う方が良かろうと考えて体だけを軽く洗って湯船に浸かる。
最初は一番大きな湯船、真ん中に泡がじゃぼじゃぼと出ている所があり、なんとなくそこの中心に座った。これもスーパー銭湯と変わらず、泡が触れるとお尻が冷たい。
もっと温かい泡を出せないのかな?
続いて電気風呂や立ち湯、そしてエステバスとかを巡り、外へ向かうガラス戸を抜けて露天風呂へ。
「あら真理さん、こんな所で奇遇ですね」
「げっ黒田!?」
「〝げっ〟て、それは酷くないですか?」
「つかなんでここに……いや、やっぱいい。聞きたくない」
「あら残念」
どうせ私の監視に決まってる。
どうしようかと逡巡していると、
「どうしたんです、入らないのですか? いいお湯ですよ」
安い挑発だが、ここで退くのはなんだか負けた気がするよね。
私は彼女の斜め向かいの辺りに浸かって、じっと黒田の方を見つめた。
「どうかしました?」
「胸が浮いてる」
普段のだぼだぼのローブ姿からは想像できなかったが、黒田の胸はかなりの大きさだったようで、それが二つお湯に浮いていた。
「触ってみますか?」
「いや別に……」
それを聞いた黒田はふぅんと少し勝ち誇ったように薄く笑った。
成長期の中学時代に二度も異世界に行って酷い生活をした私は発育がすこぶる悪い。だから私は彼女の様に浮く胸なんて持ち合わせていない。
別に不自由はしていないのだけど、あーいう態度をとられるとやっぱりムカツクのは仕方がないわよね。
嫌な遭遇があったが、温泉旅行はそれなりに悪くない想い出になった。
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