第22話「Fusion——Trinity」
「もしかして……」
茉莉乃と富三郎は将史のことを見た。彼は手元にあった円卓決議の要項を確認すると「やっぱり」とつぶやいた。
「円卓決議は勝利した人の意見が採用される。つまり、羽坂さんが勝つとこの研修制度がフューカインドの新しい研修制度として採用されるんだ。
羽坂さんはさっき言ったよね。『一発で不合格にならない』って。これって、渡邊さんにも当てはまるんじゃない」
北堂ベルは茉莉乃が規定に違反したことを理由に解雇しようとした。ところが友菜の研修制度を適用すると、マイナス点は最大でも20点。茉莉乃の持ち点は10点となり、即不合格にはならない。
「どうしてそんな周りくどいことを……」
「おそらく羽坂殿は気づいておられたのでしょう。拙僧らが考えたプレゼンでは勝てないと」
富三郎の言葉に将史が唇を引き締める。
「拙僧らのプレゼンは渡邉殿の解雇そのものが不当である、と訴えるものだった。しかし渡邉殿が規定を犯したことは事実。既存のルールでは相手に押し切られてしまう。だから、彼女は
茉莉乃は再び前方に目をやった。そこにはプレゼンが映し出されたスクリーンを背景に汗を飛ばす友菜の姿があった。
「このポイント制を導入するにあたってやることはたった三つです。一つはどういった行動に対してポイントを付与・没収するのかを事前に決めること。二つ目は試験官に点数の付け方を共有すること。そして三つ目は研修開始時に新入社員へ基準を公表すること。この三つを行うだけで、あとはいつも通り研修を実施するだけです」
VIP観覧席。
「すごいわね」
友菜のプレゼンを見ていた鉄治は呟く。
「よく三日で作れたわね。しかもまだ一年目でしょ」
「あぁ……」
鷲山銀華取締役は空返事した。
まるで何か考え事をしているかのように友菜のことを見つめる。
鉄治は友菜が三日でこの施策を考えたと思っているが、実際は違う。
彼女は
なぜ、できたか。
言わずもがな、
***
2021年4月19日 午前0時23分。
千葉・浦安 フューチャー・スタジオ・ランド・ホテル 1階ロビー。
暖色系のライトが照らすロビーの中で羽坂友菜は立ち上がる。目の前には一枚の〝オーディオスペクトラム〟。
「じゃあ、まずランダムに単語を出して」
友菜の前に〝ディスプレイ〟が表示される。
——クトゥルフ神話。
「二十世紀にアメリカの小説家ハワード・フィリップス・ラヴクラフトが描いた小説世界を元に構築された架空の神話です。コズミック・ホラーをコンセプトに数多くの著名な作家が神話の発展に協力し、現在でも新作の創刊が行われています」
「じゃあ、これと新人研修制度を〝
クトゥルフ神話が書かれた〝ディスプレイ〟の横に別の〝ディスプレイ〟が表示される。フューカインドの新入社員研修の実施要領だ。
二つの〝ディスプレイ〟が接近する。
まるで原子と原子が衝突するかのように、お互いの輪郭が触れると眩い閃光を放った。その光量は太陽を思わせたが、友菜にしか見えていない。友菜は棒立ちしたまま目を細めた。
やがて二つの〝ディスプレイ〟は溶け合うように一つになった。
〝ディスプレイ〟には
「ポイント制合否基準の導入」
と題された書類が表示されていた。
『クトゥルフ神話をベースにしたTRPGゲームでは、いくつかのポイントによってゲームの展開が変わります。これと同じように新入社員の持ち点に応じて研修の結果を変えるというものです』
まるでガラス瓶に猫を入れるかのように、
宇宙飛行士を馬に乗せるかのように、
本来交わることのない二つの事柄を結びつけ、新しいものを〝創造〟する力。
それが、セヴァインの第三の力。〝フュージョン〟。
「よし、これで行こう。あとは、どうやって伝えるかだけど……」
『それについては友菜さま、ポップアップピッチというプレゼン技法を習得してみてはいかがでしょう』
「なにそれ?」
フュージョンで生成された〝ディスプレイ〟の隣に新しい〝ディスプレイ〟が出現する。
『ダン・ロームという人物が開発した手法で、ハリウッド映画でよく使われる感情の起伏に合わせてプレゼンを行うというものです。
プレゼンの最後には感動的なクライマックスが用意されていますので、体感した聞き手は思わず商品を購入してしまうそうです。実際、彼はこの手法を用いて大手銀行との商談を成功させています』
友菜は腕組みをして考える。
これから自分がするべき仕事量と溢れ出る思いを比較する。
やがて彼女は「勝てるなら、やるしかないね」と苦笑いした。
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