羽坂友菜は円卓を回す〜〜最強スキルで社会人一年目からやり直そうとしたら、まさかのクビ!?〜〜

名無之権兵衛

第一部

第1話「転生?転移?人類知?〜なんか設定がややこしい気がするけど、クビだけは勘弁して!」

 2024年2月29日 午後9時59分。

 東京・赤坂 赤坂ビル 10階・フューカインド戦略事業部オフィス。


 誰もいないオフィスで、

 帰りのタイムカードを押し、デスクに座る。


 パソコンの画面を見つめ、無心で書類を作成していく。明日、上司にチェックしてもらわないといけない書類だが、まだ半分も終わっていない。


 真っ暗なオフィスで聞こえるのはキーボードの打鍵音とマウスのクリック音。そして早く帰れと囁く時計の針の音。同僚たちはすでに帰路についたが、羽坂友菜はまだ帰ることができない。


「フーッ、フーッ」


 まるで放射能汚染区域でハッキングを行っている諜報員のように浅い呼吸をしながら、彼女は書類を作成していく。


 一昨日の定例会の議事録。来年度の戦略について3時間以上話し合われた内容はA4用紙40ページ近くになる。こんな長編を果たして何人の人間が真面目に読むだろうか。考えると目から熱いものが溢れそうになり、堪える。


 代わりに漏れるのは、


「フーッ、フーッ、——————————————————






 目を閉じてから意識がなくなるまでは、驚くほど一瞬だった。










{

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   INVALID_EXPRESSION_ERR: 51,

   TYPE_ERR: 52

  },......






 2021年4月1日 午前9時30分。

 東京・日本橋 日本橋ホール 大ホール。


 声が、聞こえる。


「これからの君たちに託された使命は……」


 しわがれた、けれども芯の通った声。


(……誰?)


 友菜はうっすらと目を開ける。

 眩い光が彼女を襲う。さっきまで薄暗いオフィスで作業していたはずなのに——。目をつぶり、混乱する意識を落ち着かせる。


 ゆっくりと、瞼を上げる。

 一回まばたきをして、大きく開いた。


 目の前には大きなイベントホール。

 周囲にはリクルートスーツを着た男女が壇上を見つめていた。


 壇上では立派な髭を生やした老翁がマイクの前で口を動かしている。


(ここはどこ? あたしはさっきまでオフィスにいたはずじゃ……)


 そこまで考えて友菜は思考を止める。


 彼女はこの光景を知っていた。いや、


(これって、あたしの会社の入社式?)


 真っ先に頭に浮かんだのは「Why?」。出されたanswerは「走馬灯」?「夢」?

 それとも…………




『お目覚めですか、羽坂友菜さま』




 脳を震わせるかのような声が響く。突然の出来事に友菜は声を上げそうになったが、すかさず手で口を覆った。


『驚かせて申し訳ございません』


 目の前に〝ディスプレイ〟が現れた。オフィスにあるような物理的なディスプレイではない。SF映画で見るような一ミリにも満たない液晶が、彼女の眼前で何の支えもなしに浮かんでいた。


『わたくしはセヴァイン。貴女さまをサポートするシステムです』


 ディスプレイには一本の線が引いてあり、その中性的な声に応じて太くなったり細くなったりする。


(……セヴァイン?)


『はい。わたくしは14.1768.0世界に転生された貴女さまを〝人類知じんるいち〟を用いてサポートさせていただきます』


 14.1768.0世界、転生、ジンルイチ……?


 聞き慣れない単語が脳の容量を圧迫する。


『つきましては……』

(待って!)友菜は思った。


(あたしはまだ状況が理解できていないんだけども、つまりどういうこと?


   死んだの、あたしは?)


 セヴァインはしばし沈黙すると『正確には違います』と回答した。


『貴女さまの魂は死の間際、異世界に一時的に転送されました。異世界といっても貴女さまがいた世界とは似て非なるパラレルワールドです。


 このパラレルワールドで貴女さまがある目的を達成された時、神は貴女さまを元の世界へ戻すことにしたのです。そして、わたくしが創られました』


(つまり14なんとか世界って、あなたたちが呼ぶの世界の名称ってことね)

『はい。理解できておられないのに使ってしまい、申し訳ございません』


(ジンルイチっていうのは?)

『人類が蓄えた知識のことです。この世界の人類が経験し、獲得した知識が収められたデータベース、それが〝人類知〟です。わたくしはそれに自由にアクセスすることができます』


(SiriやAlexaみたいなもの?)

『それらの最高傑作バージョンとお思いください』


(で、あたしが元の世界に戻れる目的っていうのはなに?)


 待ってましたと言わんばかりにセヴァインは声のトーンを上げた。




『世界一のグローバル・コンサルティング企業、

 フューカインドのトップになることです』




 二人の間に沈黙が流れた。


 周囲を拍手が包む。壇上にいる老翁の話が終わったのだ。

 友菜も他の人々と一緒に拍手をすると、(なるほど、ね)と思った。


(ねえ、セヴァイン。あなた、人類の全てを知ってる、って言ったよね)

『その通りです。貴女さまが望む情報は何でもご提示いたしましょう』


(そう。なら——




   今すぐ、新しい転職先を探して)




『What's!?』


 彼——性別は分からないが、とりあえず「彼」と呼ぼう——その顔は見えないが、目を丸くしているのが声からわかる。


(当たり前でしょ。残業月平均150時間、休日サービス出勤ありの完全週休2日制、有給休暇実質なし、手当は交通費のみ。そんなブラック企業で頂点目指せだなんて、殺し屋専門ダイナーで三つ星を撮ろうとするようなもの。辛い思いして元の日常に戻るより、この世界で悠々自適にやりなおした方が——)


『Wait Wait、友菜さま。貴女さまは何か勘違いされているようです』

(へ?)


『それは貴女さまがいた世界線のフューカインドです。

 ここはパラレルワールド。

 1%違うだけで世界はガラリと変わる。蔓延するはずだったウイルスは絶滅し、死ぬはずだった人間も生きながらえる。貴女さまがいた世界線より14.1768%違うこの世界のフューカインドは、世界に誇るホワイト企業として名を馳せているのです』


(世界一のホワイト企業?)


『はい。初任給100万、実働6時間、週休3日で残業はほぼなし。これほどのホワイト企業他にはございません』


 頭が真っ白になった。友菜の頭には宝石のように恋焦がれても手に入れることのできなかった言葉が……。


「初任給100万、実働6時間、週休3日で残業なし……」


 思わずつぶやく。隣の人が見ている気もするが無視する。


(これは————)


 友菜の頭に一つの決心が芽生える。


(これは絶ッ対に生き残るしかない!!)


 セヴァインのため息が聞こえる。


『よかった。一時はどうなるかと——』


(でも、頂点を目指すつもりはないよ)

『Excuse me?』


(だって社長になったら元の世界に戻っちゃうんでしょ。だったらこの世界で定年までのんびり働いて一度しかない人生を謳歌するよ)

『Oh……』


 セヴァインはしばらく黙ったが、やがて諦めたのか『仕方ありませんね』と言った。


『ですが、わたくしは貴女さまの一部。何か調べものの時にはぜひお呼びください』

(OK、アレクサ。ひとまずそのディスプレイを閉じて)


 友菜の言葉と共に〝ディスプレイ〟は閉じ、セヴァインの声も聞こえなくなった。


(さて、どうやって生き残ろうか)


 友菜は前の職場で痛感させられた。


 張り切りすぎると潰される。


 周囲から嫌われないために初手からフルスロットルで働き始めると、上司は(コイツ、まだやれる)と勘違いし、どんどん仕事を回すようになる。


 その結果待ち受けるのが残業地獄と休日出勤だ。友菜は新しい職場に行ったら実力の6割で働こうと決めていた。そしたら上司から仕事をたくさん回されても、余裕を持って対処することができる。


 気づけば入社式は終わり、壇上には誰もいなくなっていた。新入社員たちは束の間の緊張感から解放されたのか、近くの同輩と歓談している。友菜も伸びをし、凝り固まった脳をほぐそうとした。


 そのとき、壇上に一人の女性が立つ。人事部の人だろうか。

 彼女はマイクを持つと静かにこう言った。


「では、このまま〈一次研修〉に移ります。新入社員の皆さんはしばらくお待ちください」




   ——会場全体に緊張が走る。




 先ほどまでの喧騒が嘘のように、ホールは静寂に包まれた。談笑していた新入社員たちは神妙な表情となり、鞄から参考書を取り出したり、単語帳アプリを起動させたりして、最後の追い込みとも言える勉強を始めた。


 友菜だけが困惑していた。彼女の世界では入社後にビジネスマナーなどの研修を行っていたが、「〈一次研修〉」という名前ではなかった。何より、ここまで張り詰めた空気は漂っていなかった。


 友菜は隣に座る女の子に声をかけた。


「ねえ、〈一次研修〉ってなにするの?」


 彼女は驚いたように目を見開いた。


「えっ『地獄の新人研修』を知らないの?」


(地獄の新人研修? なんだそれ)


「今日から一ヶ月の間に五回行われて、そのうち一回でも合格点に満たないと即クビになる研修という名の採用試験だよ。フューカインドうちでは例年、半分以上の新入社員がこの研修でクビになるんだよ」


 友菜は目をパチクリさせた。


(ナニソレ!?)


 入社して一ヶ月以内に半分以上がクビになる企業。これも世界線が変わったことによる影響なのだろうか。


 友菜の困惑をよそに隣の席の彼女は続ける。


「ちなみに試験の内容は例年ほとんど同じで、〈一次研修〉は筆記。一般教養と専門科目が組み合わさったテストだよ。ちゃんと勉強していればまず合格するはずだけど……」


 隣の席の彼女は友菜が〈一次研修〉の存在を忘れていたことを思い出して気まずい顔をした。彼女が察する通り、友菜は〈一次研修〉の勉強をしていない。なんなら数十分前まで暗闇のオフィスで書類作成を行なっていたのだ。


 居心地が悪い空気を掻き消すように人事部の声が聞こえる。


「準備ができましたので、移動を開始します。左の列からついてきてください」


 新入社員は椅子から立ち上がり、一糸みだれぬ動きで移動していく。

 友菜たちが動く時になって、隣の席の彼女は友菜のことを見た。


「ま、まあ6割取れれば合格するから、大丈夫だよ……多分」


 最後の「多分」に友菜は苦笑いを浮かべながら歩き出した。けれども、その歩みに緊張はこもらず、むしろ落ち着いていた。


(筆記試験といってもSPIみたいなものでしょ。学生時代はSPIが得意だったし、三年経つけどなんとかなるでしょ)




   ***




 2021年4月1日 午前10時30分。

 東京・日本橋 日本橋ホール 大会議室1001。


 試験開始の合図とともに問題用紙を開く。

 制限時間は60分。


 問題は一般教養試験が2問、文学や生物学など30近い専門分野からそれぞれ出題される専門科目試験が1問の計3問だ。


 3年近く社会人をしてきた友菜に専門科目試験を解ける自信はない。だから一般教養試験で満点をとり、専門試験で残りの十点を狙う、という作戦で挑んだ




   のだが……、




 第一問

 黒玉3個、赤玉5個、白玉4個、青玉2個が入っている袋から玉を1個ずつ取り出し、取り出した玉を順に横一列に14個すべて並べる。どの赤玉も隣り合わないとき、どの黒玉も隣り合わない確率を求めよ。




 第二問

 2020年から小学校5、6年生で英語が指導教科に追加される。この問題についてあなたの意見を具体例を挙げながら英語で答えよ。英文の長さは200語程度とする。




(……なにこれ? 確率に英文エッセイ?)


 とりあえず手を動かしてみる。まずは確率の問題。丸を14個書き、黒、赤、白、青と丸の中に書き込んでいく。確率の問題ではお馴染み、全て書き出す解き方だ。


 誰でもできて確実に解ける手法だが、14個の重複した玉の並べ方は2522520通り(同じものを含む順列の公式は「(p+q+r...)!/p!q!r!...」だよ!)。これからの人生をかけても正解を見つけることはできない。


 ならば、と英文エッセイを書き始めるが、社会人三年目かつ在学中にほとんど英語を使ってこなかった彼女にとっては高校以来の英語になる。be動詞や過去形など基本的な文法事項は思い出せても、それらを組み合わせて自分の意見を書くにはGoogle翻訳が欲しかった。


 気づけば三十分が過ぎていた。


 背中が汗ばむ。


「不合格」の三文字が浮かぶ。


(あれ? あたしの華やかな二周目、ここで終わり?)


 そのとき、目の前に〝ディスプレイ〟が現れた。


「……ッ!」


 声が出そうになるのを必死に堪える。


『お困りのようですね。お手伝いいたしましょうか』


 さらに〝ディスプレイ〟が2枚表示される。例えば、それは「条件付き確率」と書かれていたり、「英文エッセイの書き方」と書かれていたり。


『わたくしはセヴァイン。〝人類知〟を使って貴女さまをお手伝いいたします』

(でも、それってカンニングじゃ……)


 途中まで思って奥歯を噛み締める。


 正論を振り翳したところで、この試験に落ちてしまえば、夢のホワイト企業ライフも消滅してしまう。


 道理を守るか、幸せを捨てるか。


 彼女の選択は————




(セヴァイン、力を貸して!)




『かしこまりました』


 彼の一声と共に、友菜の周囲を〝ディスプレイ〟が取り囲んだ。


『取り組まれている問題の解答と類題を解説した記事を表示いたします。丸写しは怪しまれますので、これらの記事を参考に解答を作成してみてはいかがでしょうか』


 〝人類知〟。人類の知識と経験が記録された媒体。


 セヴァインはその全てにアクセスすることができる。


 目の前の試験の解答や参考文献を提示することなど朝飯前だ。


 友菜はいくつかの〝ディスプレイ〟をスマホのようにスクロールした。


(……いける!)


 ペンが解答用紙を滑り出す。そこに一切の迷いはない。

 五分も経たないうちに第一問の答案を完成させ、第二問も十分で書き切った。


 残るは専門科目、一題。




 友菜が選んだのは————数学だった。




 問

  実三次元空間内の楕円体x^2/α+y^2/β+z^2/γ=1を考える。Lagrangeの未定係数法を用いて、楕円体表面上でのF=xyzの最大値とその最大値を与える(x, y, z)をすべて求めよ。




 彼女は学生時代、数学を専攻していたわけではない。むしろ学部はゴリゴリの文系だった。それでも彼女が数学を選んだのは残り時間が十分しかないからだ。答えが抽象的な文系分野より、明確な答えが存在する理系科目の方がセヴァインの〝人類知〟を活かせると考えたのだ。


 全神経を解答用紙に集中させる。まるで目から火花が走っているかのように、脳の回路が全て開かれているかのように。鉛筆を走らせること以外、考えることは許されず、時間感覚すらも消え失せて、ただひたすらに


 前へ。


 前へ————!!!




「そこまで!」




 試験監督の声が響き、場内の緊張は一気に緩んだ。

 友菜は大きく息を吐いてシャーペンを机の上に転がす。目頭を押さえ、天を仰ぐ。


 不安はあった。

 罪悪感もちょっぴり。


 けど、試験が終わった友菜に未来を変えることはできない。

 あとは、祈ることしかできない。




 一時間後、合格者が発表された。


 果たして合格者一覧に羽坂友菜の名前はあった。


『おめでとうございます』


 セヴァインの賛辞をよそに友菜は胸を抑えた。


 彼の力を借りなければ、自分は間違いなく落ちていた。

 良かった、と思うべきなのか。悪いことだ、と思うべきなのか。

 確かなことは、この力をあまり使ってはいけない、ということだ。


(だって、不公平でしょう。あたしだけが特別だなんて)


 そして彼女は決断した。

 この力はあまり使わないでおこう。


 正々堂々、自分の力で勝ち抜いて見せるのだ。




   しかし————




 2021年4月1日 午後2時30分。

 東京・日本橋 日本橋ホール 会議室907。


「終わった……」

「……もうだめだ」


 会議室にいる全員が膝をついていた。

 彼らの前には一人の男が肘掛け椅子に腰掛け、頬杖をついている。


 男の髪はムラがないほど銀色で、肩まで伸びていた。

 彼こそは、紛うことなきフューカインドの上層部が一人。




   鷲山銀華 取締役第十席




 二十五歳にして取締役の座まで上り詰めた秀才である。


 彼を前に、友菜は自らの意志でセヴァインの能力を使うことになる。






——————

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引き続き、拙作をよろしくお願いいたします。

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