第8話「豪雪雷雨〜たまには短めのタイトルを」

「こちら、フューカインド人事部です。ザザ……〈三次研修〉の受験者にお知らせします。ピー……ただいま、積乱雲の、ザザ……異常な発達を確認しました。これ以上の、ザザ……試験続行は不可能と判断し、ピー……試験は中止します。受験者は、ピー……救援隊が来るまで、ザザザ……その場で待機してください。繰り返します——」




 将史のリュックにぶら下がったトランシーバから突如として流れ出したアナウンス。


 一同は顔を見合わせた。


「これって額面通り受け取っていいのかな?」

「運営側のトラップ?」


「それはないんじゃないか。トランシーバーは非常用の装備だ。それを使ってくるってことは……」

「拙僧も同じ意見ですな。フューカインドは難関されど卑劣ではござりませぬ。これは非常事態と————」




 一瞬の出来事だった。


 全天が真っ白に包まれて————








                     


                     


                       


                     ‼︎






 全員が耳を塞ぎ、目を瞑る。


 友菜と茉莉乃はあらん限りの悲鳴をあげる。


 まるで無限とも一瞬とも思えるほど長くて短い閃光が収まる。


 ゆっくりと瞼を開けると、さっきと同じ場所のはずなのに別世界に迷い込んだかのような心持ちになった。




   カシャン




 足元に何かが落ちる音がした。茉莉乃は「キャッ」と友菜に抱きつく。


 物体は原型を留めていないほど真っ黒に焼け焦げていた。


(カラス……?)


 様子を見る三人をよそに坊主頭の富三郎が物体に近づき検分する。

 そして、目を大きく見開いた。


「お三方、これをご覧あれ」


 三人は富三郎が指さした方を注意深く見つめた。

 黒い物体の側面には、焼け残ったステッカーらしきものが貼られていた。


 そこに書かれていたのは————




   フューカインドのロゴ。



 背筋がゾクッとする。


「人事の人は、ドローンであたしたちのことを監視してるって言ってたよね。そのドローンが雷に打たれた……」

「電波も通じぬ、拙僧らの居場所を知る手がかりもない」

「ねえ、それって……」


「俺たちは遭難したってことか?」


 将史の言葉を最後に雨足はさらに強くなった。


 大粒の雨は土を、葉を、枝を穿つ。


 遠くで雷鳴が聞こえた。




   ***




 2021年4月9日 午後3時32分。

 長野県尾長岳 山中 標高2035m。


 雨は一向に止まなかった。


 四人は非常セットに入っていた雨具とレスキューシートに身を包み、木の幹にもたれて救助が来るのを待っていた。


 レスキューシートのおかげでだいぶ楽になったが、それでも徐々に体温が失われていく感覚がする。


「クシュン!」


 隣で茉莉乃がくしゃみをした。登山経験があるわけでもないから無理もない。だからといって、このままくたばっていいわけがない。


 友菜はセヴァインを使って雨雲レーダーの情報や遭難した時の対処法について調べていた。雨雲レーダーによると、現在、尾長岳の上空には線状降水帯が発生しており、一時間あたりの雨量は三十ミリというバケツをひっくり返したような雨が降っていた。(※1)


 遭難に関する記事や書物を一通り読み漁り、さてどうしたものかと友菜は思考する。


 状況は極めて厳しい。自力で目的地まで向かうか救助を待つかの二択であるが、自力で目的地まで行けるのであればもう行っている。こうして足止めを喰らっているということは救助を待つしかないのだろう。


 セヴァインから得た予報では一時間後に雨は止むという。ならば、それまで待機した方がいいのか?


(それまで皆んなが耐えれれば、の話だけど)


 友菜は三人を見た。茉莉乃は鼻を啜りながら熱を一ジュールも逃すまいとレスキューシートにくるまっている。優等生の将史も鼻を啜りながらマップ(濡れないよう透明な袋に入っている)を凝視していた。


 一方、坊主の富三郎は二人とは違い、座禅を組みながら何やらお経のようなものを唱えていた。般若心経か南無阿弥陀仏か雨の音で聞き取ることはできない。


 そのとき、彼の目がギンッと開いた。そのまま目の前にいる友菜の顔をじっと見つめる。


 まさか、でも思いついたのか。友菜は座ったまま後退りしようとしたが——


「嫌な予感がいたします」


 坊主の言葉に将史と茉莉乃も顔を上げた。


「嫌な予感って?」


 茉莉乃は鼻水を啜りながら聞いた。


「拙僧、こう見えて学生時代には浄土宗の寺に籠り修行をしていたで候う」


(だろうね)三人は思った。


「場所は山の奥深く、気候は不安定なり。そこは年に数回、土砂崩れや岩雪崩が起きるほどの大雨が降りまする。そういった日には決まって産毛がそばだち、空気が震えている感覚がするのです」


「……なにが言いたいんだ?」


 将史は体を縮こませた。声音から若干イラついていることがわかる。

 富三郎は臆することなく彼を見た。


「今の山の状態はその状態に似てまする。即ち——


   間も無く土砂崩れが起きようとしていまする」






——————

※1:https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yougo_hp/amehyo.html

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