第40話「PAPARAZZI」
2021年2月20日 19時23分。
東京・赤坂見附 京懐石・燕亭 店前。
幹線道路の一つである外堀通りから西に外れた地区には、大小様々な雑居ビルが敷き詰められており、周辺で働くオフィスワーカーたちの飲み屋街となっていた。
価格帯はピンからキリまで。自称・ビール一杯二百円の割安居酒屋から最低価格数万円のコースを提供する料亭まで。昼は閑散とした路上も、夜になれば様々な人種が入り混じる。その「様々」には政治家からピンサロ嬢まで。まさに〝様々〟だ。
そんな飲み屋街の奥まった場所、一車線しかない小道を友菜と東崎は歩いていた。しかも堂々とではなく中腰で、時には街灯や街路樹に隠れながら
彼らの視線の先には一人の中年女性がいた。全身ブランドもので着飾り、自分の立場を周囲に誇示しようとしている女性。
三賀森物産・元専務の三賀森康代だ。
金融部・井場との円卓決議が決まってから友菜たちはまず、三賀森物産の営業外損失を確認した(営業利益から経常利益になるまでに引かれる損失のこと。主に支払利息や有価証券売却損などが含まれる)。確かに、三賀森物産が抱える負債の額は月を追うごとに膨らんでおり、フューカインドと契約してからはさらに大きくなっていった。
この多額の負債について調べてみると、借主は康代であることがわかった。彼女は専務を解任されるまでの三ヶ月間で約二〇億三〇〇〇万円の借金をしていた。その使い道のほとんどが「取締役特別経費」として計上されており、使途はわかっていない。
話を聞いた社長の三賀森靖気は困惑を隠せなかった。
「経常利益が赤字なのは御社と契約したからだと思っていました。まさかお
敏腕の経営者であれば営業利益が大幅増にも関わらず経常利益が赤字であることに不信感を覚え調査するが、靖気はまだ二回留年した社長一年生。そこまで頭が回らなかった。
友菜たちが康代の居所を尋ねると、靖気はまたしても困った顔をした。
「それが、しばらく姿を見ていないんです。電話をしても繋がらないですし。騙し討ちみたいな形で専務を解任させましたから、そっとしておいた方が良いかと思い、それ以上のアクションはとっていません。ですが……」
と、すぐに険しい表情をすると、
「無断で会社に借金を背負わせていることは承服できません。当社の方でも調べてみましょう」と言った。
そうして判明したのが彼女が毎週金曜日に赤坂見附にある料亭、京懐石・燕亭に足を運んでいる、ということだった。
燕亭は武家屋敷のような外観をしており、雑居ビルがひしめく街道の中で異質なオーラを放っていた。そんな異世界の入り口である和風門を康代はおぼつかない足取りで潜っていく。
「やはり入っていきましたね」
友菜はサングラスをかけた目で東崎のことを見た。彼もまたサングラスをかけている。黒のアフロヘアにサングラスという笑うしかない状況を必死に堪えながら友菜は再び視線を料亭の入り口に向けた。すでに康代は入店した後で、その後誰かが入る様子もない。
そのとき、彼女の視界に〝ディスプレイ〟が現れる(久しぶりのセヴァインの登場だ!)。
『友菜さま、お知り合いの方が接近しております。いかがいたしますか?』
(……知り合い?)
セヴァインの声に友菜は眉を顰める。フューカインドの社員は本社がある三田周辺で食事をとる。赤坂見附まで足を伸ばす者は、少なくとも友菜が知る限り一人もいない。
一体誰が、とセヴァインが表示した〝ディスプレイ〟を見て驚いた。
なんと、井場伯人が映っていたのだ!
心拍数が跳ね上がる。映像は通りのコンビニエンスストアの防犯カメラのもので、その様子を見る限り彼はまだ二人に気づいていないようだった。だが、その距離は数十メートル。あと1分もしないうちに彼と邂逅することになる。
「せ、先輩。ちょっと……」
友菜は東崎の腕を掴むと、すぐ近くの雑居ビルに入った。そのビルの地下には怪しげな雰囲気のバーがあり、二人はブラックライトの間接照明に照らされた階段を少し降りたところで、地面から顔を出すように外の様子を伺った。
やがて井場が二人の前を通り過ぎる。よもや二人がいるビルに向かってきたらどうしようかと思ったが、そんなことはなかった。それどころか、驚くべきことに彼は先ほど康代が入っていった京懐石・燕亭に入っていくではないか。
友菜と東崎は顔を見合わせた。
「入っていきましたね」
「あぁ、入っていったな」
顧客会社の元専務と、そことの契約を破棄しようとしている張本人が同じ店に入って行った。
偶然と考えるには無理がある。
「康代さんと井場さんは繋がっている?」
「しかし、どうして?」
答えは料亭の中にある。
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