第41話「ああ人生に鷲山銀華あり」
答えは料亭の中にある。
二人はお財布の心配をしながらも、覚悟を決めて(もしかしたら経費で落ちるかもしれないという淡い期待を胸に)燕亭に入店しようとした。
だが、
「申し訳ございません。当店は一見さんはお断りさせていただいておりまして」
店の入り口で着物姿の老婦人に深く頭を下げられた。老婦人は真っ白な鶴が織られた黒の着物を纏っていた。
高級店、しかも京懐石の店であれば当たり前のことなのか。二人はなんとか入れてもらうことはできないか交渉したが、彼女が首を縦に振ることはなかった。目と鼻の先に重要な手がかりがあるかもしれないのに。二人は苦虫を噛み潰したような思いで店を後にした。
「どうする」東崎が尋ねる。
「ここで引き返すか?」
友菜は目を瞑り、考えた。セヴァインを使えば中で何が起きているか把握することは容易いが、それでは意味がない。物的証拠がない以上、シラを切られれば元も子もない。
かといって不法侵入は許されない。なら、正規のルートで店内に入るしかないが、すでにこの店に入ったことがある人と知り合いでなければならない。
(そんな人、知り合いにいるわけ……)
————いた。
彼女の知り合いに一人だけ。
***
2022年2月20日 19時45分。
東京・赤坂見附 京懐石・燕亭 店内。
「それにしても、分不相応なお客様でしたね」
廊下を歩きながら薄紅色の着物を身につけた従業員が言う。
「ホント。スーツにサングラスだなんてふざけた格好して」
隣を歩く同僚も同調する。
「きっと芸能記者か何かですよ。世間を煽るような記事を書いて、自分が神様か何かだと勘違いしてるんですよ」
「もしくは株で儲かっちゃった成金さんとか。うちにもたまに来て粗相するじゃない。ホントイヤになっちゃうわ」
「お二人とも、勤務中におしゃべりとは感心ですね」
後ろから女将の声がする。二人の従業員はピタリと立ち止まり、女将に向かって深く頭を下げた。女将は鶴が設られた黒い着物を身につけていた。
「お、女将さま……」
「申し訳ございません」
女将はツツツと歩を前に進めると、二人を交互に見た。
「確かに失礼な来訪客はいらっしゃいますが、店内にいるお客様にそれを感じさせてはなりません。くれぐれも気は抜かないように。邪魔者の排除も我々の仕事の一つなのですから」
そのとき、「女将さま!」という掛け声と共に別の従業員が現れる。
「さ、先ほどのお二人様が再び入店を求めて参られました」
「なんですって?」
女将は珍しく声を張り上げた。
「とっとと追い返しなさい」
「そ、それが……」
従業員は頬を赤らめる。
「もう一人お連れの方がおりまして……」
入り口に向かった女将と従業員一同は開いた口が塞がらなかった。
銀色の長髪、碧い瞳、すらっとした長身。
サングラスをかけ、ニヤニヤとする友菜と東崎の前にはフューカインド取締役・第十席の鷲山銀華がいた。
「すまない、飛び込みなのだが空いているかな?」
グローバル企業の取締役を燕亭の従業員が把握できていないはずがない。
すぐに店内に案内された。
***
2022年2月20日 19時27分。
東京・三田 フューカインド本社 15階・取締役室。
ちょっと前の話。
仕事が終わった鷲山銀華はコートを着て帰りの支度を行っていた。
扉をノックする音がするので「どうぞ」と言う。この時間に取締役室に入ってくる人間は限られていた。
「あら、ちょうどいいタイミングね」
部屋に入ってきた秘書の黒梅鉄治は黒のパンツスーツ(レディース)にベージュのダッフルコート、口紅とアイラインを引いていた。
「このあと予定あるかしら?」
「特にないが、どうかしたか?」
「実は一緒に行きたいお店があるんだけど、どう?」
「僕と?」
「いいじゃない。幼馴染同士、たまには腹を割って話してみない?」
銀華と鉄治は幼稚園の頃からの幼馴染で、その時から銀華がボス、鉄治が秘書というポジションだった。
(別に腹を割って話す機会はいくらでもあると思うが……)
そうは思うものの、このあと急ぎの予定はない。久しぶりに幼馴染と酒を飲むのも悪くないだろう、と銀華は彼の誘いを承諾した。
なのだが————
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます