第32話「道——But I'm not alone」
昔から自分の声が嫌いだった。
男のはずなのに声が高い。喉仏だって大きくならない。
周りから奇異の目で見られるのが嫌で、この声が醜く感じて、
何度も、
何度も、何度も、
掻きむしり、掻きむしり、時には刃を当てた。
でも————
「私は大好きだよ、その声」
彼女の声が今も心の中で燻っている。
生きる糧となってくれている。
今はもう亡き、妻の言葉が————————
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三賀森靖気は話し出した。
始まりは去年の七月、一人の男が三賀森物産を訪ねた。
『蛇雪コーポレーションの浅田と申します』
男はそう名乗り、この会社の経営コンサルティングをさせてほしいと申し出た。
この時の三賀森物産は火の車だった。
五年前に先代社長とその一人娘が相次いで他界。急遽、婿養子だった靖気が跡を継いだが、経営のノウハウが備わっていない彼は何もできず、義母にあたる康代に任せきりの状態だった。
かくいう康代も経営の腕があるわけではない。会社の業績は悪化の一途を辿り、一昨年の決算はこれまで維持してきた黒字から赤字に転じた。
そんな折に現れた経営のプロフェッショナル。二人は藁にもすがる思いで浅田と契約を結んだ。
しかし、その契約はおかしなものだった。
「あの時点で怪しいと気づくべきだったんです」
靖気は悔恨をこぼす。
浅田との契約内容はこうだ。
『何か経営で困ることがあれば
靖気と康代は経営コンサルティングがどういうことをやるのか知らなかったため、なんの疑問も持たずに契約を結んでしまった。
そして二人は経営で行き詰まることがあると浅田に相談した。経費に関することや、従業員に関すること、確定申告に関することまで。浅田は懇切丁寧に答えてくれた。二人はその度に相談料として十万円を支払った。相談はひと月に十回を越えることもあった。
やがて靖気は浅田の手法に疑問を抱くようになる。
いくらなんでも一回十万円は高くないか。中には一言しか答えがないものもあり、十万円の価値があるのか怪しく思うようになった。
そこで初めて彼は経営コンサルティングの本を読み、浅田の手法がメジャーでないと知った。
今すぐ契約を見直すべきだ、と康代に言ったが彼女は聞かなかった。
『あの方にはあの方なりの方法があるのよ。大丈夫。あの方に相談していれば、全て上手くいくわ』
康代の意見は三賀森物産の意見と同じだった。お飾り社長の靖気は何もすることができない。
そんな折、川手将史が三賀森物産を訪れ、フューカインドのサービスを紹介した。フューカインドはそれぞれの会社に合わせたシステムを設計し、提案する。
川手の拙いトーク術であってもフューカインドというブランドと高品質なサービスは二人を食いつかせるのに十分だった。靖気もフューカインドのことは知っていたため、これで浅田と手を切ることができると安心した。
だが、康代が言い出す。
『やっぱり、一度浅田さんに相談した方がいいかしら?』
そして浅田は言った。
『あそこは海外資本の詐欺集団のようなところです。相手するのは一流企業だけ。中小企業は大手で開発したサービスを流用させているに過ぎません。個別にカスタマイズすると言っていますが、いざ契約してみるとあれはできない、これはできないと言い出しますよ』
それが友菜たちが訪ねる四日前の出来事だという。
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2021年8月6日 午後3時53分。
東京・新宿 インペリアル・ホスト新宿駅前店 店内。
「あの浅田という男が来てから会社の資金はみるみる減り始めました。表向きはうまく回っているように見えますが、帳簿を見れば明らかです。しかし、
靖気は三人に頭を下げた。
「お願いです。どうか、どうか我が社を助けてください……」
三人とも口をつぐんだ。フューカインドの取引先は法人であり、個人と契約することはできない。会社の実権を康代に握られている三賀森物産ではフューカインドと契約することは難しい。
契約できなければ、何もできない。
東崎は眉を顰め、目を閉じた。
すると——
「東崎さん!」
友菜の声に彼は目を開ける。彼女はまっすぐな視線で東崎を見つめていた。
「あたし、この人の力になりたいです」
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