第47話「一人だけの拍手」
スライドが切り替わる。
「これで三賀森物産の負債の心配は無くなりました。ですが、これで安心できるとは限りません」
スライドには「9180」という数字が並んだ。
「この数字は昨年、日本で倒産した企業の件数を表しています。前年に比べて減少してはいますが、それでも大きな数字です。大企業の倒産もいくつか見受けられます。
経営というのは大海原を進む帆船と同じで、軌道を維持することは難しい。ましてや一度大きく外れてしまった航路を元に戻すためには時間と何よりスキルが問われます」
スライドが変わり、フューカインドのロゴが現れた。
「そのスキルの部分で、わたし達フューカインドはお手伝いすることができます。フューカインドではシステムの設計・実装から顧客へのヒアリングまで全て自社で完結させています。だからこそ情報の共有がスムーズで、より顧客に合ったシステムの提案をすることができます。実際に社長のスキルが足らなくても、経営を安定させることに成功しました」
そこから彼女はフューカインドと契約している三社の説明をした。どこも社長が就任一年目でスキル不足な状態でありながら確実に成長できていた。
「ですので、審査員の皆さん」
友菜は審査員、三人の方を向いた。三人は思わず背筋を伸ばす。
「ぜひ、こちらに投票してください。皆さんが投票されることで三賀森物産は安定した経営を行うことができます。すなわち、千五百人もの雇用を守ることができるのです。そして、三賀森物産は今後間違いなく社会に貢献する大企業へと成長します。その企業のピンチを救った英雄として、皆さんは名前を刻まれるのです。
皆さんのご英断を期待しております。わたしからは以上です」
会場を拍手が包んだ。前回ほどではないが、それでも拍手が鳴り止むことはなかった。
——鳴り止むことは、なかった。
パチパチパチパチ
一人の拍手が、鳴り止まなかった。
会場の視線は手拍子の主に集まる。静まった空間で一人だけ拍手を続けている人物は——、
蛇雪コーポレーションの浅田だった。
「いやぁ、素晴らしい。感動したよ」
友菜の首筋に悪寒が走る。
彼女は前世でも薄っぺらい言葉をたくさん聞いてきたし浴びせられてきた。
けれども、あそこまで薄っぺらい「感動した」は初めて聞いた。
浅田はようやく拍手を止めると、傍聴席の階段を降り始めた。
「さすがだねぇ。これは勝てないよ、井場くん。君の負けだ」
顔面蒼白だった井場の表情がさらに真っ白になる。
「な、何をおっしゃられるのですか、浅田様。こ、この勝負は大丈夫だって、負けることはないって」
「そりゃ方便ってやつだよ。それにしても、まさか密会の現場を盗聴されちゃうとはねぇ」
「傍聴席の方は静粛にしてください」
司会の声がスピーカーから響き渡る。
「噂には聞いていたが、それ以上だった。執行役員を倒した実力はマグレではないらしい。
「な、何をおっしゃられているのか……」
「静粛にしてください」
「なに、まだ気づいてないの? 某はね、君が負けると踏んでいたんだよ」
「し、しかし、私が勝ったら蛇雪コーポレーションで、今の二倍の給料で雇ってあげると……」
「静粛にお願いします」
「ブッ、そんなの餌に決まってるじゃん。まあ、本当に勝てるんだったら考えてあげてもいいけど、無理でしょう。入社15年目で
「静粛に————」
「その必要はない!!」
浅田の声を掻き消すほどの大きな声を司会者が出そうとしたところで、それを上回る声が入り口から聞こえた。
入り口には仲沢好一・取締役第四席がいた。後ろには三人の男女を連れている。全員パンツスーツにサングラスをかけている。友菜は彼らを知らなかった。
つまり、彼らは戦略事業本部の人間ではない。
仲沢の姿を認めた浅田はねっとりとした笑みを浮かべた。
「久しぶりだねぇ、仲沢。少し白髪が増えたかな、それにシワも」
「こちらこそお久しぶりです、浅田さん。10年前と比べて姿もずいぶん変わられた。受付の防犯システムが見抜けないわけです」
浅田は何も言わず、ただ笑みを浮かべている。
「部長!」
友菜は声を出した。プレゼンが成功に終わったことよりも、今は目の前で起こっていることの真実を確かめたかった。
「この方とは、お知り合いですか?」
仲沢は険しい表情のまま浅田のことを見つめた。
「知ってるも何も、彼は俺の元上司だよ」
会場が、ざわめく。
「浅田ケンシロウ。元フューカインド取締役第五席にいながら、重大な規約違反を犯して会社を追放された人間だよ」
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