第46話「kill the bee〜彼女の心に潜んでいたのは」
「ですが、経営は悪化の一途を辿っていきます。売上高は最盛期の七割まで落ち込み、従業員の士気も低下していきました。そんな折、ある会社が三賀森物産に近づきます。
コンサルティング会社の蛇雪コーポレーションというところです」
浅田と井場の眉がほぼ同時に動いた。
「蛇雪コーポレーションが介入したことで業績はさらに落ちていきました。従業員のフラストレーションも溜まり、ついには大規模退社の動きまで出てきます。そこでフューカインドが現れました。あたしたちは現場調査と改善提案を行い、その結果、全社一丸となって経営再建に乗り出すことができました」
スライドが切り替わる。井場のとデザインこそ違うが、内容は三賀森物産の財務諸表についてだ。
「ですが、10月〜12月期の経常利益はマイナス9億4000万円。経常利益のマイナスは投資家からすると株を手放す大きな理由であることは間違いありません。では、このマイナスはどこから来ているのでしょう」
次のグラフは過去二年間の営業利益、経常利益を四半期ごとに棒グラフで表したものだ。経常利益がマイナスなのは2021年10月〜12月期のみで、棒グラフの向きが他とは真逆になっている。
「実は10月〜12月の営業利益は前四半期と比べて214%も上昇しています。ご存じの方が多いかと思いますが、営業利益とは売上高から販売費及び一般管理費——通称『販管費』を引いたものです。販管費の中には支払報酬料という項目があり、フューカインドに支払った金額はここに含まれます。
すなわち、フューカインドに料金を支払っても、収支はプラスのままなのです」
会場が若干どよめく。一部の社員は腕を組み、表示された財務諸表と睨めっこしていた。
「では何が経常利益をマイナスにさせているのか。
それは三賀森物産が背負っている借金です。
なんと三賀森物産は10月〜12月の3ヶ月間で20億3000万円もの借金を作っていました。このことを社長の三賀森靖気氏は把握していませんでした。決算で初めて明らかになったのです。では、彼にバレることなく借金を作り出せる人物は誰か」
友菜は言葉を切り、傍聴席にいる康代のことを見た。突如、視線を向けられた康代は体をビクンとさせて、縮こまる。
——騙されているかもしれない。最初はそんな思いを抱えていた。でも彼は正しいことを教えてくれる。だったら……と侵略される思いから逃れるように、猜疑の欠片は心の片隅に追いやられていった。
そしていつからか、彼の言ってることが全て正しいと思えるようになってしまった。「正しいことを教えてくれる」から「教えてくれることは全て正しい」に変わってしまった。ファシズムな思考はついには反対勢力の弾圧を開始して、瞬く間に猜疑心は蹂躙され、自分こそが、彼こそが正しいという思いに支配されていった。
だから、会社の名義で負債を作ることになんの躊躇いもなかった。
「彼女は会社が蛇雪コーポレーションと手を切った後も個人的な繋がりを持ち、相談料・セミナー料という名目でお金を納めていました。会社の名義で高額な借金を作ることはいけないことですが、何よりそれを促した蛇雪コーポレーションの手口は悪質です。そして、ここからが重要なことなのですが、この悪質な手口を知っていてあえて加担している人物がいたのです。こちらをお聞きください」
真っ黒なスライドに切り替わる。
流れ始めたのは、
涙声の女性と陽気な二人の男性。
井場の顔からるみる血の気が引いていった。遠目から見ても脂汗が浮き上がっているのがわかった。
一方の浅田は、
友菜は語気を強めた。
「以上の音声から分かる通り、三賀森物産が抱えた二十億の負債は、蛇雪コーポレーションがフューカインドとの契約を解消させるために仕向けた不当なものなのです!」
「やった!」観覧席にいる茉莉乃は思わず声を上げる。
「これで、ゆなっちの勝ちですね」
「いや、まだだ」東崎が言う。
彼は友菜のプレゼンの全容を知っていた。
「本番はここからだよ」
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