第45話「ROAとか、証券用語って略語が多くてまどろっこしいよね」
井場が声を張り上げる。
「では、実際に三賀森物産の査定結果を見ていきましょう。確かに売上高は前期比で二倍近く上がっていますが、経常利益はマイナス。
多くの数字が三賀森物産のロゴを囲むと、スライド全体を覆うように決算短信が表示された。
「売上高が二倍になってもなお、弊社との契約金で収支がマイナスになってしまいます。これでは弊社がサポートしていくことは難しい。ここで実際に弊社が契約している他社の状況を見てみましょう」
そこから井場はフューカインドと契約している他の三社を例に挙げた。どの会社も契約してから経常利益は右肩上がりだ。
「いかがでしょう。三賀森物産がまだ弊社を利用できるほどの事業規模を持ち得ていないことをお分かりいただけましたでしょうか。
このまま契約を続けても三賀森物産の財政状況はどんどん悪くなっていき、ついには債務不履行に陥ってしまいます。それはフューカインドとしても望ましくないことです。
まずは他の割安なコンサルティング企業と契約していただき、十分に会社が成長したら改めて弊社と契約していただく。私はそれが両者にとって最善の策だと考えます。
私からは以上です。最後までご清聴いただき、ありがとうございました」
まばらな拍手が鳴る。それでも、決議室で観覧していた人、全員が拍手を彼に送っていた。それは渦中の人物である三賀森靖気も同じだった。彼は苦虫を噛み潰したような顔で拍手をしていた。
対する三賀森康代は無表情で拍手をしていた。彼のプレゼンに感動した、というよりはそうするように命じられているかのようだった。
十人十色の拍手を受けた井場は澄ました笑顔でパーマを掻き上げると、自席に戻って行った。
そんな井場に対するは羽坂友菜。
新卒一年目。戦略事業本部所属。
入社1ヶ月も経たずに執行役員を下した、台風の目。
円卓決議の戦績、一勝〇敗。
タイトル——「三賀森物産がない世界」
まず表示されたのは三賀森物産の沿革だった。
「三賀森物産は今から30年前に創業した総合商社です。
先代社長のもと会社は右肩成長を見せ、15年目には従業員1000人を超える大企業の仲間入りを果たしました。
ところが3年前に先代社長が急死。同時期に一人娘も交通事故で他界してしまいます。会社は急遽、一人娘の夫である現社長の三賀森靖気氏を社長に就任させますが、彼に会社経営の経験はありません。実質的には先代社長の妻、靖気氏にとっては義母に当たる三賀森康代氏が経営の指揮をとっていました」
傍聴席にいた康代は会社の年表を一行ずつ読む。
まるで零れ落ちた宝石を拾うかのように。
頭に浮かんだのは創業した頃のオフィス。大家に頭を下げて借りたアパートの一室で自分含めて五名の従業員でスタートした。当時は一寸先も闇だったが、汗を流して働く主人の姿を見ているだけで幸せだった。
主人はやがて一張羅のスーツに身を包み、上場セレモニーで挨拶をする。自分と娘に見つめられた彼は、白髪の見える頭をかきながら恥ずかしそうにしていた。
気恥ずかしく笑う顔はそのまま遺影となる。主人の葬式、娘の葬式。相次いで大事なものが消えていった。
彼女は何もできなかった。両手に抱えた二人の魂を何食わぬ顔で取っていく死神をただ見つめることしかできなかった。いや、見つめることすらできなかったかもしれない。
心に穴が空いたよう、という言葉を忘れたまま日々は過ぎていく。
突如いなくなった社長の座は将来のことも考えて婿養子に任せることにした。だが、婿養子はフードを被り、マスクをつけ、ヘッドホンで首元を覆っていた。
会った時からずっとそうだった。社長となったことで少しは変わるかと思われたがそんなことはなかった。康代ともほとんど会話しようとしない。そんな新社長に対する不満が——一つの思いを反復させる。
(私がこの会社を守らなきゃ。私が守るんだから)
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