第44話「Arrogance」
「某は蛇雪コーポレーションの浅田ケンシロウと申します。以後お見知り置きを」
(……‼︎)
友菜は一瞬固まった。
彼が蛇雪コーポレーションの浅田。
三賀森物産の経営を傾かせ、康代の精神を蝕んだ張本人。腹の底が煮えたぎる思いを押し殺して、友菜は名刺を受け取るとそのまま席についた。
午前9時。円卓決議、開廷。
今回の審査員は前回に引き続き、ヨータ工業・専務、沼田伸樹。初登場の日の丸テレビ・チーフプロデューサー、林仁とベストセラー小説家、松田由美子。以上の三名が担当する。
会場には三賀森物産・社長の三賀森靖気と元専務の三賀森康代の姿もあった(事前に申請すれば社外の人も傍聴することができる)。だが、二人の座る位置は真反対だ。
康代の顔は数週間前と比べてさらにやつれているように見える。けれども女婿は声をかけることはせず、遠くから見つめるだけだった。
先攻は、井場伯人。
三十七歳。金融部審査課リーダー。
入社以来、金融部一筋で働いてきた中堅。
円卓決議の戦績、六勝三敗。
タイトル——「債務不履行に陥る前に」
「皆さんも生きていれば一度や二度、お金にまつわるトラブルを抱えたことはあると思います。『貸したお金が返ってこない』ですとか、『買った商品が聞いてたものと違った』ですとか。
お金は私たちの生活に密接に関わっています。特に会社で言いますと、債務不履行なんてのはあって欲しくないものです」
スライドが切り替わり、債務不履行のピクトグラムが表示される。ピクトグラムは万人が理解することのできる最適なツールだ。バリアフリーの要素として多くの公共標識で使用されている。
スライドには棒人間、紙、コイン、バツマークだけを用いて二人の人間が契約を交わしたが、買主が売主に対して代金を支払っていないことが説明されていた。
「会社に勤めている方だと債務不履行を経験された方もいらっしゃるのではないでしょうか。債務不履行はやられた側はとんでもない損害を被ることになります。
例えば被害を受けるのが売り手側だとすれば、間違いなく売り上げは減少します。減益は経営の停滞を意味し、株を手放す投資家も出てくるかもしれません」
次のスライドには一片の新聞記事が表示されていた。
見出しには大きく「フューカインド 債務不履行により大型損失」とある。
「ご存知の方もいらっしゃると思いますが、我々フューカインドは今から15年前、債務不履行を被ったことがあります。
契約を結んでいた相手側の会社が倒産し、料金が支払えなくなったのです。もちろん損害賠償請求を行いましたが相手側は損害賠償責任を問われることはなく、我が社は莫大な損失だけを抱えることとなりました。
私は当時入社一年目の新人でしたが、今でも覚えています。金融部の先輩方が顔を真っ青にして朝から晩までずっと働き続けていました。当該四半期の売上高は市場の予想を下回り、株価は最大で15%も下落しました」
観覧席には戦略事業本部の面々もいた。友菜の同期である渡邉茉莉乃もいる。
「なんか、あからさまではないんですけど、明らかに三賀森物産を意識して話していますね」
「もちろんね」彼女のメンターであるユー・イェンツゥが言う。
「テーマは審査員に伝わっているです。審査員はもちろんブッサンの契約破棄が正しいかどうかを意識して聞くます。最初から布石を打つおくことで、どのように論を展開するか示してるね。プレゼンのテクニックの一つあるよ」
井場は続けた。
「この事件は契約を司る部署である金融部にとっては世紀の大事件でした。二度と起こしてはならない。部署の全社員がそう誓い、改善策が立てられました。それが、査定の強化です」
スライドが変わり、再びピクトグラムが現れる。
だが、一人の棒人間しか表示されていない。
「四半期ごとに相手会社の売上高、経常利益、総資産利益率、配当利回り、さらには前四半期のニュースやプレスリリースに至るまでその会社が成長しているかどうかを調査し、契約を継続してもよいか判断しております」
会社(正確には直方体の建造物)が現れ、周囲に折れ線グラフや新聞記事、数式が表示され、棒人間から矢印がそれらに向かって伸びていく。
だが矢印が伸び切るかしないかのうちにスライドは切り替わる。新しいスライドには「三」をモチーフにしたロゴが大きく貼り付けられていた。
三賀森物産のロゴだ。
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