第43話「いざ、円卓決議へ」

「いやぁすごいですね、浅田さん」


 別の男の声が聞こえた。


 一回聞いただけでわかる。上に媚びへつらい、下を蔑むねっとりとした声音。そして浅田と呼ばれた男。三賀森物産を破壊しようとした張本人がここにいる。


「驚いたかい?」浅田が言う。

「はい。もはやコンサルティングというより、メンタリストに近いと思います」


「ハハハ。コンサルティングはいかに相手を操れるかだ。そういう意味ではコンサルタントはメンタリストと言えるかもしれないね。君はこんな風になってはダメだよ。こちら側に来なければいけない。準備は予定通り進んでいるんだよね、井場くん」


 やっぱり。井場は蛇雪コーポレーションの浅田と繋がっている。

 もっと二人の関係性を聞き出さなければ。そう思ったが、


「何をされているのですか?」


 女将がこちらに近づいてきたため二人はやむなく退散した。

 それでも、得られた成果は大きかった。




   ***




 翌日から友菜は資料作りに取り掛かった。


 円卓決議の準備は通常の業務に加えて行わねばならない。ゆえに、毎日二時間の残業を行なった。タイムリープする前はしんどいと感じていた残業が今は苦ではない。疲労はあっても胸から溢れ出る感情が、体を前に押し進めてくれた。


『資料作りは順調ですか?』


 夕焼けが差し込むオフィスにセヴァインが現れる。


 2022年2月22日 18時15分。

 東京・三田 フューカインド本社 10階・戦略事業本部。


 オフィスには誰もおらず、友菜だけがパソコンを開いて円卓決議の資料作成を行なっていた。


「まあね」と彼女は相槌を打つ。

『もしよろしければ、お手伝いいたしましょうか』


 セヴァインは上擦った声で四つの〝ディスプレイ〟を友菜の前に出した。彼には最近ルーティンワークしか指示をしていない。朝に最新のニュースを読み上げてもらったり、天気予報のシミュレーションをしてもらっているくらいだ。このアレクサの最終形態が感情を持っているかは分からないが、久々の出番になると思い昂っているのだろう。


 友菜は〝ディスプレイ〟の内容に軽く目を通した。そこには前回と同様、井場のプレゼン資料もあった。


 前回のように井場のプレゼンの裏をかけば、確実に勝てる。

 でも————


「ううん。遠慮しておく」


 しばらくセヴァインの声は聞こえなかった。まるで開いた口が塞がらないかのように。友菜は構わず続ける。


「今回はあたしの力だけでやりたいの。そうじゃないと、いけないような気がして」


 やがて〝ディスプレイ〟が一つ二つと消えていく。あっという間に一枚の〝オーディオスペクトグラム〟を残して他は消えてしまった。


『かしこまりました。では……』


 セヴァインはしばし、間を置くとこう言った。


『お身体には十分、お気をつけて』


 彼の言葉に友菜は柔らかい笑みを浮かべた。


「ありがとう」


 彼と出会ってからもうすぐ一年になる。


 最初はチート級の能力を持った恐ろしい存在だと思っていたが、今はおせっかいな友人に感じる。友菜が丸くなったのもそうだが、セヴァインも彼女のことを理解し、変わっているのだろう。友菜は勝手にそう解釈していた。


 〝ディスプレイ〟が目の前から消えると、羽坂友菜は大きく伸びをした。二時間座りっぱなしの筋肉が歓声をあげるかの如く全身に血液を巡らせる。


「さあ、もう一踏ん張りしますか!」


 円卓決議本番まであと二週間。




   ***




 2022年3月5日 午前8時50分。

 東京・三田 フューカインド本社 7階・第三小円卓決議室。


 今回、友菜は十分前に会場入りした。

 前日は八時間睡眠。体調は万全だ。


 第三小決議室は他の円卓決議室と同じ構造をしており、中央に円卓、少し離れた場所に長机、そしてそれらを取り囲むように傍聴席が円形に配置されていた。


 観覧席は前回と比べて空席が目立つ。それでも、他の円卓決議に比べると人は入っている方らしい。


 友菜が入室すると相手はすでに円卓に腰かけていた。茶髪のパーマに流し目、スタイルはよく顔は男前だが、漂う雰囲気は胡散臭い。


 金融部の井場伯人だ。


 彼の隣にはシルクハットを被った男性が立っていた。腹が出ており、身につけたチョッキは今にもはち切れそうだ。チョッキの上から黒の背広を羽織り、口から生やしたちょび髭はさながら十八世紀のロンドンにいる紳士のようだった。


 井場とその男は友菜のことに気づくと顔を上げた。


「やあどうも」


 井場は自信ありげな声で挨拶してきた。友菜も「どうも」と引き気味に挨拶を返しながら隣に立つ男に注意を向けた。やはり見たことない人物だ。


(……誰だろう)


 そんなことを考えていると、男の方から友菜に近づいてきた。

 彼は胸ポケットから名刺を取り出すと、彼女の前に差し出した。


「お初にお目にかかります。

 某は蛇雪コーポレーションの浅田ケンシロウと申します」

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