第21話「かなり大胆な提案——ワクワク感」
2021年4月19日 午前8時00分。
千葉・浦安 浦安駅近郊。
「単刀直入に聞きます。あれは北堂社長の命令なんですよね?」
友菜の言葉に父親は全身が冷たくなるのを感じた。すぐに扉を閉めなければ。言語を介さない恐怖から無理やり扉を閉める。
ところが友菜はタイミングを見計らってうまく家の中に潜り込んだ。玄関に立った彼女に父親は一歩後退りする。
「な……な……」
なんなんだ、君は。警察を呼ぶぞ!
そう言いたいのだけれども、声が出ない。まるで壊れたカセットテープみたいに「な」を繰り返しているだけだ。
不意に——
羽坂友菜が深く頭を下げた。
「失礼であることは重々承知しております。しかし、私に残された時間はあと一時間もありません。お願いします。友人を助けるためにも、あの日なにがあったか証言していただけないでしょうか?」
***
2021年4月19日 午前9時40分。
東京・三田 フューカインド本社 7階・第六小円卓決議室。
映像が流れる。映っているのは一人の男性。
『あなたの名前と勤め先を教えてください』
画面外から友菜の声が聞こえる。
『……佐々木智巳です。……フューチャー・スタジオ・ランド株式会社で経営企画部に所属しています』
『四月十日はどこで何をしていましたか?』
『……その日は休みだったので、息子を連れてFSLに行きました。そこで息子がトイレに行きたいと言い出して、近くになかったものですから、従業員さんに声をかけて従業員専用トイレを使わせていただきました』
『息子さんは自発的にトイレに行きたいと言い出したのですか?』
佐々木は視線を逸らした。何もないはずの右下を執拗に見つめる。
『ち、違います。私がそう演じるよう、息子にお願いしました』
『どうしてですか?』
『……、……』
そこで佐々木は黙った。視線は右下から下に向き、
やがて前を向いた。曲がった視線でカメラを見つめる。
『……社長に、……北堂社長に指示されました。来季のボーナスを上げるから客のフリをして新入社員に従業員用トイレを使わせてもらうようお願いしろ、と』
「待ちなさい!」
北堂ベルは机を叩きながら勢いよく立ち上がった。
試験の不正を提示してくることは予想していた。だが、まさか本人から証言を取ってくるなんて……。焦燥は体を動かし、声を上げさせ、
しかし——
「静粛に‼︎」
落雷のような司会者の声があたりを包む。
「今は羽坂様のプレゼン中です。質疑応答はプレゼンが終わった後によろしくお願いいたします」
数分前まで世界は自分の味方だと思っていた北堂は、思わぬ裏切りに口をつむぐと、そのまま着席した。
「羽坂様、続きをどうぞ」
司会者の言葉に友菜は一礼すると、次のスライドを映した。
「このように、フューカインドの新人研修では試験官の独断によって試験方式が歪められ、中には特定の人物を陥れる不正とも取れるような行いまで散見されています。
このままでは間違いなく世間のイメージは右肩下がりです。かといって新人研修を中止すると、以前のように怠惰な社員が集まってしまう。
では、どうすればいいか。
——ここは一つ、考え方のベクトルを変えてみましょう」
右肩下がりに向かう折れ線グラフを表示したスライドが変わる。
同時に友菜が言葉を発する。
「新人研修を『ポイント制』にするんです」
会場が喧騒に包まれた。
「なんて言ったの?」
「新人研修をポイント制?」
「何を言ってるんだ、あの新人は」
「どういうこと……?」
人々は溢れ出る困惑を周囲と共有する。
周囲のどよみに構うことなく、友菜は続ける。
「試験官は新入社員に対してポイントを与えていきます。新入社員は30点の持ち点から始め、100点に達したら合格。逆に0点となったらは即不合格——すなわち
ポイントはいくつかの項目に分かれており、試験官は自身が重視する順番にポイントを割り振ります。ただし、このときポイントの最大値はプラス30点、最低値はマイナス20点とします。そうすることで、
次々と並ぶ新しい研修制度のルール。そのスライドを見て川手将史は言う。
「もしかして……」
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