第17話「STARDOM」

 2021年4月18日 午後11時57分。

 千葉・浦安 フューチャー・スタジオ・ランド・ホテル 1階・ロビー。


 日付が変わる頃、ロビーに人影はない。深夜便で到着したサラリーマンも、夜を楽しむカップルも自室へ引き返しており、フロントデスクにも時々ロビーの様子を巡回しに従業員が来るだけとなった。


「思った以上ね」


 友菜は呟きながら目の前の〝ディスプレイ〟を見つめる。そこには二時間前まで四人で考えた根拠が塵芥に思えてしまうほど巨大な〝証拠〟があった。これを使えば勝率はぐんと上がる。


『しかし、彼女もそのことを想定されているようです』


 セヴァインが表示した〝ディスプレイ〟には北堂の想定問答集が映し出されていた。もちろん〝証拠〟に関する質問の答えもあらゆる角度から用意されている。そのどれもが理路整然としていて筋が通っていた。


「ここに載っていない質問を考えることは難しい。なら、全く新しい提案をしなきゃ勝ち目はないってことだよね」

『おっしゃる通りでございます』

「全く新しい提案……」


 目を瞑り、考え込む。連日の疲労からつい眠ってしまいそうになり体勢が崩れかかった。なんとか目を開くとある情景が思い浮かぶ。


 それは入社式の日。

 自分が初めてこの世界にやってきた日。

 口からポツリと言葉が漏れる。


「研修制度の——改革?」


 自分がとんでもないことを言っていると理解できた。


 新入社員が新人研修に対して改善案を示すのだ。小学生が教育基本法を改正しようとするようなものだろう。


 だが、円卓決議にはそれができる。フューカインドの従業員であれば誰であれ、円卓決議を通して規程を変えることができる。


 つまり、問題はいかにして筋の通った案を作るかである。万人が納得するための制度を作るには、まず現在の人事制度を読み込み、他の人と意見交換をして、文字に起こして——


 円卓決議開始まであと九時間。


「えっ、間に合わなくない?」

『でしたら友菜様、を試してみてはいかがでしょうか?』




   ***




 2021年4月19日 午前8時55分。

 東京・三田 フューカインド本社 7階・第六小円卓決議室。


 定員100名の傍聴席は満員御礼となった。


 必然だ。


 一人は入社初日に取締役を言い負かした風雲児。台風の目。

 一人は執行役員。円卓決議ほぼ無敗の元取締役である。


 駆けつけない理由がなかった。


 円卓決議室は中央にドーナツ型の円卓があり、主張者が向かい合うように座る。

 そして、円卓から少し離れたところにある長机に審査員席がある。これら「決議場」を取り囲むように傍聴席が設置されているが、今は立ち見客が出るほど混雑していた。


 円卓の片方には北堂ベル、フューチャー・スタジオ・ランド株式会社代表取締役兼フューカインド執行役員が座っていた。クリーム色のジャケットとタイトスカートに身を包み、白い髪の毛を後ろに結んでいる。


 対するは羽坂友菜は————




 彼女の姿はまだなかった。




 五分前を切り、会場は不安の喧騒で満たされ始めた。


「まだ来ないのか?」

「ビビったのかな?」


 根も歯もない声が方々から飛ぶ。

 茉莉乃は自身のスマートホンを胸元で握りしめた。


『あと少しで着くから』


 十分前のメッセージ以降、彼女から連絡はない。朝起きてから茉莉乃は友菜が生きている痕跡を、このメッセージでしか確認できていなかった。


「大丈夫ですよ」


 茉莉乃の震える肩に将史が手を置く。


「彼女はきっと来ます」




   ***




 開始一分前。


 羽坂友菜、入場。


 入り口のざわめきと共に現れた彼女は黒のパンツスーツに身を包み、いつもは下げている髪の毛をうなじが見えるくらい高い位置で結んでいた。


「すみません、ギリギリになってしまって」


 笑みを浮かべた彼女は、テキパキと準備を始めた。

 その様子を見て北堂は冷笑を浮かべる。


「ずいぶん余裕があるのですね。開始時間の五分前には集合する。社会人として当たり前のことではなくって?」


 友菜は手を止め彼女のことを見た。


「申し訳ございません。準備に少し手間取ってしまって。けど、ルールとしては問題ありませんよね」


 まっすぐな視線を北堂に送る。北堂は表面上は笑みを浮かべたままだったが、内心では舌打ちをしていた。


 審査員席の隣に立つ司会者がマイクのスイッチを入れる。


「両者揃いましたね。


 それでは、只今より円卓決議を開始します」

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