第23話「決着 with 執行役員」

 2021年4月19日 午前9時45分。

 東京・三田 フューカインド本社 7階・第六小円卓決議室。


「この制度を導入することで得られるメリットは、世間に研修の透明性をアピールすることができる、ということです。


 どんな基準で採点を行い、どういった点数の変動があったのか、きちんと説明すれば世間は納得します。中には、それでも訴訟や円卓決議に訴え出る人もいるかもしれません。けれどもこちらの正当性は明らかに高い。イメージダウンも最小限で済むはずです。


 それだけではありません。この制度によって選抜されるのはやる気のある新入社員です。やる気のある社員は間違いなく会社を成長させてくれます。世間からクリーンなイメージを持たれ、尚且つ会社も継続的に成長を続けることができる。これらを実現してくれるポイント制の導入。ぜひ、検討してみてはいかがでしょうか。


 以上でプレゼンを終わります。

 最後までご清聴いただき、ありがとうございました」






     盛大な拍手が、会場を包んだ。






「めっちゃいいプレゼンだったな」

「ポイント制、ありかも」

「これ勝てるんじゃないか?」


 誰もが手を叩き、一部の外国籍社員は「ブラボー」と声を上げた。

 喝采しなかったのは二人だけ。


 VIP席にいる鷲山銀華と、

   ——北堂ベル。


 彼女は唇をワナワナと震わせ、友菜の顔をじっと見つめていた。その額にはいくつもの汗が垂れている。


「では、これより質疑応答に入ります。まずは北堂様。羽坂様へ質問をどうぞ」


 拍手がやみ、視線が一気に北堂へ集まった。五十を過ぎた中年女性は、ゆっくりと立ち上がると、なおも唇を震わせながら友菜のことを見つめた。


 初めての経験だった。


 これまで北堂は緻密なまでの準備を行うことで、相手のどんな行動に対しても斬り返すことができた。その方法が間違っていなかったことは57勝1敗という戦績が物語っている。唯一、敗北した鷲山銀華でさえものの最後まで対応することができていた。


 円卓決議は両者の合意のもと、初めて成立する。友菜から円卓決議を持ちかけられたとき、断ってもよかった。断れば、その時点で渡邊茉莉乃の解雇は決定していた。


 けれども、絶対に負けないという自信が、57勝1敗という数字が、彼女に余裕を与えてしまった。




 初めての経験だった。




 よもや、全てを根底から覆されるプレゼンテーションをされるなんて。


 今は質疑応答。攻勢をかけるなら今しかない。だが、取って繕った質問なんて彼女は想定済みだろう。


 彼女はゆっくりと目を閉じた。




   あぁ、これが————




「ありません」


 掠れかかった声が静まり返った第六小円卓決議室を通過する。

 彼女の答えを聞いた司会者は淡々と議事を進行した。


「羽坂様、北堂様に質問はありますか?」


 息が上がっていた。身体中の血液が沸騰しているようで、汗ばんでいる。

 それでも、友菜は真っ直ぐな瞳で答えた。


「ありません!」



 決議はくだった。

 三対〇。




     勝者    羽坂 友菜




 会場が再び拍手に包まれた。


「すげぇ!」

「大ニュースだぞ」

「元取締役に勝っちまった!」


 観覧客は口々に叫んだ。

 審査員の一人、ヨータ工業・専務の沼田伸樹はこう評す。


「最初は論点からズレているかと思いましたが、彼女に対する評価の不当性を指摘しつつ、改善点まで提示したことには驚きました。まさに100点満点のテストで120点の解答でした。


 そして提示したポイント制というのも大変興味深い。早速、我が社でも検討してみたいと思います」


 他の審査員も概ね同じ意見だった。


 これにより、新入社員研修にポイント制が導入されることとなった。効力は即日で発生する。


 渡邉茉莉乃はマイナスの行いをしたが、持ち点が0になるほど減点されることはない。引き続き研修を受けられるようになった。

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