第3話「プライド革命〜彼に中指を立ててみた!」

 2021年4月1日 午後2時30分。

 東京・日本橋ホール 会議室907。


 一人、また一人と去っていく。


 彼らの動きは一様に鈍く、物惜しげに室内を見渡してから部屋をあとにした。


 玉砕を覚悟してか、儚い蜘蛛の糸を掴もうとしてか、何名かは鷲山銀華に挑んだ。


 しかし、史上最年少の取締役は悉く叩き潰す。



   統計学不合格

      哲学不合格

        天文学不合格

           西洋美術不合格



 感情に訴えかけてもびくともしない。


「私、長野県の野沢村出身で、お父さんもお母さんも就職すっごい喜んでくれて……」

「ここは保育園ではないぞ。泣き落としならアングラ劇場の方がまだマシだ。不合格」


 涙目を浮かべる女子を一蹴する彼を見て、秘書の黒梅鉄治はある言葉を思い出した。




 ————氷城の貴公子




 膝から崩れ落ちる少女を一瞥して銀華は立ち上がった。会議室をぐるりと見回す。


 部屋には当初の半分しか残っていない。

 誰もが銀華と目を合わせまいと下を向く。


「これで終わりか。やはり仕事というのは効率的に片付けたほうが————」


 だが、




「勝てばいいんですよね!」




 ——一人だけ、下を向かない者がいた。


 この部屋にいる誰もが首を落とし、背筋を丸める中、

 彼女だけは背筋を伸ばし、取締役のことを見据えていた。




 彼女の名は、羽坂友菜。




   ***




 鬱積。


 まるで逆鱗の端を羽毛で撫でられるような感覚。


 肩を落とす金髪ピアスを見て、友菜の頭には一つの情景が思い浮かんだ。


『なんでこんなことも分からないかなぁ』

『これできなくてどうするの?』


 配属されたばかりの新卒が上司や先輩にいびられる姿。


 それと同じ光景が目の前で行われていた。


 しかも自分と年端の変わらない男が。


 腹が立った。


 どうしようもなく、腹が立った。


 新入社員たちはこれで終わりなのか?


 適正な試験を受けていれば前途有望な社員になるはずなのに。

 こんな一人によって未来を絶望で埋め尽くされるのか?




     否!




 そんなこと、あってはならない!




   ***




 2021年4月1日 午後2時30分。

 東京・日本橋 日本橋ホール 会議室907。


「勝てばいいんですよね!」


 声を上げた友菜はまっすぐな瞳で取締役・鷲山銀華を睨みつけた。

 一方の銀華は目を細めて彼女を見る。


「その通りだが?」

「じゃあ、あたしと勝負してください」


 彼は友菜に体を向けた。


「いいだろう。議題は何を——」

「でも、その前に……」


 友菜は先ほど銀華に蹂躙されて座り込んだ女の子の前に立った。


「彼女たちの不合格を取り消してください。この試験はすぎます」

「なんだと?」


 銀華の眉間に皺がよる。


「試験官である私の判断に文句があるというのか?」

「はい。あなたはディベートと言いながら、どちらがどの立場を取るのか明示していません。それでいて一方的に知識でマウントを取り、相手を言い負かしていました」


 彼女の指摘に取締役は奥歯を噛んだ。


 確かに彼は金髪ピアスと対峙したとき、意図的にディベートではなく相手の非を突く——いわば自分が有利なゲームへと変貌させていた。


 銀華の脳は冷静に回転する。


(やはり気づかれたか。それなら……)


 彼は不敵な笑みを浮かべた。


「いいだろう。君が合格できたら彼らの不合格は取り消し、試験のやり直しをしよう。ただし……」


 その目が獲物に狙いを定める。


「私が勝った場合、フューカインドを辞めてもらうどころか、今後、我が社のプロジェクト全てに参画することを禁じよう。それくらいの代償は払ってもらうぞ」


 彼の言葉が意味するところを友菜は理解していた。

 フューカインドが参画するプロジェクトに参加できないということは、多くの企業

のブラックリストに名前が載るということ。


 すなわち、友菜は真っ当な社会人として暮らしていくことはできなくなる!


「いいよ、そんな……」


 後ろに立つ女の子が言う。彼女の目には大粒の涙が浮かんでいた。


「私たちのために、そこまでやらなくても……」


 けど、羽坂友菜は笑みを浮かべた。


 その歩みの先に、どれだけ絶望が待っていようと、

 動かずにはいられない。




 が彼女を突き動かす理由なのだから。

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