第12話「Welcome to the Future Studio Land!」
〈四次研修〉。
接客試験。
新入社員はフューカインドが経営する店舗やテーマパーク(なんとフューカインドはそんなものまで保有している!)で働き、五日間にわたって接客スキルをジャッジされる。
初見のお客様に対するコミュニケーションスキルはもちろんのこと、事業の内容をどれだけ深く理解しお客様を案内できるかが問われる。
2014年4月10日 午前9時3分。
東京・三田 フューカインド本社 某階・会長室。
「今年も粒揃いであるな」
会長の鷲山・エドゥアルト・源一郎は気分上々で髭を撫でながら〈四次研修〉に残った新入社員の名簿を眺めていた。
心なしかいつもより機嫌がいいのは、先週の〈三次研修〉を無事に終えられたからだろう。好物のダージリンティーを飲む量は先週比で+20%となった。
「ときに会長、こちらはお耳に入っていますでしょうか」
〈三次研修〉通過者の名簿を持参した人事部長の逸見が口を開く。
「銀華さまがまた
源一郎は勢いよく顔を上げた。
取締役第十席である鷲山銀華は源一郎の孫にあたる。
「そうか、まったく……」
源一郎はリストから目を離し、椅子にもたれた。
「少しは節度というものを……」
***
試験会場の一つにフューチャー・スタジオ・ランドがある。
フューチャー・スタジオ・ランド(通称「FSL」)はフューカインドが保有するテーマパークの一つで、数多くの絶叫マシーンや映画・アニメとのコラボアトラクションがある。
毎年1000万人程度の来場者数が訪れる、日本随一のテーマパークだ。
2021年4月16日 午前9時00分。
千葉・浦安 フューチャー・スタジオ・ランド クルー・カフェ。
FSLに併設された従業員が食事をとるスペース。
そこに〈三次研修〉を突破した新入社員、五十名が集まった。そこには友菜、茉莉乃、将史、富三郎の姿もある。
「皆さん、おはようございます」
五十人の前に立つのはFSLの運営会社・社長、北堂ベル。後ろで束ねた白髪が印象的な中年女性だ。
「本日から五日間、皆さんの試験監督をさせていただきます。ですが、ここはテーマパークです。堅苦しい言葉や作法はいりません。まずはお客様に笑顔になっていただくこと。それを胸に精一杯働いてください。
お客様第一、お客様ファーストでよろしくお願いいたします」
***
2014年4月16日 午後1時37分。
千葉・浦安 フューチャー・スタジオ・ランド 東ブロック。
友菜と茉莉乃は東ブロックに配属された。
東ブロックには「大自然」をテーマにしたアトラクションが多い。噴火する火山の中を走り抜けるコースターや恐竜が潜む川を下るクルーズ船など、一つのアトラクションが占める面積が大きく、FSLの中では最も大きなエリアだ。
彼女らが担当した業務はアトラクションへの誘導や道案内などだ。難しいものはなく、適度なコミュニケーションスキルと遂行能力があればこなすことができる。
それでも、ここは日本随一のテーマパークである。
「ここをまっすぐ行くとヴォルケーノ・コースターです」
「次のお客様はこちらで〜す」
「ジェラシック・クルーズ乗船希望の方はこちらになります」
「前に詰めてお並びくださ〜い」
次から次へと客が押し寄せてきた。
その物量に圧倒されながらも、友菜と茉莉乃は喉が枯れるくらい声を張り上げた。
問題が起きたのは十分後だった。
「すみません」一人の男性が茉莉乃に声をかけてきた。
四十代の中肉中背で、隣には小学校低学年くらいの男の子が恥ずかしそうに下を向いていた。
「どうされましたか?」
「実は、息子がお手洗いに行きたいというのですが、見当たらなくてですね……」
東ブロックはFSLの中で最も大きなエリアである一方で、そのほとんどがアトラクションに占有されている。一般人が利用できるエリアというのは意外と少ない。
「一番近いところですと、ここから100メートルほど進んだ場所にございますが……」
「100メートルか……。我慢できそうか?」
父親が息子に尋ねる。FSL限定シャツを身につけた男子は足踏みをしながら首を横に振った。
「もう我慢できないよぅ」
今にも泣き出しそうな声で男の子は呟いた。
(どうしよう……)
茉莉乃は唇を歪める。
少年は今にも漏れそうな勢い。考え込む時間はない。
かといって目の前の最適解では不十分だ。
視界の隅に友菜が映る。彼女はテキパキとアトラクションに並ぶ列を整理していた。
(ここはゆなっちに相談して……)
そのとき〈三次研修〉のことが頭をよぎった。
何もできなかった自分の姿が思い浮かぶ。
(ダメだ……。ここは一人で乗り越えなきゃ。でも、どうしたら……)
ふと、友菜の奥に
(そうだ!)
胸の前で両手をキュッと握りしめる。
「あ、あのっ!
実は近くにもう一つトイレがあるんですけど……」
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