第14話「唱[a.k.a]show」

 円卓決議!




 対立している議題について双方が自分の主張を展開し、是非を決する。


 両者の間に立場の違いはなく、

 男も女も、

 上司も部下も、

 社長も平社員も関係ない。




 勝ったものが正義で、

 負けたものが敗者となる、

 絶対裁定制度。




 それが、円卓決議!




   ***




 2021年4月16日 午後4時30分。

 東京・三田 フューカインド本社 7階・第四小決議室。


 ここで今まさに、円卓決議が行われようとしていた。


 決議場に立つのは金融部財務課・十年目の全沢ぜんさわ俊幸としゆき


 海外大学へ留学した際に出場したミスター・コンテストでグランプリに輝いた異色の経歴をもつ。その美貌は十年経っても衰えを知らず、今もなお数多くの人々を魅了していた。


 そんな彼と対峙するのは——




   鷲山銀華・取締役第十席




 銀髪碧眼の経済学博士。入社若干五年目にして取締役まで上り詰めた逸材。


、あなたにはもう辟易してるんですよ」


 同じ議場に立った銀華に、全沢は数枚の領収書を突きつけた。


「会員制バーでの飲食、高級車の手配、そして老舗銘菓の小包。総額二十三万円! これらは一体なんのためですか?」

「取引先との商談のためです」


 全沢のシワひとつない額に血管が浮き出る。

 彼はさらに十枚の領収書を提示した。


「それを月に五回も!? 総額百十六万三千七百円! いくらなんでも使い過ぎではありませんか!?」


 銀華は大きなあくびをかくと腕時計を見た。

 終業まであと三十分。残業はしたくない。


 全沢はますます声を荒げた。


「あくび……! あなた、それでも——」

「前口上は終わったかい」


 濁声の霧を晴らす透き通った声。

 銀華は目の前の〝餌〟を睨んだ。


「どうした? さっさと始めよう」




   ***




 2021年4月16日 午後5時00分。

 東京・三田 フューカインド本社 7階・第四小決議室。


「ちょうど定時だな」


 銀華は腕時計を見た。秒針はまさに十二を回ったところだった。


 顔を上げると地に膝をつく全沢が目に留まった。彼の回りには数十枚の紙が乱雑に散らばっている。


 一方、銀華の背後には巨大なスクリーンが降りていた。スクリーンには幾つものグラフや図式が整列されている。


 両者の間にあるディスプレイには「3対0」の文字。

 もちろん、「3」は銀華側にある。


 裁定は下った。


「どうして……。私のプレゼンは完璧だったはず」


 震える全沢の前に立った銀華は足元に落ちていた資料を手に取った。


「全沢さん、あなたのスライドは細かすぎます。字が多過ぎてそのスライドで何を伝えたいのかわかりません。それに、台本もスライドの内容をそのまま読み上げているだけでした。それならスライドを配って読んでもらった方が数百倍マシです」


「勝手なことを……」


 全沢は顔を上げる。屈辱に塗れたその顔は、銀華のスライドを見た瞬間に強張る。スライドに映し出された三つのグラフと図と数式はさながら神殿を守護する騎士像のようで、彼らがどんな役割を果たしているのか語らずとも伝わってきた。その美しさに見ているだけで腰が抜けそうだ。


「アァ……」


 尻で後退りする敗者に勝者はなおも冷徹な言葉を浴びせる。


「それに、あなたは大切なことを忘れています。私には、いいえ我が社には使がある。あなたの最大の敗因は、それを理解できなかったことです」


「……ッ、……ッ」


 全沢は歯を食いしばり、俯いた。手元に落ちていた紙をクシャリと握りしめる。

 そんな彼に銀華はとどめを刺す。


「というわけで、当初の約束を履行しましょう」


 その言葉を聞いた全沢は真っ青な顔を上げた。目尻や額にシワが浮き出て、ほうれい線が口元に刻まれている。


 かつてのミスターの面影はどこにもなかった。


「ま、待ってくれ。俺には家族がいるんだ。家も今年買ったばかりで……」


 間髪入れずに男は土下座をした。誠意を少しでも見せるために頭部をグリグリと地面に擦り付ける。


「なんでも言うことを聞く。後生だ! この通り! 頼む……!」


 土下座する年上を一瞥すると、若き取締役は冷たく言い放った。


「全沢俊幸。あなたを今日付で解雇とします」




   ***




 2021年4月16日 午後5時5分。

 東京・三田 フューカインド本社・7階・廊下。


「お疲れさま♡」


 決議場をあとにする銀華にバインダーを持った秘書の黒梅鉄治が近づく。相変わらず口には紅を塗り、目元に引いたアイラインは印象的だ。


「大したことじゃない。むしろ、これで会社の金をより自由に使うことができる」


 銀華が抱えるプロジェクトは人工衛星を通信基地局として用いる次世代型インターネット網の構築だった。


 まだ一部の地域でしかサービスを利用できないこのシステムを全世界へ拡大するためには大量の人工衛星、高度なセキュリティシステム、関連法案の整備、なにより莫大な事業費用が必要だった。


 そのため銀華は投資家や政治家、大手ファンドの重役と会食を重ねていたのだ。


(これが実現すれば、世界はさらに一歩よくなる)


 資金は順調に集まってきており、「全世界拡大」も夢物語ではなくなってきた。

 確かな手応えを銀華は感じていた。


 ふと、鉄治が呟く。


「そういえば、羽坂友菜ちゃんだっけ」


 彼の言葉に取締役の心臓は大きく跳ね上がる。

 思い出されるのは月初の出来事。今にも夢に出てくるあの出来事。

 銀華は立ち止まり、ゆっくりと鉄治の方を向いた。


「羽坂友菜が、なんだって?」


 その形相は鬼というよりプライベートゾーンを見られた男子のようで、鉄治は持っていたバインダーで口元を隠した。


「どうやら円卓決議をやるみたいよ」


 銀華は目を細める。


「円卓決議? 誰と?」

「北堂様とですって」


 彼女の名前を聞いた銀華は目を大きく見開いた。


「マジか——終わったな」


 フッと笑って彼は再び歩き出す。


「そうかしら?」

「そうだろう。だって彼女はだぞ?」

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