第28話「大東京音頭〜新人歓迎会」

((居酒屋?))


 友菜と茉莉乃の手には飲み物が入ったグラスが。

 そして畳敷の個室前方にはビールジョッキを持った仲沢が。


「それでは、新入社員の配属を祝いまして……




 かんぱーい!」




 掛け声と共に人々は各々グラスをぶつけ合う。

 烏龍茶の入ったグラスを持ちながら友菜は時計を見た。


 2021年5月10日 午前10時30分。

 東京・赤羽橋 居酒屋・琥珀。


 まだ太陽が南中していない時間帯だ。けれども部署の人たちは梅酒やチューハイなどアルコールを飲んでいる。何より、部長の仲沢が黄金色のビールを盛大に煽り、口元に白い泡をつけていた。


(どういうこと!?)


 隣に座った先輩が教えてくれた。今日は日中から新人の歓迎会をするというので、今日やる仕事を昨日から徹夜で終わらせていたという。あんな地獄絵図が毎日続いているわけではないそうだ。


「驚かせてしまって悪かったな。オレは東崎雲雀ひばり。お前のメンターをすることになっている。よろしくな」


 黒のアフロヘアを揺らし、ワイシャツを第二ボタンまで外した東崎は持っていたハイボールを一口飲んだ。


「でも、どうして昼間から歓迎会を?」


 友菜がいた会社に限らず多くの企業がそうだが、歓迎会は勤務が終わった後に行われる。この世界線では歓迎会は昼間からやる、という風習なのだろうか。


「宴会が好きなんだよ、部長が。あの人は根っからのお祭り男だからな。ことあるごとに打ち上げだ、って飲みに誘うんだ。まったく嫌になっちゃうよ」


 東崎はそう言うと苦笑いを浮かべた。しかし、友菜が眉を顰めていると、慌てて言い足した。


「あぁ、だからといって断ってもいいんだぜ。断ったからといって差別するわけじゃない。……現に、ほら。何人かは歓迎会を欠席しているしな」


 友菜は周囲を見回した。戦略事業本部には友菜と茉莉乃を合わせて十八人。だが、歓迎会に出席しているのは十二人だ。三分の一が部長主催の飲み会を欠席する、というのは前の会社からしたら考えられない。


(なんだか掴めないなぁ……)


 オフィス内で絶叫したかと思えば、身につけているものは一等品で、けど仕草は実家にいる父親のようで、鋭い口調の時もあれば、次の瞬間には部下と一緒に部屋の片付けを行い、昼間から乾杯している。


 思いを巡らす友菜の思考を東崎の一言が断ち切る。


「おっ、出たぞ。部長秘伝の『どじょうすくい』だ!」


 見ると、カスリの上衣とズボンを履いた仲沢が、五円玉を鼻に当て、頭に手拭いを巻き、どこから持ってきたのか木製のザルを手に踊り始めた。


「あら♪ ここは少女の夢の中〜♪ 酔ってたかるは泥鰌どじょうの群れ〜♪」


 なんとも不思議な唄を口ずさみながらひょっとこ顔で踊り続ける仲沢を一同は笑顔で手拍子を打ちながら鑑賞している。茉莉乃に至っては爆笑していた。


(一体、この人の本性はどこにあるんだろう)


 そんなことを思いながら友菜は一人、離れたところから手を叩いていた。




   ***




 2021年5月10日 午前12時08分。

 東京・赤羽橋 居酒屋・琥珀。


「あまり飲み会は好きじゃなかったかな?」


 飲み会が始まってからしばらくして仲沢が友菜の隣に座った。


「いえ、そういうわけじゃないんですけど、気になることがあって……」

「どうしたんだい?」


 友菜は烏龍茶の入ったコップから視線を上げて仲沢の顔を見た。


「どうして昼間から飲み会をするんですか? 別に夜だって……」


 昼にやることが悪いことではない。フューカインドの規定には何も違反していない。けど、日本を代表する企業の取締役になるような男が、なぜ既定路線から外れたことを行おうとするのか、気になってしかたなかった。


 そんな思いがこもった友菜の目を見て、仲沢は「カカカ」と笑った。


「確かに昼から歓迎会するなんて俺ぐらいだな」


 アルコールで頬を赤く染めた彼は瓶ビールをコップに注ぐ。


「でも仕事は人間関係が一番だ。人間関係が良好ならその人の持ってる才能は何倍にも輝くし、逆に悪ければ輝ける才能も錆びれてしまう。


 俺が昼間に飲み会を開くのはな、みんなの本性を知ってほしいからだよ。職場で上下関係が身についてしまうと、いくら飲み会を開いたところで腹を割って話す部下は少ない。この部署では先輩も後輩も取締役も関係なく同じ仲間だと思って働いてほしいんだ。


 だから最初に歓迎会を行う。アルコールが入ってその人の素を先に見ることができれば、職場でも気軽に話しかけやすくなるだろう」


(円滑なコミュニケーションのため、か……)


 的を射た話に友菜の心は納得してしまった。

 間髪入れずに仲沢は中身が入ったビール瓶を彼女の前に差し出す。


「もちろん断ったっていい。無理して飲む酒ほど不味いものはないからな」


 片眉を上げる中年男性を見た友菜はコップに残っていた烏龍茶を飲み干す。


 再び仲沢の顔を見ると、「では、お言葉に甘えて」とコップの縁を瓶の口につけた。


(この人は部下を大切にする人なのかも)


 その考えは翌日、確信に変わる。

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