第三十六話 復讐

「ちょっと。そっちは高速だよ。人が入ったら駄目だって」

「行かなきゃ…、いけないから」

「どこに?」

「…山梨」

「バカかよ!!!こっからどんだけかかると思ってんの!?」


「…名前は」

「レイ」

「レイちゃんね。高校生くらい?」

「中学生…」

「お母さんたちは?」

「お母さん居ない。…家出してきたけど、お父さんは探さないって言ってくれた…」

「…そう」


「俺の名前は銀次。そうだな…、これから北海道いくんだよ。実家に魚届けに行くのが毎年の習慣でな。田舎で寒い所だけど、夏になれば一番過ごしやすくてカニもうまい」

「カニ…?」

「そうだよ。花咲ガニって言って、ぷりぷりしてて俺は大の好物だ」

「うん」

「お前の実家は?」

「…おおさか」

「そうか〜。大阪は一回行ったことあるな。親友が引っ越して、家に遊びに行ったんだよ。今は立派に陰陽師やってんだって」


「…あのさ。山梨に行かなきゃならないんだよな?」

「…うん」

「俺のボロ車でいいなら、途中で降ろしてやるよ。大体三時間で着くだろ」

「いいの…?」

「ついでだからな。…俺も分かるよ。親といろいろあったから」

「…あのさ」

「ん?」

「…もし、ボクのせいで変な目に遭ったら、絶対にボクを置いて逃げてください。お願いします…」

「…おう」


「ドライブミュージックさ、このアルバムしかないけど良い?少し古いやつなんだけど」

「…これ好き。よく友達と聞いてた」

「おお!いい趣味してるね〜。お友達はどの曲が好きっていってた?」

「『迷人』」

「マジで分かる」


「大阪からここまで、新幹線?」

「うん。初めてできんちょうした」

「やっぱ初めは怖いよな〜。新幹線って耳がキーンってするしな…」

「キーン?」

「え、しなかった!?」


「「暮れては吹き返す雪空」」

「「きみを、思い出しては胸が凍てついてゆく」」

「「どうか返してあなたとの思い出ごと」」

「「あんなに楽しかったのに、今頃雪は振り始めて」」

「銀次さん、歌うまいね」


「なんか今日寒いよな。夜になると熱帯夜って感じで、最近なんか滅茶苦茶暑かったのに」

「…ボクも寒い」

「だよね〜。ってつめたっ!!!」

「へへ。ごめんなさい」

「手ぇ冷たいなぁ。もしかして、幽霊乗せてる?俺」

「…間違いじゃないかも」

「怖いこと言わないの」



「趣味とかある?」

「趣味っていうか…、今までずっと真剣に将棋してた」

「渋いね〜。もしかして、プロ目指してる?」

「目指してる…。でも、今は分かんない」

「どうして?」

「…将棋始めたの、友達がきっかけで。でも、その友達もう居なくなっちゃったから」

「それ、って」

「友達が、緊張するとお腹痛くなる子だったから。試験とかは、ボクがついてて変顔してあげなきゃいけなくて」

「ははっ、変顔かぁ」

「…ボクは将棋なんてこれっぽっちも好きなんかじゃ無かったけど、あの子がいたから楽しかった。あの子だから、やる意味があったのかもしれない」

「…そういうのって、あるよな」

「うん。多分、ボクにはそれが全部だった」


「ボク、実は悪いことしちゃった」

「…え?」

「ボクのこと、助けようとしてくれたのに、あんな風に…ひどい別れ方しちゃった」

「誰か…、傷つけちゃったのか?」

「いっぱい…いっぱい傷つけちゃったかもしれない。もしかしたら、もしかしたらぁ」

「ぁあ泣くなよ。別に殺したってわけじゃないんだろ?だったら、いくらだって仲直りのチャンスはあるよ」

「わぁああああっ。あああうっ」

「だいじょうぶ。俺がついてってやるから。お前を助けようとしてくれてた良い人なんだ。きっと、頭冷やしてちゃんと話せば、分かってくれるはずだ」

「…そ、そうっ、かなっ、あ…」

「そうだとも!…なにも、お前に限っては若いんだし、遅いことなんかなにもない」

「……」


「レイちゃん。もうすぐで高速降りるんだけど…、大津樹市に行くんだよね?」

「うん。そこからは、歩いていく」

「そか。…頑張れよ。なにかあったら、その携帯番号に電話してくれれば良いから」

「ありがとうございます。…ボクひとりじゃ、ここまで来れなかった」

「俺は運転しただけだ。魚の運搬のついでにな」

「ふふ。うれしかった。もし、友達とまた会えたら、あなたのこと伝えます」

「よろしく頼むぜ。…でも、長生きしろよ。お互い、やること全然残ってんだから」

「…分かった」



「じゃあ」

「おう。気をつけてな」















…随分、長い旅をした気がする。


この間まで、普通に生きていただけなのに。

人生はまるでジェットコースターのようだ。


目まぐるしく変わる情景の中で、自分の幼稚さに吐き気を何回もおさえた。

いろんな人の善意に気づけないまま、アケビのことさえ自分本位に怒って。


救われない人間に一瞬でなってしまったと、そう感じた。




この喫茶を出て、真っすぐ歩く。

商店街を抜けて、もうやってない駄菓子屋を右に曲がる。

古い空き家の並ぶ通り、赤いおかけをつけた祠を3つ過ぎて、道路脇の森へ入る。


苔むした、傾斜のある石階段を登ると、「それ」は現れるらしい。




『ピンポーン』




ボロボロの本を持って、チャイムに手をかけた。







「こんばんは。九条家当主の九条朔太です。あなたのことは、野々瀬さんからよく聞いております」



出てきたのは、傷だらけの男の人だった。


見た目は高校生くらいで、顔とか腕とかにガーゼと包帯が巻かれてる。ついさっき服に付いたみたいな血が、玄関のライトに鈍く照らされていた。


「怪我、だいじょうぶ…?」

「心配させてしまってすみません。このくらいならすぐ治りますから、大丈夫ですよ」


ボクとは違う、大人みたいな落ち着いた目をしていた。

その目にたじろいだのも束の間で、気づけば彼は、深く深くボクに頭を下げて、大人みたいに謝っていた。




「…ごめんなさい。あなた達のことを守れなかった」


心苦しかった。

謝られるたびに、もうアケビは戻ってこない現実を打ちつけられるみたいで。


「…ボクも謝りたい。あなたの仲間を傷つけた。怒りで、後先考えずここまで来てしまった」

「野々瀬さんは、あなたのことを責めていません。がなんであろうと、あなたのことを責める権利は、僕らにはありません」


虚しさを孕んだその言葉には、微かな緊張と不安が詰まっていた。


「だからこそ…、お願いです。近衛にだけは近づいては駄目だ」



「…ボクは、自分のしたことに落とし前をつけたいだけ」

「会ってしまった時点で、確実に殺される。あなたが皮を剥がされていようがいまいが、アイツは自分の行いを正当化し続け、何が何でも支配しようと考える。障害物さえ、全部利用されて最後には捨てられていく。…この意味が分かりますか?」

「分かるよ。初めて会ったときから分かってた。コイツは人間じゃないし、ボクらを人間とも思ってないこと」


暗い。

暗い暗いあの目には、きっと、自分の大義しか映っていないこと。

それは、分かっている。


「ボクだって死ぬつもりは無い。ここに来たのは、あなたと取引をするため」

「取引…」


一泡吹かせたい。

ボクという人間を底に貶めた、その罰に藻掻いてほしい。


アケビの死体を、取り返したい。








「…いいですか。人間に戻らないことは、大きなリスクを伴います。魂が傷ついて、後遺症が残る場合もある。最悪、二度と人間に戻れなくなってしまうかもしれない」

「それは分かってる。だから、来年の祈年祭が終わる頃をタイムリミットにする。そこからどんな結果になってもボクは構わない」

「…了解しました。では、手筈通りに事を進めさせてもらいます。亜蔵さんの技術なら、きっと上手くいくはず」

「ありがとうございます。ワガママばっかりですみません」


頭を下げると、彼は手を差し出してきた。


「困った事があれば、なんでも言ってください。体にもお気をつけて…。とにかく今の状態なら、涼しい場所に居るだけでも多少は楽でしょうから」

「がんばって、体に気をつけるようにする」

「はい。辛くなったら、すぐにでもお電話くださいね」



そして手を離し、一歩後ずさった。

不安と後悔の中で、神社の鳥居の前に立つ。

朝日がボクの背中をさした。


「…おにいさんに言っておいてほしい」

「なんでしょうか」

「「ごめんなさい。本当は、大嫌いなんかじゃない」って」



ボクは、朝焼けの中にすばやく身を隠した。



第三十六話 復讐

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僕と、ハタゾンビ。 花田ユウマ @kiboumeku-ito

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