第二十四話 旧友

「う〜ん…、やっぱここに式ねじ込みます。チヨタロウさんよろしくお願いしますね」

「あーっ!僕こんな大役を!?あぁお腹痛くなってきたぁあ…」

「大丈夫ぅ?私も横に居るから落ち着いてぇ」

「こんな複雑な式よく作りましたね。…あ、そうなるとココ、カヅキさんが頑張らないといけないですね…」

「お前しっかり働けるよなぁ??無駄に人形デカくできるポテンシャルあるしなぁ〜」

「そうだぞカヅキ〜?ここでイイトコ見せようなぁ〜」

「あっ、圧…」


式の共有を終え、肩をぽきぽき鳴らす。

自信なんてこれっぽっちも無いが、この人数が後ろに居ることで、なにかしら上手くいくんじゃないかと思ってしまう。


「ハタゾンビ、だいじょうぶそう?」

「いっぱい寝たカラ、元気いっぱい!!ボクにまかせてヨ〜」

「おっ、いつになくフンフンしてるねハタちゃん」

「人がいっぱい居るの好きだから、テンション上がってるみたい。かわい〜」

「もーサクタ、心の声出ちゃってる」


緊張感があるのか無いのか、僕達は意外とラフな心境で机を囲んだ。


僕の手は震えていた。

けど、その震えは怖いとか焦りとかそういうのではない。


なんだろう。心強さから来る、高揚みたいだ…。



「…いきますよ、皆さん」

「「おう!!!」」






リンが鯨崎当主の後ろに立ち、目隠しするように手のひらで眼を覆う。

感覚が共有できる内に、箱に巻き付いた守り紙を鷲掴んでもらう。

蛇のような感触があるのか、彼の背筋がびーんっと伸びた。


しっかりと紙を掴んだ後、びんっとそれを両手で引き伸ばす。

シロさんとリュウさんが互いに目配せをし、札を持った手を重ね合わせた。


「いくよぉ!リュウちゃん!!」

「うんっ!!!」


掛け声とともに、ちゃぶ台がかたかた揺れ始める。

浄化結界を持つ陰陽師だけが使える式。

これで、おじいちゃんのかけた封印を弱めるのが、一番最初の工程だ。


「効いてきたかなぁ!?リンくんどう?」

「あーもう最強ですよ!!!ね、鯨崎当主っ」

「グロいです!!視界共有最悪ですっ!!!」


たちまち獣の皮を燻したような匂いが部屋にたちこめる。

昔かけた封印を解く時によくなる現象。腐臭というやつだ。


「くっせぇなぁ!!なんだこりゃ」

「よしよし、良い調子です。メグルさん、人形の用意は?」

「特注こけし使ってやるわ!!!モズ、俺をちゃんと守れよ」

「言われなくても分かっている!さぁ、私のもふもふに入ると良いぞ」


モモがばさっと大きく翼を広げる。

羽の内にどっこいしょと座り込み、顔の描いていないこけしを握り込む。


「…いつでもOKだぜ。そこのゾンビ、準備できてるだろうな?」

「もういつでも来ちゃってヨ!!」

「よし…」


あぐらをかき、猫背になってぶつぶつと式を詠唱し始める。

その間、僕は一連の式が状箱に刻まれるよう、箱に手を置いて祈る。

これがいわゆる、『儀式』というものだ。


「折るぞ!!!!」


ぼきっ、

とこけしの首を折る音。

それと共にどす黒くネバネバとした「封印の根源」が姿を現した。


それはヘビを模した醜悪なナニカ。

こけしと連動して首が落ちており、そこから黒い煙がモクモクと噴出されている。

僕は改めて、当時の祖父の底しれない執念をひしひしと感じた。


「ハタゾンビ、アレを箱から引っ剥がすんだ!!!!」

「アイアイサーッ!」


ハタゾンビより数倍も大きい体躯のそれを、抱きつくようにしてぐんとひっぱる。

重そうに顔をしかめ、ふんーっと息を吐いて、思い切り後ろに引く。


「ぬぬぬぬんッ」


どかっ、と座敷に倒れ込んだときには、黒いソレはチュルンと箱から抜け出していた。


「ちちっ、チヨタローー!!はやくハヤク!」

「うわぁーんこわいいぃ」


暴れるそれを抑え込むハタゾンビ。

横に控えていたチヨタロウさんが、半泣きで紙束を取り出し、それを真ん中のページで開いた。



「『お前は僕が捕まえた。お前は僕が捕まえた』!!!!」




ぎゅるるるるるるっ

ぱたん




「…でき、た…?」


僕は、OKサインをカヅキに出した。


彼は、いつの間にか完成させていた、綺麗な白い円の中に立っている。


「じゃあね、ヘビさん」




彼は人形をぎゅっと抱え、目を閉じる。


床に紙束が落ちる音を、僕らが聞くことは無かった。




















「私達、無事にハブられちゃいましたね〜」

「お前が死ぬほど胡散臭く笑うからだ」

「いやいや、貴方が娘さんにキツくあたるからでしょ〜。印象悪いですよぉ」

「ウザ」


…ヤツとは長い付き合いだが、歳を重ねるごとに嫌味ったらしくなっていく気がする。

それになんだ。また若返ってるじゃないか、この男。私のたった二個下だというのに、親子に見間違えられるのは癪でしかない。


「今もしかして、心の中で愚痴ってます?」

「黙れ」


うんうん頷くソイツは、この間部下にもらった赤ベコにそっくりだった。

ウチの娘には、こんな風になってほしくないと、ため息をつく。


「そういえば娘さん、今お家にいらっしゃるんですか?」

「…大学卒業後は、よくわからん結界師の女と同居しているらしい。あれほど式神の使い方を教えたのに…、酷い有様だ」


諏訪がふぅ〜んと相づちをうつ。

青信号が続き、立ち止まることができない、東京の大通りの真ん中。

隣の人間は汗一つ流していないのが、変に気に食わなかった。


「…いいんですか?そんなんだと娘さん、死に目にも来てくれなくなりますよ」

「別に良い。久世の人間でいることをアイツ自身が放棄したのだ。今更、俺の子供らしいことをしてほしいなど、願ってはいない」

「はぁ…。あなたは難しい。非常に難しいですよ!!変わり者なところは、案外似た者同士かもしれませんね」


変わり者…。

そうだ。昔から、娘は変わった奴だった。

久世家の者が代々受け継ぐ式神を、数個しか使えない。それも、一番弱いツルとトンボ。

人を傷つける式を、身につけようとしなかった。


とにかく戦えるように体術も教えたが、人を殴ることができない。結果として、逃げ足ばかりが速くなった。

よく家を抜け出しては友達をいっぱい作ってくる。

あげく、勝手に浄化結界の免許を取るなんて、恥知らずも良いところだ。


「元々式神なんて、おじいちゃん位の年代の人しか使わない古い式なのに。合わなかったんですよ、彼女には」

「…合うはずだ。才能だけはある。ツルの式神は、攻撃力が無い分、拘束に繊細な式を要する。浄化結界だって、現代の人間で目指すには細やかな力の制御が必須だ」

「え、急に親バカ?」

「違う!!!…アイツの中途半端な心意気が気に入らんのだ」

「頭硬い人きら〜い」

「お前はヘラヘラしすぎだ!!!もっと理事の威厳を持て!!顔のキズが無くぞっ」

「あはぁ」


…俺は良い父親になんかなるつもりは無い。

アイツは出来損ないだが、代わりに久世家の人間に無いものをたくさん持っている。


底抜けに明るく前向き。

戦闘部隊を排出してきた久世家で、あんなふうに自由に笑ったり泣いたりできるのは、恐らくアイツだけだ。


大学では多くの仲間に恵まれていたらしい。たとえ式神が使えなくとも、黒い噂を流されようとも、娘にとっては、きっと俺と暮らすよりマシなこと。


「こっちですよ。久し振りすぎて忘れました?」

「…忘れるか。お前より、俺のほうがよく来ている」

「はいはい…」





東京都庁から歩いて行けるほどの距離。

旧友でもあり戦友の彼らは、今でもそこにひっそりと住んでいる。


「大家さんこんにちは〜!」

「あらぁシカノスケくん。今日もイケメンそうでなによりねぇ〜」

「いえいえ、そちらも美人そうでなにより」

「おほほほ」



『藤咲荘』

陰陽連のOBが運営するこの荘には、地方から研修に来た祓い屋がよく泊まりに来る。

一般人は予約を取ることもできないため、たまに人が出入りする廃墟のような扱いを受けているようだ。

確かにこのツタまみれの木造建築は、人を寄せ付けないオーラがある。


「モノは居るのか?」

「はいはい居ますよ。スズムくんは留守みたい」

「そうか、良かった」


二階に上がると、他の部屋にくらべて大きいポストが設置されている部屋が見える。

諏訪が先陣を切り、扉をノックしに行った。


「やーい引きこもり小説家ー!でてこ〜い」

「おい馬鹿」


俺が止めようとした瞬間、足元の枯れ葉がふわっと浮く。


「おや」


切れ味もクソもない枯れ葉が、諏訪の頬をぴゅっとかすめる。

たらーと、小さい切り傷から血が流れた。


「…なんだ、調子いいじゃん」

「私に引きこもりは禁句だといったはずだ、諏訪ちんよ」

「あれ〜、じゃあ念力は良かったんだ?随分高精度だったけど」

「…アシのすけには秘密だ!!!あははーっ」


俺達は今日、このおてんば娘に会いに来たのだ。






「あーっ!原稿用紙踏むなよっ!」

「だったらもう少し片付けをしろよ。なんで天の川みたいに原稿を散らすんだ、意味がわからん」

「久世っちは心が狭いな〜」

「狭いのはお前の家の廊下だ」


リビングでうだうだと愚痴るモノに辿り着くため、原稿と原稿の合間を縫って廊下を過ぎる。

スズムがちょっと外出するとすぐこうなるのだ。念力を怠惰のために使うから禁止していたようだが、きっとこの調子じゃ、念力すら怠惰の内なのだろう。


「そうだ!!!箱は開いたのか!?」

「今やってもらってる。君の人選が面白くてヒマしなかったよ」

「だろぉ〜?特にメグルなんて、私にぞっこんの祓い屋だからなぁ〜。ほら、式の特徴が似てて面白いだろう!」

「そこまで見るか」


実のところ、娘が箱を持ち出したことは想定内だった。

陰陽連内部で皮剥がしが起き、それが親友となると黙ってはいないはず。

現に、九条家に関心を持たせたのは、俺自身だ。


「トクミツから連絡来てビックリしたよ!なんか前より声がじじぃになってた」


モノはきゃらきゃら笑うと、車椅子を器用に動かしてキッチンに向かった。

お茶の注ぐ音が聞こえ、機嫌の良い鼻歌まで聞こえてくる。


…今更だが、トクミツから「箱が持ち出された報告」を受けた時点で緊急時招集を提案するなんて

、やはり先見の明があるとしか思えない。

それか、そのくらい九条夫妻の研究資料が見たかったか。


「…よくそこまで、九条の新当主を信頼できるな」

「そりゃあサクちゃんの子供だよ〜!?トクミツのヤケクソ封印なんて、ぱぱっと解けちゃうような気ぃするじゃん!!」


そう言って、彼女は再び嬉しそうに鼻歌を歌った。


第二十四話 旧友

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