第二十五話 追憶
「…成功ですっ」
「「よっしゃーっ!!!」」
一斉に座敷に倒れ込む。
格闘時間はほんの一瞬だったが、各々の労力がこれでもかと詰め込まれていた。
確実に僕一人では出来なかった、ゴリ押しの連携だった。
「お前ホントよくやったなぁ!!!よくもまぁ、あんな大量の式を組み合わせられたもんだ」
「ギリギリだったけど、無事に繋がってよかったです。…リンも、ここまで付いてきてくれてありがとうね」
「いや〜、俺って結構有能よなぁ〜!!なんか陰陽師になった気分だぜ。なー、鯨崎当主?」
「あは…ホント…。手洗いたい…」
皆ヘトヘトだが、チラチラと目線は箱に向かっている。
大本命がすぐそこにあるが、やはり僕が居る手前がっつくことも出来ないのだろう。申し訳ない。
「…じゃあ、さっそくですけど見ちゃいましょうか。シロさん、体調は万全ですか?」
「うん〜!ツノの進行もおさまってるし、まずは箱の中身優先でオケだよぉ〜」
「了解です」
状箱を持ち、片手で蓋を持ち上げる。
あんなに硬かった封が、いとも簡単に開いてしまった。
皆がキラキラの目で僕の手元を覗き込んでいる最中、リンは少しだけ不安そうに僕を見た。
仮にも、親の遺品なのを心配してくれているのだろうか。相変わらず優しい奴だ。
僕は、だいじょうぶと目配せし、蓋を机にカタと置いた。
「…これ、写真?」
箱の中には、色褪せた写真が一枚。
他にも、結婚指輪が二つ。変なガラクタも入っている。
まるで、タイムカプセルみたいな。
「…結婚式の前撮りでしょうか。綺麗な人ですね」
「ほんとだぁ!桜も散ってますねぇ。春の、天気の良い日だったのかなぁ」
「ん…?この女の人、サクタにソックリだぞ!キツネみたいに鋭い目とか」
「それ言ったらこっちの男の方も、口元がオマエによく似てるじゃねぇか。口角がちょっと上がったところとか」
皆が不思議そうに写真を眺め、なにをするでも無く、感想を口にした。
僕はその言葉達に、不思議と涙が出てきそうな感覚におそわれた。
悲しいわけでも、なんでもないのに。
「…サクタ?だいじょウブ?」
「うん…。なんだろ、へんな感じなんだ」
僕は彼らに会ったことはないけど、こんなに顔が似てしまっては困るというか。
こんなに幸せそうに写真におさまっていると、変に心がざわざわするというか。
「…本当に居たんだって…、そんなかんじ」
しんとなる部屋。
僕は、涙こそ流してないが、きっと恥ずかしいくらい動揺してしまっている。
どうしたら良いのか、この気持ち。
もっと、淡白に、祓い屋っぽくするはずだったのに。
「…すみません。出しますね、物」
「あっ、ゆっくりでいいですからねっ!僕ら、全然焦ってないし!!!」
「そうだぜ!!子供なんだから、俺達に気使うなよっ」
「…そういうのって、逆に気つかわせるんですよ」
「鯨崎テメェ空気読めよっ!」
…不器用だけど、なんだか優しい雰囲気に絆されてしまう。
クスッと僕が笑うと、皆へにゃっと肩をゆるませた。
こんなに優しい人達だったなんて、最初は分からなかった。緊張してた今朝が懐かしい。
心をむずむずさせたまま、僕はそっと写真を手に取った。
手にとった。
?
「っなん」
「サクタ!!ちょっ、な」
大きな目眩が来る。
まるで、荒い波に攫われたような、そんな感覚が。
皆の動揺する声が渦を巻く。
「カヅキ、だいじょぶかっ」
「う、うう」
「…っリュウちゃんぅ〜」
「あ、ぁたまが」
頭が、耳が痛い。よくわからない強大な力に潰されてしまいそうになる。
視界が歪んで、皆の顔がわからない。
「は、はた…ッ!!!」
「ぬ、ぐぬっ」
僕の背中にしがみついているのが、ハタゾンビということしか分からない。
なにが、なにが起こってる?
一体、
「あら、成功。やったわ」
…なんだこれは…。
さっきの感覚は…、夢?なんだこれ。
「ほら、さっさと起きて。時間も限られてるんですから」
「…?」
…鳥の声。
甘い匂い。桜の匂いだ。
昔、おじいちゃんの家に桜の木があるって言ってたっけ…。
心穏やかだ。なんか、黄泉の国とかって、案外こんな心地なのかもしれない。
「こら、起きなさい」
「いてぇっ」
デコピンを喰らい、思いっきり目を覚ます。
夢見心地からがばっと起き上がると、頭の鈍痛が襲ってきた。思わずうめき声をあげる。
「ぬぁ!!ここドコ!?」
「ぇ゙っ、あれっ、ハタゾンビ起きた!!?」
隣で、僕の声につられたのか、飛び起きるハタゾンビ。目をまん丸くして驚いている。
「あら、屍人さんじゃない!こんにちは。私は桜子です。息子がお世話になってます」
「…こちらコソ!!ボク、ハタゾンビね!」
一瞬、ぼーっとしてしまう。
だって、あれ、桜子は僕の…。
「ふ〜ん、私の息子…案外イケメン」
「あァ゙ーーっ!?おおお、おかっ、おかあさん!?えっ、僕死んだってこと?ハタゾンビ、僕死んだの!?」
「エ、わかんない!!死んでないんじゃナイの?」
適当なハタゾンビの返事で、更に今の現状が現実味を帯びてくる。
なんだなんだこれ。ただ、ほんのちょっと写真に触っただけじゃないか。
なのに、僕は過去に行っちゃったとか、そういうこと?
「落ち着いていいですからね。ここ、私が実験で作り出した空間なので。えーと、1993年の3月1日ね。2014年7月28日に繋いだわけなのだけど、あなたは大体…、高校生ってところ?」
「…ハイ」
「ふふふ。どういうことか意味わからんって顔してますね。研究者冥利に尽きる」
…タイムスリップしてしまったぁ…。
まさか、人生で、こんな経験をするなんて。
いや、やること成すこと人間離れしすぎでは?ウチの母。ていうか父は?
「…リュウちゃぁん、起きてよぉ。…あれ、サクタくん…?」
「シロさん!!!」
「びっくり。あなた、鬼さんとも仲良いの?」
「…仲良いです!!!ね、シロさん」
いろいろめんどくさくなってきて、シロさんの後ろに下がる。
シロさんは目を白黒させて、母を見つめていた。
「ふーん…、多分耐性が有る無いが関係しているのでしょうね。あそこの鳥ちゃんも起きたし」
「うそ!?モモぉ!!」
「…ここはどこだ!酔い止めはないか!」
「ありますよ」
「あるんだ」
この空間で目が覚めたのは、僕、ハタゾンビ、シロ、モモの四人のみ。
「う〜ん。良いデータが取れます。ありがとうね」
「…サクタのお母さん、なんか怪しいな!!!」
「自分でもあんまり言いたくないけど、確かにキツネに化かされてる気分だよ」
「おーっ、辛辣ぅ」
なんとも気持ちよさそうに寝息をたてるリン達。
それを他所に、僕達はこの穏やかな空間にいとも容易く馴染んでいた。
「つまり…、ここの一室だけ、永遠に1993年の3月1日を繰り返すということですかぁ!?」
「理論的にはそうですね。でも、実質貴方達と干渉出来るのは今日だけ。この空間での3月1日が不変の存在になるというだけで、貴方が来れる一瞬と私がここに座っている一瞬は一度しか訪れないですから」
「難しい話だな。ハタゾンビ、こっちで遊んでよう」
「お手玉ある!!コレしよウ!」
母の話は、大体理解は出来た。
この空間での出来事は、母にとっても僕達にとっても同じ「今」なのだ。
ここは過去では無く、永遠に繰り返す3月1日の一箇所。
それを彼女は作り上げた…。
「でも良かった。これからする実験も全て上手く行ったという証拠ですから。これで未来の自分を信じて研究を続けられる」
「…ありますよね。今の自分が「未来の自分はこれを過去に送る!」って信じて、未来の自分から「今」、それをうけとるってやつ」
「あぁ〜それねぇ。似たやつリュウちゃんと映画で見たよぉ。いわゆる、タイムパラドックスてやつですねぇ」
「頭が溶けそうになる話題だ」
この部屋を作る方法を教えてあげると言われたが、僕は怖くて聞けそうにもなかった。
過去に戻り過ちを正せば、きっとどこかで不整合が起こる。
それに、僕は知ったらやってしまう。
ノータイムで、躊躇なく。
「あなたにもできるのに…」
「いいですいーです!!それより…、僕に話さなければならない事があって、写真に術?かなにかをかけようとしてるんですよね?…あくまで、過去のあなたに聞きますけど」
「そうですね!さすが私の息子。父さんにも根回ししたけど、ここまで賢いとは」
ふふんと、目をきゅっと細くして笑う。
まるで瓜二つと言わんばかりに、シロさんがにやにや笑っている。
「それでは、今から研究成果を話させていただきますね。きっと近衛か誰かに資料は燃やされるだろうから、今から話すわ。メモしても良いけど、なにをしても何も持ち帰れないから覚悟して」
「…わかった。話して」
「…んはっ!!ここは」
「陰陽連だよ。変なのに巻き込んでごめんね」
俺は、さっきと同じ畳の上で目が覚めた。
シロさんとモモがアルプス一万尺をしている…?
皆眠そうに目を擦る中、サクタ達はまるで良い夢をみたかのようにすっきりとした顔をしている。
「さっきの目眩のせいで寝ちまったぜ…。カヅキ、元気か?」
「…ぐろっきー」
「リュウちゃん〜。よだれめっちゃでてるよぉ〜」
「んー…。焼き肉もたべる…」
「まだ寝ぼけてるぅ」
「っぼくのヘラクレスッ、オオカブ…、…あれココどこだぁ…?」
「チヨタロウ、虫取りの夢見てタ!おもしろかっター」
「私もヘラクレスオオカブトは好きだから、安心しろ!」
…なんだか分からないけど。
あの四人は、きっと他の皆と違う夢を見たんだろう。
サクタの顔つきが、さっきと変わっている。
大切なものを掴んだみたいな、ちょっと深刻そうな顔。
「…俺、また一緒に居てやれなくて…ごめんな」
「謝らないで。…夢をちょっと、見ただけだから」
俺は、覚悟の決まった目をしたサクタに、なにも言えずにいた。
箱のガラクタを大事に抱える心境も、俺にはさっぱりだったから。
「今から、研究資料の内容を口頭で話そうと思います。リュウさん達は、それを陰陽連の上層部に説明よろしくお願いします。
メグルさんや鯨崎当主達は、この説明を元に文章を作成して、大事に保管してください。それだけで意味がありますから」
「了解です!」
「…了解したぜ」
「承知しました」
「そして、リンとシロさんとリュウさん、モモとカヅキには一度山梨に帰らさせてもらいます。皮の剥がされた状態でずっと居るのは危険ですし、話もあります」
「よし!カヅキ、行くぞ!」
「…ん」
「…シロ?」
「心配しないでダイジョーブだよぉ。私も一緒だもん」
サクタは、本当にテキパキ話を始めた。
それが話終わるときには、時計は三時を指していた。
目もしょぼしょぼ。メグルさんはスマホで文字を打っていたが、途中で手がつっていた。多分腱鞘炎。
モズとカヅキはもっかい寝たし、ハタゾンビはサクタの周りをずっとうろちょろしてた。
…チヨタロウだけずっと興奮してたの、ちょっと怖かった。
「ながかったぁ〜っ!!!研究って果てしないのな」
「ほんとにね。僕は今すぐリンの爆弾おにぎりを食べないと、ぶっ倒れちゃうかも」
「やべやべ、俺がサクタんちに嫁入りしなきゃ」
ボサボサよろよろになりながら、和室を出る俺達。
研究所で、安治とかいう男の人が挨拶をしてくれ、エレベーターまでの案内をしてくれた。
鯨崎当主が率先してエレベーターのスイッチを押してくれていたが、途中でこっくりきたせいで、ボタンから指が離れてサクタが扉に挟まれた。
俺はしょうもなくバカ笑いしてしまい、チヨタロウは涙をながしながらヤカンみたいにヒーヒー笑っていた。
やっとのことで東京都庁の地下を抜け出し、眩しいエントランスへと出る。
「おかえりなさい、皆。どうやら箱の中身は見れたようだね」
「諏訪…課長だ…」
キラキラ笑顔の諏訪課長と、無口な久世パパ。
そして後ろに並ぶ、見知らぬ車椅子の女性。
「あっ、アナタ…、モノさんですよね」
「うぉーーっ!サクちゃんのこどもだ!!はじめましてっ。開封おめでと〜」
しっかりと握手をし、何も言わず箱を手渡すサクタ。
見ればわかると良い、彼女は躊躇なくその箱を開けた。
「…なるほど。粋だね、サクちゃんは」
「モノさんやスズムさんのこと…。本当に大好きだって、そう言っていました」
「ほんとう?あの人は、もっと遠回しな表現をしていたんじゃない?」
「…いいえ。「大好き」と、そうはっきりと言っていました。これも、あなたがみれば全部喜ぶものを入れたと。タイムカプセルはすきでしょ、って…」
車椅子の女性は、くくと笑ったかと思えば、箱を抱えて涙を流した。
「…私も…っ、もう一回でいいから…会いたいなぁ」
第二十五話 追憶
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