第二十六話 本音
「モモちゃぁーーんっ!!!カヅキーっ」
「二人かえってきたー!!!」
…朝の快晴が嘘みたい。
夕方になって雲がもくもくし始めた。
多分、明日は大雨でもくるんだろうか。
生暖かい、すこし湿気った強い風がびゅーびゅー吹いている。
「カヅキ!!!」
「…リノちゃん、アラタくん」
モモちゃんと一緒に、園の入口に到着する。
アラタくんとリノがばたばたとこちらに走ってきた。
おねぇちゃんを抱きしめる。
でも、綿の入った人形は、なにも言ってくれない。
自分はうつむいて、それで言葉を振り絞った。
「…ごめんなさい、リノちゃん。かづき、もう目の前に現れないから、あんしんして…」
自分がそういうと、リノちゃんはほっぺたをぷくーっと膨らませた。
少しの沈黙の後、なぜか頭をぽこっとチョップされてしまった。
「いてっ」
「…こ…」
「…?」
「ここはっ、まだカヅキの家だよ!!!園長先生も、アラタもおにぃちゃんも、カヅキが帰ってきてくれて安心してるのに!!!なのにっ、なのに…、なんで自分で帰れにくくなるようなこと言っちゃうの!?」
「えっあっ、…っ」
リノちゃんは、大泣きした。
見たこともないくらい、大粒の涙。
自分はどうしたら良いか分からず、アラタの方をみた。
「ねぇカヅキ、これ見て!!」
アラタは、おもむろに肩掛けカバンから紙を取り出した。
「…それ、」
キリンの絵だ。
自分が描いたのとは、ちょっと違う。
モモちゃんと、リノちゃんと、モモのおにぃちゃん。あと、自分とアラタが仲良く並んでる。
皆手を繋いでいて、すごく笑顔だ。
「すごい!!みんな居るじゃないか!それに、カヅキの好きなキリンさんもいるぞ」
「…ほんとだ」
…?なんだ。
…身体がかゆい。
かゆいかゆいかゆい。
…やけどが服に擦れて、かさぶたが剥がれている。
おかしい。自分の痛みなんて、心の何層も奥の方に隠していたはずなのに。
「あ、れ」
…途端に足が重くなって、地面に膝をついた。
ずっと、自分を見下ろしていたはずなのに。
救えないほどのことを、自分にさせてきたのに。
退路すら無くして、ここまで生きてきたのに。
今は、彼らをこんなに真っ直ぐ見つめてる自分がいる。
「お前は人形なんかじゃない。ちゃんと、お前の言葉が聞きたいんだ」
…。
自分はその言葉で、頭にふつふつと血が上るのを感じた。
「…ぼくの言葉なんて、みんなどうでも良いくせに」
ぼくは自分の手を前に出し、皆を拒絶した。
憎い。怖い。辛い。むかつく。
心が、身体が震える。
「ぼくはっ…」
「カヅ、」
「ぼくはっ、みんなと一緒に居たくないんだ!!!おねえちゃんとそっくりな優しいみんなと、こんなにあったかい場所にずっと居るくらいなら、最初から全部燃えたままの方がマシだ!!!
いっ、いつか壊れる幸せに耐えるなんて、ぼくにはできない。できないよ!!!!」
頭を抱える。
自分の声で頭が痛い。
うるさい。こんな無駄なことは止めて、はやく人形に戻らなきゃ。
みんなをあのとき殺しちゃば、こんなことには。
だめだ、とまらない。
「一緒に死にたかった…っ。なんにも知らずに、おねえちゃん達と一緒に灰になりたかった…!!!なんでっ、こんなに苦しいなかで一人で生きていけなんて酷いこと言うんだよぉ!!!!」
ぼくは、自分でも気が付かないくらい、大きな声で彼らにどなった。
…ほんとなら、ぼくが謝らないといけないのに。
知らない間にひきずり出されてしまった。
ずっと秘めていくはずだった、心の声を。
『おねぇちゃんは知ってるよぉ。カヅキが優しくて、頼りになる子だって』
…助けて。
こんな酷いぼくを、はやくだれか殺して。
「しあわせになるために生きるのは…、簡単じゃないもん…。こわいにきまってるよ」
「…」
リノは、ぼくをちからいっぱい抱きしめてきた。
アラタはちょっと泣きながらおでこをくっつけてきた。
…こわばっていた身体の力が、するする抜けていった。
「…割れたらそれっきりみたいな。幸せのこと、たった一枚のお皿みたいに見える時が、私にもあるよ…。
…だから、それを守るのを諦めた時に…自分が抜け殻みたいになっちゃうのは、よく、わかる…」
ぼくは何も言えずに、目を伏せた。
「…ねぇ、こっち来て」
「っ」
リノとアラタが駆け出す。ぼくはびっくりして、二人の後を追った。
「う…?!」
眩しい。
オレンジ色の部屋の明かり。
玄関から廊下を通ってやさしく香る、お味噌汁の匂い。
鍋のぐつぐつしている音。笑い声、足音。
机の上の、いっぱいのご飯。
「カヅキ」
「…モモちゃん」
「…これからどうするか、全部カヅキが決めて良い。どこか遠くに逃げるのも、ここでずっと暮らすのも、あの人達の所に戻るのも…、お前の自由だ」
「だから…、それを決めるまでで良いから、ここで一休みしていけば良い。時間さえ経てば、答えはきっと見つかるはずだからな」
モモちゃんの優しい手が、背中を押す。
「それまでは、ここの居場所は皆で守る。壊されないよう、奪われないよう皆で大切にしていくんだ。…カヅキも、協力してくれるよな?」
「…わかった」
ぼくは泣きながら手をひかれ、いつの間にか食卓についていた。
「おねえちゃん」
「はぁい」
「…ねぇ、あとどのくらい待てばいい?」
「いいよって言うまでね」
「わかった…」
「ねぇ、おねぇちゃん」
「はぁい」
「…さいきん思ってたんだ」
「ずっと、こうして隠れ続けていても…、お姉ちゃんはもうぼくの事を見つけてくれないんじゃないかって」
「ねぇ、ぼくの声が届いてる?」
「…」
「……」
「…じゃあ、もういくね」
「またね…」
「モノさぁーーんっ!!おじゃましまッス!来ましたよ〜」
「メグル、手ちゃんと洗いなさいよ。あとスリッパはいて」
「うぃーっす。それよりアシさん、よくこんな時間に帰って来れましたね。あんなに忙しそうにしてたのに」
「先方との会議がようやく終わったのよ。原稿も通ったし、そろそろ新作だせるわね」
「うひょーっ!!楽しみだぜ!!妖怪人間シリーズ楽しみにしてたんだっ!」
緊急招集が終わって一週間が経った。
東京を観光し終えた俺は、最終日のホテル代がギリギリ手元に無いことに気が付いた。
手頃なファミレスを見つけようと夜の街を徘徊をしていたところを、あいにく警察に職質されてしまった。
『嘘ついちゃ駄目だよ〜。キミ中学生くらい?こんなかわいいクマさん腰に付けて、よく成人だなんていえたもんだ』
『これは仕事で使う大事なもんなんだよ!!!酒も余裕で飲めるわバカタレ』
それを見かねた通りがかりのアシさんに、ずるずると藤咲荘に連れて行かれたという現状。
まァ、モノさんに会えるしいっか!!!
「原稿は床に散らすなってあれほど…」
「手伝いますよォ!」
久しぶりのモノさんの部屋は、若干小汚かったけど、それも逆に味って感じでハオ!!
…それにしたって、モノさんは一体…。
「モノちゃん私よ。…あれ、モノー?」
リビングの電気をぱっと付ける。
そこには、窓に背を向けたモノさんがひっそりと車椅子に座っていた。
先週俺等が預けた箱を持って、なにやらぼーっとした様子だ。
「わっ、びっくりした。どうしたのよ電気もつけずに」
「おかえリトマス試験紙〜…。ごめん、なんかうたたねをしてたようだ…」
そう言うモノさんは、はぁとため息をついた。
落ち込んでるのか、それとも本当に寝起きなのか。
分からないけど、元気はちょっと無かった。
「…取り敢えずご飯食べましょ。メグル、手伝って」
「まかせてくださいっ。すぐにモノさんの笑顔を取り戻してみせますよ!!」
俺は、気を取り直してキッチンに立つ。
今日はパスタらしく、トマトとミートソースの袋をぽんと渡された。
「…ねぇメグちゃん。カヅキって子はあれからどうなったの?」
「アイツですかぁ!?…山梨に返しましたよ。今後一切人形家に関わることがないように、契約書書かせたし。うん。バッチグーですよ!!」
「案外優しいのよね。メグルは」
「やさっ、優しいのとは違いますよォ!一番やっかいだったアイツ故郷のことが、一時的にパーになったんで…」
「?どういうこと」
「カヅキの住んでいた集落の…、人形の氏を持つヤツら、全員自殺したらしくて」
アシさんがパスタをポキっと割る。
あんまりにも驚いたみたいで、鍋がぐつぐつ沸騰してるのに、中にパスタを放り込もうとしない。
「とうとうメグちゃんが人殺しに!!!」
「ちがいますからネッ!!?…俺は人間に対してこけし使いません。恐らく…トウマの呪言かなにかだって、長老は言ってます。これから調べるしかないっすね」
「…なんか最近、近衛よりトウマとか言うヤクザの方がウザくなってきてない?」
「実際そうでしょ。人間同士の話なら、アイツが一番厄介なんだから…」
ブーッ、ブーッ
「あれぇ、リュウちゃん。携帯鳴ってるよぉ」
「ホントだ〜。せっかく「人間に戻れて良かったねパーティー」してんのに…」
「…あれ、諏訪課長からだ」
「ぇ、諏訪課長からメール?なにごとぉ」
『今から緊急会見開きます☆テレビみててね』
「「唐突だぁっ!!!!!」」
「あのじじぃ、いっつも急に事を進めやがって!!民間に報告とか聞いてねぇよっ」
「ちょっ、モノ!!テレビつけてつけて」
「鯨崎当主、こちらに…」
「…マジか。本当にやるのか今から」
「えぇっ、テレビ持ってない…!!テレビ屋さん行くしか無いじゃん」
「ワンワンッ」
「コハルさんっ、ちょっと今ご飯は待って!!」
「ハタゾンビ、こっちおいで。今からテレビやるって」
「えーなにナニ?」
「ワシもワシも〜」
「近衛様。起きなさい」
「ふがっ」
第二十六話 本音
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