第二十七話 研究者
それでは時間になりましたので、神道省から、陰陽連の今後の方針についての会見を始めたいと思います。よろしくおねがいします。
「では始めさせていただきます。えー、ご存じない方もいらっしゃるかと思いますので、改めて自己紹介を。
私は陰陽連秘書課長兼広報担当の諏訪鹿之助といいます。改めてよろしくお願い致します」
『なんか始まった』
『やっぱり偉いやつだったのか。陰陽連のホームページででっかくピースしてるやつ』
『秘書課長が会見やってんのバクじゃん』
『しかのすけって名前カワイイ〜』
「えーおほん。今、皆様の周りで起こっている触り神の祟り。あるいは神道教育の場面などで、我々を認知してもらっているかと存じます。
そこで、今回は主に来年の祈年祭についての説明をできれば良いかと…。あ、はいお願いします」
『こういう祭り、毎年だけどテンション上がる』
『そういえば、俺ん学校は、神道教育お断りの変なトコだったわ』
『触り神っていつも言われてるけど見たことない』
『私一回、この人に助けてもらったことある』
「その前に一度、聞いてもらいたいことがあります。なるべく簡単にまとめますが、ぜひ皆様も一度考えてみてほしい」
「あなた達の望む「神」とは、本来どんなものから出来ているのか」
『神…?』
『信仰無くなったら暴れ出す厄介なヤツ』
『実態は無いって習ったぞ』
『神様って、なんなの?』
「…先週のことです。過去、陰陽連に在籍していた研究者夫妻の資料が、私達の手元に帰ってきました。1994年に亡くなった彼らが、心血を注ぎ綴った『魂についての研究結果』という機密文書。
そこには、意外にもフラットに、人間の魂の真髄が語られていました。今まで当たり前のように感じていた、彼らのことも鮮烈に」
『機密文書!?』
『九条家の夫婦のことか?噂では資料は燃やされたって』
『神と魂の研究になんの関係があるんや』
「神は元々、私たちが生み出した魂のほんの一欠片でした」
「…屍人使いとは名ばかりで、九条家は代々札づくりを生業とする祓い屋でした。大昔からね」
お見合いの席で、秋の稲穂の香りに巻かれた彼女は、そう淡々と告げた。
しまい忘れた黒い風鈴が、チリんチリんと音をたてる不思議な家だった。
「平安中期だったと言われています。九条家の一代目となる人物が、恐らく最初で最後の屍人を作り上げることに成功しました。
最後と言ってしまった理由として…、本当に「成功することが難しい」式なんです。一族の伝承では、蜘蛛の糸であやとりをするほうがマシと言われているほどで。もちろん私は触れたことすらありませんよ。
…極めつけとして、九条の血にだけ式が反応する仕組みですので、九条以外は屍人を作ることが不可能。故に私達は「屍人使い」の名を代々残し続けていたんです」
彼女はそう言って、手であやとりをしているような仕草をした。
自分の生きる世界とは、きっとかけ離れすぎていて、その感覚はほとんどわからなかった。
僕は、再びお茶を口にした。
「…この屍人が生まれたのをきっかけとして、世が乱れ始めました。偶然も必然も含め、多くの災いが起こった」
「肉体の供給が追いつかなくなり、イレモノを探し彷徨う人間の魂は荒れ狂いました。
それらの魂達は行き場を失い、枯れた地に毒のようにばらまかれてしまった。
現に、地獄といったらこんなのを想像するんでしょうかね。血とか死とかが身近な場所。
…この世の理を捻じ曲げた代償と考えれば、安く済んだ方なのかもしれませんけど」
彼女は耳に髪をかけ、ふーっと息をつく。
細く鋭い目をこちらに向け、ニコと微笑んだ。
僕は反応に困って、こめかみをポリポリかいた。
生ぬるい秋の夜風が、畳の埃をなぞっていた。
「九条家は神社を建てました。藁にも縋る思いで、とにかく「神」と定義されるような存在の中でも信仰が特に深かった『イザナギ』を祀った。
実体も効果もわからないけど、概念自体を祀り上げることに意味を見出した。みせかけでも、生命を司る神に『屍人の存在』を許してもらおう、と。
結果として、争いごとや天災はぷつりと止んだそうです」
「…そんな世から百年が明けた頃。
人の祈りと呪いから生まれた、二つの存在が露わになります」
「ひとつ」
「人間の恐れと怒りをはらんだ魂の集合体。そこから生まれた、負の力達。
人間の忌み嫌うものを模したそれらは、肉体が無い代わりに、蜃気楼のように辺を彷徨った。
一人は大きな怪鳥になり、一人はツノを持つ真な鬼になった。
一人は黒いヘドロに。一人は九つの尾を持つキツネに。
所謂、「妖怪」と言われるものが徐々に出没するようになりました」
「ふたつ」
「人間由来の、果てしない祈りをはらんだ魂の集合体。
そこから生まれた、人の手には負えない願いの権現」
「私達のよく知る、『神様』と呼ばれる存在」
創作が現実に移り変わる。
そんなお伽噺。
桃源郷の噂話。
彼女はすくっと立ち上がり、僕の眼鏡を手に取った。
「…神職につく若者の視力低下は、ストレスによるゲームのし過ぎだとか、テレビでは紹介されてましたね。私は、ただ単に神職が目に大きな負担を抱えるものだからだとばかり。
あなた達は、他の人なら一生見ることのないものを瞳にいれるから」
ぼやけた彼女の顔は、笑顔か苦笑いか、はたまた呆れなのかは分からない。
が、とても綺麗だった。
それだけで僕は十分だった。
「…桜子さん。僕で良ければ、あなたの研究にお供させてほしい。いままで神職の裏で研究を行ってきましたが、あなたのように面白い話をしてくれる人は今の一人も居なかった。
実験体でも使いっ走りでもなんでも良い。あなたと一緒の景色をみてみたい」
思い切った言葉に、彼女は少し間をおいて僕にそっと眼鏡をかけた。
彼女は思ったよりも平穏な表情で、でも耳をほのかに赤らめて言った。
「そう、ありがとう。お見合いなんて気乗りじゃなかったのだけれど、やっぱり食わず嫌いはよくないものね」
彼女はニコニコ、キツネみたいに笑った。
これが、屍人使いの素敵な女性との初対面だった。
「ここが研究者なの。…っていっても、ただの潰れた療養所なんだけどね」
「アシのすけ〜っ!!!疲れたおんぶ!!!」
「はいはい分かったから大人しくして」
ボロボロの木造建築で、昭和初期を思い出させるようなレトロ感。
狭いのは当たり前。でも、窮屈かといわれるとそうではない心地よさがあった。
研究員は僕を含めて四人。
九条桜子、足立鈴群、物部文乃、そして僕、結木涼太郎だ。
彼らは陰陽連で知り合った仲らしく、優秀な研究者だ。
足立は情報収集に長けていて、今は大昔に編み出された式の解明に力を入れている。
物部は、そんな現代に蘇った古い式を巧みに操ることで研究を進めている。
まだ十代ということもあるのか、スポンジのようにたちまち式を解読してしまうのがすごい。二人とも才能に溢れた人だ。
そして、そんな彼らの研究を通し、サクラは多くの人間の可能性と魂に関する仮説を立ててきた。
やがて二年と少しが経った。
僕の苗字が正式に九条になった頃。
ちょうど、屍人式の解明に力を入れ始めた年のことだった。
「リョウ、お茶置いとくわね。って、まーた屍人式とにらめっこして…」
「足立か、ありがとう。…思ったよりこの式は奥深くて、思った百倍難しい。というか自分が勘違いしていたというか…。人間を生き返らせるんじゃなくて、新しい人間を死体から生み出すってところで躓くんだよ」
僕がうんうん唸っていると、扉がドカーンと開け放たれる。
パジャマ姿の物部だった。
「ふーんっ。サクちゃんに出来なくてお前に理解出来るもんか!ちょーしのんなよっ」
「こらモノ!寝てなきゃ駄目でしょ。あと隙あらばリョウに突っかかろうとしないで」
「べーーっ」
つくづく、足立はお母さんみたいな人だ。
男の人だけど、僕とは違う。寛容で温厚で、厳しいけど甘々な、とても人間らしい人。
物部とは病院で知り合った仲だそう。足の病気を患っていた物部と、その時研修医だった足立。どういう経緯でここに来たのか…、未だに聞けてはいないけど。
「発想の転換が必要なんだよ。リョウは頭硬いから、式神みたいなイメージ勝負の式とか全然使えないだろ?そもそも、物事を決めつけてかかってるから良くないんだ!」
「決めつけ…?」
「そうだ!!だからっ、お、っわ」
「ちょちょっ」
物部が床にずてんと転ぶ。
最近は杖をついていても、転ぶ回数が増えた。
「いい!!自分で立つ」
「物部、膝から血が」
「血なんて、すぐ止まる。自分の体くらい自分で治せる。人間だから」
「そう、か」
「…「自分で治す」?」
僕は、屍人式が絶対に魂の研究に結びつくと確信していた。
彼女の先祖が創り上げた、この世の理を超越したイキモノ。
死という不変の真理を覆したその先祖は、どうやって人の魂を屍人という未知のものに変えられたのか。
その全てに、僕ら人間の魂の真髄が刻まれているはず。
「リョウタロウ、どうしました?」
「仮説を立ててみたんだ。本当にしょうもないこともいっぱい含まれてるんだけど、それのために実験したいことが山程あるんだ。これとかさっ」
「あらあら、研究のことになると急に早口になるんだから。まずは座って頂戴」
「わかった!!ごめん」
「ふふふっ」
最近、研究部屋に籠もっていたサクラは、出会った頃より少し穏やかな雰囲気になっていた。
あの鋭い目つきも、今じゃなんだか柔らかい。
僕はベットに座らされたまま、彼女をじっと見つめた。
「あら、案外こういうのは気づくのね」
「…え、何に、」
「いや、だから見つめているのだと思ったのだけど。ほら、陰陽連にしばらく通ってなかったし、引きこもり気味だったの気づいてるでしょ」
彼女はきょとんとし、そしてなんでもないみたいに言った。
「妊娠したわ」
「…へっ」
第二十七話 研究者
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